世界最速のワクチン接種!/仕事師・菅義偉の面目/「批判のための批判」に堕す野党/麗澤大学教授 川上和久

号外速報(10月21日 21:40)

2021年11月号 POLITICS [号外速報]
by 川上和久(麗澤大学教授)

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バイデン米大統領夫妻と懇談する菅義偉前首相(9月24日、首相官邸HPより)

「菅政権は、既に『今は昔』だか、それにしても……」

10月19日に総選挙が公示され、31日投開票に向けての号砲が鳴った。9月3日菅義偉首相の退陣表明、9月29日自民党総裁選、10月4日岸田文雄首班指名、10月14日衆院解散――。怒涛のような政変劇を、あたふたと慌ただしくメディアは報じた。

「9月初めの菅退陣、そんなこともあったっけ?」と、間遠く感ずる向きもあるかもしれないが、だからこそ、この間のメディアの無節操を書かねばなるまい。

「何を言っても菅叩き」のメディアスクラム

総裁選不出馬を表明した菅義偉前首相(9月3日、撮影/堀田喬)

8月25日――。それは菅前首相の退陣表明の8日前のことだった。

菅氏は政府の新型コロナ対策本部の開催後、首相官邸で記者会見を開き、北海道、愛知県など8道県に緊急事態宣言を追加発出し、その期間を9月12日までと定めた。宣言解除はワクチン接種状況、重症者数、病床使用率を分析し、慎重に判断するとしながらも、国民に向かって「明かりははっきりと見え始めている」と語りかけた。

これに多くのメディアが猛然と噛みついた。8月25日といえば、全国の新規感染者数は2万4千人にのぼり、東京都の感染者数は4千人を超えていた。

「自宅療養者が急増する中、明かりははっきりと見え始めているとは何事か」「あちこちで病院崩壊しており、どこに明かりがあるのか」と、怨嗟の嵐だった。

しかし、改めて記者会見の要旨を確認すると、菅前首相は医療体制の確保(自宅療養者への対策、病床の確保、新薬「抗体カクテル療法」による重症化防止)を強調した後、国民にリスクの高い行動の回避を要請した。そのうえで企業や大学におけるワクチン接種を9月半ばまでに約1500会場で開始するとし、8月末には全国民の半数近くが2回目接種を終え、9月末には6割近くが接種を完了し、英国や米国の水準に近づくと語り、こう締めくくった。

「ワクチン接種はデルタ型にも明らかな効果があり、新たな治療薬で広く重症化を防ぐことも可能だ。明かりははっきりと見え始めている」

英米に後れを取っていたワクチン接種が急速に進んだ効果により「明かりははっきりと見え始めている」と、国民に安心感を抱いてもらうための発言だった。ところが、ほとんどのメディアは、この16文字だけを切り取って「何の根拠があるのか」と揚げ足を取り、「何を言っても菅叩き」のメディアスクラムを繰り広げた。

「上から目線の批判のための批判」

「批判のための批判」が商売? 舌鋒鋭い蓮舫氏

「批判のための批判」は、野党のお家芸――。

急先鋒の立憲民主党の蓮舫代表代行は9月14日自身のツイッターを更新し、国民の半数が新型コロナワクチンの2回目接種を終えたとする報道について「『2回目接種が全国民の5割』との見出しに違和感」と書き込み、64歳以下の年代への接種が進んでいない現状をやり玉に挙げた。

65歳以上の重症化リスクが高い層の接種を優先すれば、64歳未満の層が後れるのはやむを得ない。違和感があるのは「上から目線の批判のための批判だろう!」と、腹が立ってならなかった。

横浜市長選で自民党候補が大敗を喫した8月22日以降、野党と主要メディアは政府の新型コロナ対策を、ここぞとばかり叩きまくった。先の首相会見の翌日(8月26日)、岸田文雄氏が総裁選に名乗りを上げ、菅氏を総裁選不出馬に追い込んだ経緯は、もはや語るまでもない。

しかし、野党議員が何と言おうが、我が国のワクチン接種のスピードは驚異的だった。10月21日時点で全国民の68.3%(8651万5714人)が2回目接種を終え、20歳代でさえ3分の2が1回目接種を終え、半数が2回目接種を完了している。

ちなみに現時点の米国の接種完了者は56.2%、イギリスは66.53%――。菅首相が「明かりははっきりと見え始めている」と発言した時の見通しを上回り、我が国は米英に追いつき追い越したのだ。現在、全国の新規感染者数は連日500人を下回り、東京都の新規感染者は1日に50人以下となっている。

これを快挙と言わず、何と言おう――。

海外メディアが目を見張る成功例

日本の奇跡的ともいえる感染者急減を、海外メディアも注目している。

例えば英国のガーディアン紙は10月13日、「瀬戸際からの復活 日本が新型コロナの驚くべき成功例になった理由」と題する記事を載せ、「目を見張る状況の変化である」と報じた。東京五輪閉幕から2カ月余に日本の感染者が急減した要因を断定していないが、真っ先に挙げたのはワクチン接種の進捗だ。日本は開始時期が遅れたが、驚くべき速さでワクチン接種を成し遂げた。

日本人はマスク着用に抵抗感が少なく、感染が収まるとマスクを直ちに外す欧米諸国とは異なる。夏季のエアコンの「密」から、換気しやすい秋を迎えたことも指摘されるが、厚生労働省の煩わしいワクチン接種「マニュアル」を押しのけ、「ワクチン一本足打法」と揶揄されながらも、官邸主導で接種1日100万回実現へ、がむしゃらに邁進した菅首相の英断は高く評価されるべきだろう。

この間の「菅バッシング」の果ての退陣劇を見て思い起こしたのは、ジミー・カーター米大統領が再選を阻まれる要因となった1979年11月のイラン米大使館人質事件だ。

同年1月にイラン革命が勃発し、亡命先のパリからテヘランに戻ったホメイニ師らがイスラム革命評議会を組織した。皇帝パフラヴィー2世が米国に亡命したため、テヘランのアメリカ大使館に学生や暴徒が押し寄せ大使館を占拠、53人が人質となった。

この米大使館人質事件は連日の報道ラッシュとなり、遂に占拠グループをインタビューするメディアまで現れ、カーター政権への非難がエスカレートした。

カーター大統領は1980年4月24日、歴史に残る「鷹の爪」(人質奪還)作戦を敢行。しかし、ヘリコプターの故障や輸送機との接触・炎上事故が発生し、人質救出作戦は失敗に終わった。

メディアの囂々たる非難を浴びたカーターは大統領の座を去ることになったが、その在職中に人質救出の道筋をつけ、1981年1月20日に444日ぶりに人質は解放された。この日は、奇しくもカーターを破った共和党のレーガン大統領の就任式の当日であり、カーターの功績はほとんど報じられなかった。

振り返ってリスクを負った政治決断により解決を図りながらも、メディアのバッシングスクラムにより正当な評価を受けられなかった政治リーダーは枚挙に暇がない。

1905年ポーツマス講和条約(日露戦争終結)を成し遂げた小村寿太郎外相は、講和条件への不満を焚きつける新聞により国賊同然の帰国を余儀なくされた。

1930年日米英で7対10対10の補助艦比率を定めたロンドン海軍軍縮条約を締結した民政党の若槻礼次郎元首相(首席全権)は、メディアを巻き込んだ政敵・政友会や海軍の艦隊派による大反対運動に遭い、それが太平洋戦争勃発の遠因にもなった。

メディアスクラムが政治的業績を消し去る非情さは「それが政治だ」と言ってしまえばそれまでだが、正しい情報に基づく国民の判断を歪めて来たと言わざるを得ない。

「アマビエ宰相」にグータッチの嵐

長島昭久候補(東京18区)の応援演説を行う菅義偉前首相(Twitterより)

だから、敢えて言おう。菅前首相は新型コロナ対策、なかんずくワクチン接種を強力に推し進めたリ-ダーとして後世に名を残す仕事師だったと――。

衆院選公示日の2日前の10月17日。菅前首相は、東京18区の自民党候補、長島昭久氏の応援演説(武蔵小金井駅前)に駆け付けつけた。

長島氏が「これまで1年9カ月小金井市内で活動して参りましたが、こんなにも大勢の方が駅頭で足を止めて演説に耳を傾けていただいたことはありませんでした。総理パワーに、感謝感激です。その後、皆さんに揉みくちゃにされながらグータッチの嵐が改札口まで続きました」と、フェイスブックに書き込むほどの「菅フィーバー」が巻き起こった。

有権者は「第5波」を収束させた菅前首相のリーダーシップをよく理解し、評価しているのだ。皮肉なことに菅前首相への感謝の念が、菅氏を追い落とした政敵・岸田首相を助け、衆院選での議席減を食い止めるかもしれない。

果たして、仕事師・菅義偉を「アマビエ宰相」と称える日が来るのだろうか――。

著者プロフィール
川上和久

川上和久

麗澤大学教授

1957年生まれ。東大大学院博士課程単位取得退学。明治学院大学教授、国際医療福祉大学教授を経て2020年4月より現職。専門は政治心理学・戦略コミュニケーション論。

   

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