「戒め」が溶けた自衛隊の「原潜保有」

豪の「原潜配備」は必然。三菱重工、川崎重工の潜水艦建造能力は世界最高レベル。もはや日本の原潜保有はタブーではない。

2021年11月号 BUSINESS [インド太平洋の波高し]

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モリソン豪首相と米ヴァージニア級原子力潜水艦(米海軍省HPより)

Photo:EPA=Jiji(右上)

米国のジョー・バイデン大統領は9月15日、米国、英国、オーストラリアの3カ国で安全保障の新たな枠組み「AUKUS」を構築すると発表した。3カ国の国名の頭文字を繋いだAUKUSは「インド太平洋地域の安定と安全を維持する」ことを目的とするが、台頭著しい中国に対抗するためのパートナーシップであることは論を俟たない。その核心は米英両国からオーストラリアへの原子力潜水艦8隻の建造技術供与である。オーストラリアは世界で7番目の原潜保有国となる。これに伴い、オーストラリアから受注したディーゼル潜水艦12隻の建造契約を反故にされたフランスは怒り狂い、EU(欧州連合)も巻き込んで大騒ぎした。だが、米中間の冷徹なパワーゲームの前では、いかに誇り高きフランスといえども膝を屈するしかない。

世界の深海には6隻の沈没原潜

原子力潜水艦は原子炉から得た熱で高温高圧の蒸気を作って蒸気タービンを回し、スクリューを回転させて推進力を得る。蒸気の一部は発電用タービンに導いて電気を起こす。その電気で海水を電気分解して酸素を作り、海水を淡水化し、ソナーなど各種電子機器を作動させる。核燃料のエネルギー量は膨大だ。原潜は海面に浮上せず、長期間潜航して作戦行動がとれる。

米海軍は核分裂の連鎖反応が確認されたばかりの1939年に原子力の研究に着手した。動力源に加圧水型の潜水艦用熱原子炉「S2W」を選定し、54年1月21日、米エレクトリック・ボート社造船所で世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」が進水した。艦名の「ノーチラス」はジュール・ベルヌの小説「海底二万マイル」に登場する潜水艦「ノーチラス号」に由来する。

現実世界のノーチラスを指揮したウィルキンソン艦長は55年1月17日の航行開始日に「原子力にて航行中」と打電した。S2Wを開発した米ウェスティングハウスは原潜や原子力空母向けだった加圧水型原子炉を民生用発電に応用した。これが関西電力や九州電力などが採用する加圧水型原子力発電所の原点である。米ゼネラル・エレクトリックが開発した沸騰水型原子炉(東京電力や中部電力などが採用)は構造的に横揺れや上下動に弱いため軍艦では使わない。

原潜は2種類に大別され、水中発射弾道ミサイル(SLBM)を装備したミサイル原潜と、敵艦を追尾して撃沈する攻撃型原潜がある。ノーチラスは実験艦だったが、魚雷発射管6門を備える攻撃型原潜の体裁を整えていた。世界初のミサイル原潜「ジョージ・ワシントン」は59年12月に就役した。水中発射弾道ミサイル(SLBM)「ポラリス」を16基搭載していた。

ソ連は原子爆弾の開発を優先し、原潜建造を後回しにしたが、それでも58年6月に初の攻撃型原潜「レニンスキー・コムソモール」が就役し、60年にはホテル型ミサイル原潜が就役した。世界の深海には沈没した6隻の原潜が横たわっている。内訳は米国2隻、ソ連4隻だ。両国は大きな犠牲を払って攻撃型原潜、ミサイル原潜の大型化と高速化を進め、その保有隻数は拡大の一途を辿った。

世界で3番目の原潜保有国は英国だ。実験艦の攻撃型原潜「ドレッドノート」は艦首に6門の魚雷発射管を持ち、63年に就役した。建造を急ぐ英国は米国製の「S5W」加圧水型原子炉を購入した。2番艦以降は英ロールス・ロイスが原子炉を供給している。

今回、オーストラリアが配備するのは最新の攻撃型原潜で、米国の「ヴァージニア級」(1番艦2004年10月就役)か、あるいは英国の「アスチュート級」(同2010年8月就役)になる。ヴァージニア級は水中排水量7925トン、全長114.8メートルで速力34ノット。アスチュート級は水中排水量7519トン、全長97メートルで速力29ノット。アスチュート級はロールス・ロイス製の原子炉「PWR2」を搭載するが、そのベースは米国が供与した加圧水型原子炉「S5W」だ。アスチュート級の対外供与は、原子力技術の譲渡を制限する1958年の英米相互防衛協定(更新で2024年まで延長)に抵触するという解釈もあり、現時点ではヴァージニア級の方が有力だ。

「太平洋」を制するものが覇権を握る

海上自衛隊の潜水艦隊(HPより)

AUKUSがオーストラリアの原潜に課すミッションは南シナ海における中国ミサイル原潜の監視と牽制だ。ロシアがオホーツク海に核抑止力の根幹をなすミサイル原潜を潜ませているのを真似て、中国は南シナ海にミサイル原潜の隠し場所を求めた。平均水深44メートルの黄海は浅過ぎるし、同370メートルの東シナ海には米海軍と日本の海上自衛隊が精緻な監視網を構築しているから避けたい。中国が虎の子のミサイル原潜「晋型」を潜ませるのは同1212メートルの南シナ海しかない。急所を突かれた中国は即座に反応し、9月16日に中国外務省の趙立堅報道官が「米英が核輸出を地政学ゲームの道具として利用し、極めて無責任だ」と非難した。

昨年10月23日、リンダ・レイノルズ豪国防相は「30年間続けてきた中東への艦艇派遣を20年で終結する」と発表した。オーストラリアはもはや中東に海軍を派遣せず、アジア太平洋、対中国を重視する方針に転換したのだ。直後の11月17日にはケネス・ブレースウェイト米海軍長官が「新たなナンバー艦隊を立ち上げ、インド太平洋地域に配置したいと考えている」とシンポジウムで発言した。現在は米海軍第7艦隊が太平洋全域をカバーするが、欠番になっている第1艦隊(第二次世界大戦直後から1970年代初頭まで存在)を復活させ、インド太平洋地域に目を光らせる構想だ。東アジアにおける第7艦隊と日本潜水艦隊による連携プレーと同様の体系を、南シナ海の第1艦隊とオーストラリア潜水艦隊とで築く狙いがうかがえる。AUKUSの伏線は昨年秋の時点で既に張られていた。

「インド太平洋」という概念が人口に膾炙するようになったのは10年10月に米国のヒラリー・クリントン国務長官がハワイの演説で唱えてからだ。「地中海は過去の海、大西洋は現在の海、太平洋は将来の海」という言葉がある。その海を制するものが世界の覇権を握る。南シナ海とホルムズ海峡、マラッカ海峡を包摂するインド太平洋は通商のハイウェーにして安全保障のハイウェーであり、「将来の海」の中でも最重要エリアだ。

南シナ海の環礁を埋め立てて軍事基地化を進める中国はインド太平洋での圧倒的な優勢確立を目指す。米国は南シナ海に艦艇を間断なく派遣する「航行の自由作戦」で妨害を続けている。英国は最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を含む空母打撃群を派遣し、フランスは攻撃型原潜「エメロード」と支援船、ドイツはフリゲート艦「バイエルン」を相次ぎ南シナ海に送り込んだ。西側諸国は中国による南シナ海の聖域化、インド太平洋における主導権を決して認めないという明確なメッセージだ。

次の一手がオーストラリア潜水艦隊の強化だった。オーストラリアがフランスと共同開発していた「アタック級」潜水艦は南シナ海での任務遂行には力不足。アタック級はフランスの攻撃型原潜「シュフラン級」の動力を原子炉からディーゼル機関に換装し、ポンプジェットでジェット水流を噴射して推進する野心的な設計だ。ポンプジェットは静かなのが利点だが速度が出ない。シュフラン級原潜の速度は25ノットで、米国のヴァージニア級や英国のアスチュート級と比べると見劣りする。

「フランス製」は使い物にならない

海上自衛隊の潜水艦隊(HPより)

「原子炉よりもはるかに出力が小さいディーゼル機関を積むアタック級のポンプジェットは使い物にならない」と海上自衛隊幹部OBはオーストラリアがフランスと契約を交わした16年直後に看破していた。アタック級の1番艦は35年ごろに、最後の12番艦は50年に就役する計画だったが、共同開発は著しく遅れた。昨年11月、豪有力シンクタンクのローウィー研究所は「計画が3年以上遅れるとオーストラリアの潜水艦能力に空隙が生じる」と警鐘を鳴らした。しかも建造費は当初500億豪ドル(約4兆円)だったのが、直近では897億豪ドル(約7兆2千億円)に膨れ上がった。技術、納期、予算で三重苦のアタック級をオーストラリアが切り捨てるのは時間の問題だった。

過去最大級の兵器ビジネスが吹っ飛んだフランスは怒りを隠さず、ジャン=イヴ・ルドリアン仏外務大臣は「アメリカとオーストラリアの動きは二枚舌で、信頼を裏切り、侮辱的だ」と強く非難した。フランスは駐米、駐豪の大使を召還し、さらにEUとオーストラリアの間で交渉が進む自由貿易協定(FTA)を阻止する構えさえ見せた。

フランスには言い分があった。オーストラリアが原潜を求めているのなら、そして米国がオーストラリアの原潜配備を容認するのであれば、フランスは通常動力型のアタック級ではなく、シュフラン級攻撃型原潜を提供できた。米国が主導する核の不拡散規制に従ってオーストラリア向けのメニューから原潜を外したフランスにすれば、だまし討ちされたと受け止めるのも当然ではある。

中国海軍がアジア全域で軍事的圧力を強めた結果、対抗措置としてアジア各国の潜水艦導入機運がこれまでになく高まり、巨大な新市場が誕生したことがフランスの怒りに油を注いだ。オーストラリアにドタキャンされてフランス製潜水艦のブランドは大きく傷つき、商談での不利は免れないからだ。

つまずくフランスを尻目に、潜水艦輸出のライバル国は着々と態勢を整えている。輸出最大手のドイツではティッセンクルップ海洋システムズが9月16日、次世代潜水艦「U212CD級」建造の専用ドックを起工した。独HDWが手がける「209型」は世界的な大ベストセラーだ。ロシアや中国も潜水艦輸出に力を入れる。ドイツから技術導入した韓国やトルコは209型のコピー潜水艦輸出に乗り出した。スウェーデンのサーブは最新型「ブレーキング級」の開発を急ぐ。オーストラリアが96年から運用する「コリンズ級」潜水艦も実はスウェーデンのコックムス社の設計に基づく。フランスがAUKUS3カ国の不当性を激しく非難したのは焦りの裏返しでもある。この状況に小躍りしているのが韓国だ。原潜保有は文在寅韓国大統領の選挙公約。当選直後にトランプ米大統領(当時)に原潜保有を打診し、拒否された。しかし韓国の国防部が昨年8月に発表した「2021~25年国防中期計画」は原潜建造の可能性を示唆している。この計画では3千トン級、3600トン級、4千トン級の潜水艦をそれぞれ3隻ずつ建造する。9月15日にSLBMの発射実験に成功した潜水艦「島山安昌浩」は3千トン級の1番艦だ。3千トン級と3600トン級はディーゼル機関を搭載するが、4千トン級は動力源を明記していない。韓国軍首脳は言葉を濁すが、「原子炉搭載は既定路線」と韓国メディアは報じた。

15年に改正した米韓原子力協定の第11条は韓国に20%未満のウラン濃縮(商用原子力発電所の核燃料濃縮率は3~5%)を認めているが、実際に濃縮するには米国の同意が必要だ。さらに第13条で「いかなる軍事目的のためにも利用されない」と縛りをかけた。韓国が中国に内通していると疑う米国は、軍事機密の塊である原潜の技術を韓国に渡すまい。しかしフランスは米国や英国と一線を画した独自の戦略核体系を構築する。オーストラリアへの原潜技術供与で不拡散規制のタガが緩んだと判断すれば、ためらわず韓国の原潜建造に手を貸すだろう。

米国の「ロサンゼルス級」「シーウルフ級」などの攻撃型原潜は15年程度で核燃料を交換していた。船体切断と変わらぬ大工事が必要だったが、「ヴァージニア級」は30~40年間は交換しなくて済む濃縮率93%の核燃料に切り替えた。これは潜水艦の寿命に等しく、燃料交換工事で長期間、原潜が戦列から離脱するのを避けられる。

日本には110年以上の技術的蓄積

韓国が濃縮率93%の核兵器級ウランを入手することは不可能だ。ところがフランスの「シュフラン級」は濃縮率7.5%の核燃料を使うため、米韓原子力協定に抵触しない。10年毎の燃料交換は必要だが、原潜保有で国威発揚を狙う文在寅政権は実稼働率など度外視している。問題は原潜を建造する際のメカニカルな技術力だ。原子炉の熱で蒸気タービンを動かし続ける原潜は、ディーゼル機関を備えた通常動力の潜水艦に比べて騒音が大きく、潜航深度ははるかに深い。米海軍は半世紀をかけて静粛性を保ち、深海の水圧に負けない耐圧船殻にたどり着いた。製造装置さえ大量導入すれば出来上がる半導体や液晶と原潜では次元が違う。いくら韓国がタンカーや貨物船の商船建造隻数で世界一を誇っても、おいそれと原潜は造れない。仮にフランスの手助けで原潜を建造できたとしても、実用域に達するまでの試行錯誤で1、2隻を深海に沈める覚悟が要る。

オーストラリアのダットン国防相は9月19日までに、原潜を米国や英国から購入するか、リースを受ける可能性に言及した。当初計画で2035年以降の配備としていたが、前倒しを目指す。対抗策として中国がパキスタンへの原潜供与を検討中との情報もある。北朝鮮も原潜開発を急ぐ。

日本はどうか。三菱重工業や川崎重工業が建造した「おうりゅう型」以降の3千トン級潜水艦はディーゼル機関とリチウムイオン電池の併用で、静粛性を保ちつつ水中での航続距離を大幅に伸ばした。両社の潜水艦建造能力は世界最高レベルにある。川崎重工がわが国初の潜水艦建造に着手したのは1904年だ。海上自衛隊が展開する潜水艦の潜航深度は非公表だが、日本には110年以上の技術的蓄積がある。だから潜航深度610メートルの米シーウルフ級や同488メートルの米ヴァージニア級と一緒になって中国やロシアの原潜に睨みを利かせることができる。

当選こそしなかったが、自民党総裁選に出馬した河野太郎氏と高市早苗氏はテレビ番組で「自衛隊による原子力潜水艦保有を検討すべきだ」との考えを表明した。技術はある。もはや日本の原潜建造はタブーではない。原潜ラッシュが目前に迫る。日本海海戦の名参謀、秋山真之が今のインド太平洋を見れば再び電文を起草するであろう。「天気晴朗ナレドモ波高シ」と。

   

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