岸田が本格政権を望むなら菅と関係を修復せねばならないが、甘利を幹事長に起用したことにより、極めて難しくなった……。
2021年11月号
POLITICS [政界再編の「パンドラの箱」]
by 石橋文登(政治ジャーナリスト)
河野、小泉の裏で菅が動いたら?
「岸田政権というより甘利政権だな。岸田さんの意志は一体どこにあるのか、さっぱり分からない人事だ……」
ある閣僚経験者は、新首相となった岸田文雄の閣僚・党役員人事をこう評した。
9月29日に第27代自民党総裁に選出された岸田は、10月4日に衆参両院で第100代首相に指名され、直ちに組閣した。閣僚は、竹下派(平成研究会)5人(直後に竹下派入りした法相・古川禎久を含む)▽細田派(清和政策研究会)4人▽麻生派(志公会)3人▽岸田派(宏池会)3人▽二階派(志帥会)2人▽無派閥2人。石破派(水月会)、石原派(近未来政治研究会)はゼロだったが、女性もワクチン担当相の堀内詔子(岸田派)ら3人を起用し、「老・壮・青」、派閥、男女のバランスなどに配慮した人事に見える。
だが、内実はどうか。岸田は、総裁選で岸田陣営の選対本部顧問を務めた甘利明の幹事長起用を早いうちに内諾し、甘利と2人で閣僚・党役員人事の大枠を決めた。これに助言したのが、岸田側近で官房副長官となった木原誠二(岸田派)と、甘利腹心で経済再生担当相となった山際大志郎(麻生派)だった。
甘利は老練な政治家だ。元々は山崎派(現石原派)所属だったが、2011年に派閥横断型の勉強会「さいこう日本」を発足させた。これを派閥にしたかったようだが、思うようにいかず、17年に麻生派入りした。産業・エネルギー・通商政策に精通した商工族のドンであり、経産相や経済再生担当相などを務めてきた。オバマ米政権を相手にTPP交渉を担うなど交渉力も有する。党税調会長を務めており税財政にも明るい。党選対委員長も経験し、各選挙区事情も詳しい。元衆院議長の伊吹文明や大島理森らベテラン勢が続々と引退する中、その実力は自民党有数だといえるが、今ひとつ信望が薄い。
そんな甘利の目線で閣僚人事をみると、その狙いが浮き彫りとなる。「さいこう日本」から、官房長官の松野博一(細田派)、経済再生担当相の山際、総務相の金子恭之(岸田派)、農水相の金子原二郎(岸田派)の計4人が入閣している。幹事長代行の梶山弘志(無派閥)、国対委員長の高木毅(細田派)も「さいこう日本」のメンバーであり、3回生議員ながら新設の経済安全保障担当相に抜擢された小林鷹之は、甘利が座長を務める自民党新国際秩序創造戦略本部の事務局長を務めてきた。
「大宏池会」が悲願の麻生副総裁と甘利幹事長(右、撮影/堀田喬)
甘利が所属する麻生派会長の麻生太郎は副総裁となり、麻生が3205日間も務めた財務相兼金融担当相の後任には、麻生の義弟である鈴木俊一(麻生派)が就いた。甘利は元々、山際を経済産業相に就任させる考えだったが、元首相の安倍晋三の抵抗を受け、安倍の腹心である萩生田光一への差し替えを余儀なくされた。とはいえ、麻生︱甘利コンビは自民党中枢部に加えて、政府の経済・財政政策までほぼ掌握したと言っても過言ではない。
岸田はなぜ、これほど甘利の意向を飲んだのか。念頭にあるのは、麻生、岸田両派を合併させる「大宏池会」構想ではないか。
大宏池会は、麻生の悲願でもある。宏池会は、元首相の池田勇人が1957年に創設した老舗派閥だが、麻生の祖父で元首相の吉田茂が創設した「吉田学校」にその源流がある。元首相の宮沢喜一の後継をめぐり、元衆院議長の河野洋平、元官房長官の加藤紘一で争い、河野を担いだ麻生は宏池会を追われることになったが、宏池会の再興こそが自らの使命だと考えている。
岸田にとっても麻生派との合流は「渡りに船」となる。麻生派(53人)と岸田派(47人)が合流すれば、細田派(96人)と比肩する大派閥となり、政権は安定化する。細田派を事実上率いる安倍の協力を得るためにも、安倍の盟友である麻生の後ろ盾は欠かせない。
それだけではない。岸田派では、衆院に鞍替えする元文科相の林芳正や、元防衛相の小野寺五典らが虎視眈々と次の領袖の座を狙っている。引退した元幹事長の古賀誠(前宏池会会長)が干渉してくる可能性もある。岸田にとっては岸田派を麻生に預けた方が安心なのだ。このような派閥事情が、甘利の権限掌握に追い風となった。組閣前日の10月3日には民放番組で、経済安全保障担当相を新設することを明かし、「全省庁に指示を出せるポジションとなる必要がある」として国家安全保障局(NSS)も所掌すべきだと語った。首相と見まがうような発言だといえる。
副大臣・政務官人事も甘利が主導した。この人事は官房長官が原案を策定し、幹事長代行が各派の要望を聞いて修正するのが慣例だけに極めて異例だといえる。安倍政権が築いた「政高党低」の統治スタイルは、岸田政権発足により「党高政低」に変わりつつある。
岸田は総裁選直後に「ノーサイド」「全員野球」を宣言したが、実態は違った。「特技は人の話を聞くこと」とも語ったが、これも実に怪しい。「K2A」(岸田、麻生、甘利)体制に、自民党では早くも不満が鬱積しつつある。
最大派閥の細田派を事実上率いる元首相、安倍晋三も面白いはずがない。岸田が総裁になれたのは、安倍が高市早苗を担いで、最有力と目された河野太郎から大量の議員票を引き剥がした上で、決選投票で岸田に投じたからだ。安倍は当然、細田派から幹事長を出せると考えていたが、見事に裏切られた。萩生田を官房長官に起用する案も「安倍カラーが強すぎる」として松野に差し替えられた。
岸田は、細田派から、閣僚経験もない3回生議員の福田達夫を総務会長に抜擢したが、これも安倍の神経を逆なでした。福田の父で元首相の福田康夫と安倍は犬猿の仲であり、福田達夫が代表世話人を務める「党風一新の会」の動きについても苦々しく思ってきたからだ。
それでも安倍はまだよい。政調会長に高市早苗を押し込めたし、官房長官の松野も腹心の一人には違いない。
前首相の菅義偉、前幹事長の二階俊博、前国対委員長の森山裕らは蚊帳の外に置かれた。世間を賑わせた「小石河」連合も完全に干された。河野太郎は党広報本部長という格下ポストをあてがわれただけ。小泉進次郎や石破茂は無役となった。
岸田は総裁選に出馬表明した際、小さなノートを掲げ、「このノートに国民の声を十年以上書き留めています」と胸を張ったが、安倍がどのように「1強」体制を築いたかについてはあまり学んでこなかったようにみえる。
安倍が7年8カ月もの長期政権を築いた最大の理由は、衆院3回、参院3回の計6回の国政選挙に勝ち続けたからだが、自民党掌握術に長けていたことも大きい。安倍、麻生で保守・中道勢力を押さえ込み、菅義偉が河野や小泉ら「跳ねっ返り」や若手議員を手なずけてきた。この3人の力で常に自民党の9割超を掌握していたため、石破茂ら反主流勢力は政局を仕掛けることさえできなかったのだ。
ところが、今回の総裁選で3人の結束に亀裂が入ってしまった。特に河野太郎を推した菅は完全な反主流派となった。岸田が本格政権を築きたいならば、真っ先に菅と関係を修復せねばならないが、甘利を幹事長に起用したことにより、極めて難しくなった。
甘利は8月下旬の「菅降ろし」を主導した一人だからだ。甘利と菅は12年秋に安倍晋三を総裁に返り咲かせた主力メンバーとして良好な関係を結んでいただけに、菅の目に甘利の動きは「裏切り」に映った。2人の関係を修復するのはもはや不可能だろう。
いつまで大人しくしているか?
では河野や小泉らがいつまでも大人しくしているだろうか。河野が総裁選で打ち出した最低保障年金制度、脱原発、選択的夫婦別姓、同性婚などはいずれも旧民主党政権の方が親和性が高い。逆にこれらの政策を保守政党である自民党で無理にまとめようとすれば、意見は真っ二つに割れ、妥協点は見いだせない。
立憲民主党代表の枝野幸男は、共産党の「限定的閣外協力」を打ち出し、共産党から選挙協力を得ることに躍起になっているが、もう少し賢い人間が野党第1党のトップになったらどうなるか。脱原発や夫婦別姓などの法案を議員立法として次々と国会に提出し、「党議拘束を外して議論すべきだ」と自民党を揺さぶってくる可能性は十分ある。
これに河野太郎や小泉進次郎らが同調したらどうするのか。この2人だけなら大したことにはならないかも知れない。2人はそれぞれ1匹オオカミであり、政党どころか派閥さえマネジメントする能力はないからだ。
だが、2人の裏で菅義偉が動いたならば、数十人の議員が同調し、自民党は分裂の危機に瀕する。菅は日本維新の会などと太いパイプを持っており、一部野党と連携することも十分可能だ。幹事長を退いた二階俊博が急速に求心力を失っていることを勘案すれば、二階派などを巻き込んで一大勢力になる可能性も否定できない。
10月31日投開票の衆院選は、新首相のご祝儀相場もあり、自公で過半数は悠々維持できるだろう。自民党の単独過半数も十分視野に入る。来夏には参院選が控えていることもあり、それまでは岸田は安全運転に徹するだろうし、反主流派が政局を仕掛けることも考えにくい。だが、参院選後の政界は濃い霧に包まれている。総裁選は「政界再編」というパンドラの箱をこじ開けてしまったのかも知れない。(敬称略)