2021年7月号 連載 [コラム:「某月風紋」]
世相に切り込む松元ヒロ
東京のJR新宿駅に近い紀伊国屋ホール。スタンダップコメディの松元ヒロの公演である。「テレビに出られない芸人」を自称し、世相を舌鋒鋭く切る。
「都知事の小池さんが『新しい日常』って言ってるけど、これが日常ですか?縄文時代は1万年も続いて、自然と共存してました。あの日常に戻りたい!」
バス停で路上生活を送っていた60歳代の女性が殴り殺された事件に話は及ぶ。「彼女は若いころ舞台女優だった。僕も若いころ、ヒーローショーをやってたけど、一緒に仕事をしていたかもしれない」
ホールから書店のフロアに降りて、週刊誌を手に取る。「文春砲」は相変わらず火を噴いている。「ワクチン遅れ 元凶は安倍晋三」……。目次の中に「朝日『五輪中止社説』社内バトル」の小さな見出しがあった。社説をめぐる社内の騒動が時々刻々と綴られている。
「文春砲」もかつてなら、中吊り広告の右肩か左肩に置いただろう。新聞社の社論を決める論説委員室の内部の発言内容がダダ漏れとは、考えられない。20年ほどにわたって、ブランド価値が急落した、朝日の昨今の零落を物語る。
朝日の論説委員室をモデルにした丸谷才一の「女ざかり」(1993年)は新聞記者気質をこう記す。「軍閥におもねって侵略を鼓吹し、時には条約の中身をすっぱ抜いて喝采を博し、ときにはでっちあげの大誤報を載せて世の失笑を買い……」
映画化されてヒロインの論説委員役は吉永小百合。自分が執筆したさりげない論説によって、首相や与党の幹事長と闘うことになる。丸谷作品はヒロインに笑いとペーソスの薬味を加えている。
朝日が読者の共感を失った理由があるとすれば、権力批判が目的化したことだろうか。笑いとペーソスを武器にして、舞台に立って、世相に切り込む松元ヒロとは対極にある。
(河舟遊)