連載コラム:「某月風紋」

2022年9月号 連載 [コラム:「某月風紋」]

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建設が進む双葉町の公営団地

8月初め、福島県の太平洋岸の入り口であるいわき駅から常磐線で北上して、双葉駅を目指した。双葉町と隣接する大熊町にメルトダウンを引き起こした、東京電力福島第1原子力発電所(1F)はある。

駅前広場を横切ると、新しい2階建ての町役場が、霧雨のなかに浮かび上がる。福島県内で唯一、1Fのメルトダウンによって全町避難が続いてきたが、8月末から駅周辺を中心とする「復興拠点」で住民の居住が再開される。公営住宅や商業施設などが入る建物を建設する音が聞こえる。

新しく建てられた2階建ての双葉町役場

東京電力は8月4日から1Fの敷地内に約1千基のタンクに溜まった、「処理水」を海洋に放出するための海底トンネルなどの工事を開始した。「風評被害」が起きることを懸念して、全国漁業協同組合連合会は処理水の放出に反対している。

朝日新聞の同日付夕刊1面の短評「素粒子」は「反対論を置き去りに、さっさと着工。原発処理水の放出へ、既成事実づくりが進む」と書く。原発の推進に役立ったとされる、かつての科学部による長期連載(1977年)を忘れたかのようである。

原発の建設が急ピッチで進む状況について当時、哲学者の久野収さんは「戦前の敗戦に突き進む状況を思わせる」と、筆者に語っていた。

風評被害に対する何らかの仕組みは必要である。しかし、「科学する」報道が十分でなかったことが、メルトダウンの「敗戦」を迎えたように、国民の議論を今、また妨げる。海水と混ざって、処理水に含まれるトリチウムは国の基準の40分の1まで希釈する。

「福島県民のガンの発生率が高い」という誤った風評。国連のUNSCEARが「甲状腺ガン、白血病ならびに乳ガン発生率が自然発生率と識別可能なレベルで今後増加されることは予想されない」と、日本で7月に記者会見を開いた内容も、殆んど報道されない。

(河舟遊)

   

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