コロナ禍でも生きた長年の取り組み。障がい者就労のパイオニアが手がける在宅勤務の秘密に迫る。
2021年1月号 INFORMATION
大隈和英厚労政務官から表彰状を受け取る福元邦雄社長
新型コロナの感染拡大は日本企業に「テレワーク」の波をもたらした。在宅勤務の先行事例に関心が寄せられるなか、三菱商事の特例子会社、三菱商事太陽(大分県別府市)の取り組みが脚光を浴びている。画期的なプロジェクト「在宅システムエンジニア(SE)養成コース」で在宅勤務を軌道にのせ、令和2年度「輝くテレワーク賞」特別奨励賞を受賞した。
11月30日、都内で開催された「厚労省 輝くテレワーク賞」の表彰式に全国から受賞企業が出席した。コロナ前からテレワークを実施してきた先進企業ばかりだが、三菱商事太陽は取り組みの長さで群を抜く。福元邦雄社長は「5年前に創設されたこの賞も、ウィズコロナの渦中にある今年はこれまでとは全く違った局面にあると感じ、受賞を真摯に受け止めています」「私たちはいまも初代社長、中村裕博士の手のひらの上にいるようなものです」と、胸の内を語った。
中村裕博士といえば64年東京パラリンピックを成功に導き、日本の障がい者スポーツの父と呼ばれる人物である。65年、障がい者の自立と就労をめざして社会福祉法人・太陽の家を創設。83年、三菱商事との共同出資で三菱商事太陽を設立した。事業内容はシステム開発、ネットワーク構築・運用、名刺作成・データ入力などIT業務。「家で寝たきりであったとしても頭がしっかりしていればプログラマーの訓練が終わった後、給料を稼げる」――。博士が語った在宅勤務への夢が、30年以上の時を経て、実現したのだ。
「在宅SE」として自宅でプログラミングを行う社員
通勤困難な人にも就労機会をとの思いから初めて在宅勤務を導入したのは06年。当時のIT環境やセキュリティ上の制約から多くの課題を残したが、経験を糧にノウハウの見直しを重ね、8年後、本格的な在宅勤務制度を確立。2名の重度障がい者を在宅勤務社員として迎えた。
在宅勤務をさらに大きく前進させたのが18年、NTTデータイントラマート社と共同で実施した在宅SE養成コースである。全国から受講者を募り、審査をパスした人に、プログラミング技術を学べるeラーニング教材を無償提供。一定の課題をクリアした人を、主力のシステム開発を担う在宅SEとして採用するというものだ。
プログラムの特徴は、強力なバックアップ体制である。三菱商事太陽では精神保健福祉士、ジョブコーチなどからなる「ワークサポート室」が全社員の働く環境を見守っている。コースを終えるとサポートチームが全国各地の自宅を訪問し、就労に向けた準備を後押しするのだ。生活指導やデスク回りの環境整備を手伝い、通院に同行して支援機関との連携体制を万全にする。就職後も週一度以上の声がけ、ラジオ体操や作業中の姿勢チェックなど手厚いサポートが行われる。
当初データ入力が中心だった在宅の仕事は、システム開発、総務部門へと広がり、より多様な人材を採用できるようになった。現在14名の障がいのある在宅勤務社員が活躍し、喜びの声が寄せられている。「感覚過敏の特性から通勤や職場にいることが大変でしたが、集中して仕事に全力で取り組めるようになりました」(Y・Iさん)、「離れていてもメンバー同士で交流しながら連帯感を持てるシステム開発の仕事に大きなやりがいを感じます」(H・Mさん)。
タブレット越しに顔を合わせながら仕事をする社員たち
在宅ならではの「対話不足」にも、コミュニケーションを取りやすくするアプリを導入したり、趣向を凝らしたオンライン懇親会を実施したりと熱心に取り組んでいる。対話不足が評価に影響しないよう在宅・オフィス勤務の社員でペアを組む「バディー制」を採用。バディーは毎日タブレット越しに顔を合わせながら一緒に仕事をする。タブレットのビデオ機能を常時オンにすることで、在宅勤務社員はオフィスの状況を見ながら業務を行い、必要に応じてオフィス社員にそのまま話しかけることもでき、まるで隣席にいるようなコミュニケーションが可能になっている。
足指を駆使してチャットで会話しながら労務管理を担う在宅ワーカー
長年の経験はコロナ禍でも生きた。今年4月、全社員が在宅勤務できる制度を導入。さらに、対話不足を補うためビデオ面談を強化した。19年4~6月に46件だった面談件数は20年の同時期に218件にも及んだが、在宅勤務由来のストレスを訴える社員は皆無だったという。在宅勤務についての社内アンケートでは回答した社員全員が「満足している」と答えたといい、風通しの良さも伝わってくる。
福元社長は「五感を駆使しながらの『共感』が取りにくい環境だからこそ、何をどのように留意・配慮し、見えないものを見る・感じる努力をどうすればよいのか。心も体もフラジャイルな社員が多い当社ならではの工夫を絶え間なく続けてゆきたいです」と、語る。特例子会社の仕事が厳しいといわれる状況下でたゆまぬ奮闘を続ける三菱商事太陽の姿はすべての企業を勇気づけるものである。
(取材・構成/編集委員 和田紀央)