「ファーウェイ・ジャパン」王剣峰会長に聞く!(聞き手/倉澤治雄 科学ジャーナリスト)

2021年1月号 BUSINESS [本誌独占インタビュー]

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1977年浙江省生まれ、43歳。浙江大学、華北電力大学で電気工学を学んだあと、2001年にエンジニアとして華為に入社、研究開発部門に配属された。社内の公募を経てブルガリアを皮切りに東欧諸国に派遣され、2006年にはCDMA・WiMAX製品の営業・マーケティング担当ディレクターとしてヨーロッパ全域を担当した。またファーウェイ・ルーマニアの最高責任者などを経て、12年には北欧・中東欧地域の事業開発・マーケティング担当副社長に就任するなど、主に欧州で要職を歴任した。13年11月、日本に赴任、14年副社長、15年社長、19年10月には会長に就任した。好物はてんぷらとラーメン、休日には釣りや家族とのキャンピングでリフレッシュするという。「日本は世界で最も暮らしやすい」と語る。

2019年5月、米国政府がファーウェイを輸出規制リストに掲載して以降、これまで通信事業のバックヤードに徹していたファーウェイの名前は一気に広く知られるようになった。しかしファーウェイ・ジャパンが日本でどんな事業を展開しているのか、トップはどんな人物なのか、実はあまり知られていない。ファーウェイは5Gを中心とした最大の通信機器ベンダーであるだけでなく、AIを利用した自動運転自動車やクラウドフォン、それにスマート電力やスマートシティなど次世代技術をリードする。米中対立が厳しさを増す中、ファーウェイの「生き残り」をかけた戦いはどこに向かうのか、王剣峰会長に聞いた。

――「ファーウェイ」の名前はメディアを通じて知っていても、ファーウェイ・ジャパンが日本でどんな事業を行っているのか、ほとんど知られていません。まずファーウェイ・ジャパンの現状や事業について紹介してください。

 王 ファーウェイ・ジャパンの創立は2005年のことです。当初は通信事業者向けの機器販売が中心でしたが、現在はスマートフォンなどを販売するコンシューマービジネス、企業に対してICTソリューションを提供する法人事業などを行っています。社員数は約950名で、現地採用率は78%です。中国・深圳の本社はもっと高い目標を設定していて、現地採用率をさらに上げることが課題となっています。東京・大手町の本社のほかに、大阪、横浜など9つの事業所を展開しています。R&Dセンターは4か所あります。横浜、品川に加えて関西のパートナー企業のために大阪にも作りました。千葉県船橋市には生産ライン自動化のための研究ラボがあります。R&Dの中心は材料と部品の研究開発です。

外部環境の変化によって、日本での5G事業には参入できなくなりました。またGoogleが使えなくなったことから、スマホの販売に影響が出ました。一方、日本からの部品やコンポーネントの調達は年々増加し、2019年には1兆1千億円にまで拡大しました。日本はアジア太平洋地域での調達センターです。私の最も重要なミッションはオープンで安定的な日本のサプライチェーンを維持することです。

「常にボトムライン(最悪の事態)を想定」

――米国による輸出規制は、日本のパートナー企業との関係にも影響を与えていますか?

王 私たちと日本のパートナー企業の間には大変深い信頼関係があります。この2年間の厳しい外部環境の中でも、応援してくれる企業がたくさんありました。日本での報道を見ていると、「経済安全保障」という言葉が頻繁に語られています。「経済安全保障」に関する報道が、日本のパートナー企業に影響を与えるのではないかと心配しています。しかし強調しておきたいことは、私たちが日本から調達しているのは大規模に生産されている汎用品なのです。このことは日本の経済産業省も理解していると信じています。

日本からの調達額は去年と比べて少し減りましたが、状況は悪くありません。米国による8月17日の輸出規制強化は主に半導体に対するもので、他の電子部品に対する影響はそれほどありません。

東芝やソニーはすでに米国政府から輸出許可を取得しました。今年も在庫(ストック)を積み増したのですが、パートナー企業は協力してくれました。

 ――米国ではバイデン大統領の誕生が確実となりました。米国の出方に変化はあるとお考えですか?

王 私は大統領選挙の結果を誇大にとらえていません。常にボトムライン(最悪の事態)を想定しています。私たちは私たちの会社に自信を持っています。バイデン氏が大統領になれば少し変化があるかもしれません。少なくともルールを守る方だと思いますし、一定の予測が可能になるのではないでしょうか。ファーウェイにとって「生き残り」は全社的な課題です。マーケットは一時的に失っても取り戻すことができます。社内ではBCM(事業継続マネージメント)が盛んに議論されてきましたが、最近は「生き残り」という言葉を使うことが減りました。少し楽観的な雰囲気になっています。

日本市場を見てみると必ずしもマイナス要因ばかりではありません。通信事業者向けとスマホの販売は影響を受けていますが、法人事業部が抱える企業のお客様はたくさんいます。売り上げは大きくありませんが、上昇する傾向が見えています。

「欧州9年、日本7年」通算16年海外

執務室の王剣峰氏

――王会長ご自身についても伺いたいのですが、ファーウェイでどのような経歴を歩んできたのですか?

 王 私は1977年生まれの43歳です。浙江大学と華北電力大学大学院で学んだあと、2001年にファーウェイに入りました。大学での専門は電気製品の自動化で、ICTとは無関係でした。当初は3年ほど研究部門でソフトウェアを開発していました。2004年に会社全体で海外派遣の募集があり、私も応募して面接を受けました。東欧諸国に派遣されることになり、ブルガリア、ルーマニア、ポーランドのほか、ドイツなどでも仕事をしました。最後は北欧・中東欧担当副社長です。2013年にデンマークでプロジェクトを率いていた時に、「次の任地は日本だ」と聞かされました。プロジェクトが終了した13年11月に日本に着任しました。ヨーロッパに9年、日本に7年と通算16年海外にいたことになります。この間、一度も中国で勤務したことはありません。

――日本の印象や生活はいかがですか?

 王 日本は世界中で一番生活がしやすい国です。便利で安全で清潔です。生活はとても楽です。仕事は厳しいですが……(笑)。てんぷらとラーメンが大好きです。もともと魚は臭みが気になってあまり食べなかったのですが、日本の刺身や寿司は全く臭みがなく、好きになりました。お昼はラーメンばかり食べていたので、血液中の脂肪が増えて、医者から止められており、いまは蕎麦を食べるようにしています。

日本のドラマやアニメも大好きです。日本のドラマは普通の人々や現実の社会を反映していて好感が持てます。入社した頃は仕事が厳しく、寮に帰ってよく「スラムダンク」を見たものです。映画では是枝裕和監督の作品が好きです。人物の描き方がとても繊細です。

時々釣りにも行きます。家族を連れてキャンピングに行くこともあります。交通の便を含めて日本ほど便利なところはありません。生活する上で困ることは全くありません。

ICT技術の強みを自動車につなげる

ファーウェイの5Gソリューション

――技術の話に戻りますが、すでに5Gを超えてBeyond5Gや6Gの議論が出始めています。ファーウェイは次世代通信ネットワークについてどのように考えていますか?

 王 私たちも6Gの研究を始めています。しかし開発はまだ先です。いまは5Gに集中する時です。通信業界の一世代は約10年です。4Gの技術も2010年から12年頃に始まりました。今は5Gの応用(ユースケースの開拓)に集中すべきです。5Gを使う人がいなければ6Gを使う人もいないでしょう。使う人がいなければ意味がないのです。

HiCarで自動車関連事業に参入

――ファーウェイは「HiCar」という車載スマートシステムを発表し、自動車関連事業への参入を表明しました。自動車自体は作らないとしていますが、ファーウェイは自動車にどの様な価値を与えようとしているのですか?

 王 自動車はどんどんICT化しています。自動運転自動車やコネクティッドカーにもICT技術が使われています。中国ではEVが激増していますが、EVの電源管理(スマート電源)にもICT技術が使われています。ファーウェイの長所はICT技術ですので、強みを自動車につなげていくことになります。自動運転には二つの要素が必要です。

HiCarのコンセプト

一つは計算のためのコンピュータ、HPC(High Performance Computing)です。もう一つは自動運転のアルゴリズムです。一方コネクティッドカーはタブレットやスマホと繋がります。自動車向けのタブレットを提供します。Googleをはじめ自動運転のアルゴリズムを作る会社はたくさんありますし、電源管理の技術を持つ会社もあります。しかしHPCを作る会社は多くはありません。私たちは最高のHPCを自動車に提供します。

「クラウドフォン」は実態と乖離

――ネットで話題を呼んだのが「クラウドフォン(雲手机)」です。これによりスマホは高性能半導体から解放されるのではと期待されています。「クラウドフォン」の将来性をどのように考えていますか?

 王 まず「クラウドフォン」についてファーウェイはまだ何も公式に言及していません。ネットで多数報道されていることは知っていますが、おそらく実態とかけ離れていると思います。PCのクラウド化は早くから進めてきました。例えばR&D部門の社員のPCはすべてクラウドで、コストと管理の観点から利点があります。しかしこのコンセプトをスマホに移植できるかどうかまだ分かりません。なぜならスマホはスマート端末なのです。ユーザーはたくさんのアプリを使って素晴らしいユーザー体験を実現しています。果たしてクラウドフォンがこのユーザー体験を実現できるかどうか、私は疑問に思っています。

今の若者たちはスマホを使う時間が長く、まだまだ機能が足りないと思っています。例えば私は1か月のデータ使用量が10Gを超えることはありませんが、若い人たちは2日で20G使います。どうやったらこんなに使えるのかと思いますが、おそらくビデオで高画質の美しい映像を見ているのでしょう。彼らの使い方は私たちの想像を超えています。こうしたユーザー体験をクラウドで実現できるでしょうか。スマート端末の優位性は開放的な多様性にあります。クラウドがこれを維持できるかどうかわかりません。企業内のイントラなど、クローズドなエコシステムではクラウドの応用が可能です。しかしスマホはオープンな多様性が必要です。クラウドフォンの問題はそこにあります。これが私の考えです。

「取材の要望があればいつでも応じる」

聞き手の倉澤治推氏と

――最後に日本政府や日本の企業に伝えたいメッセージを聞かせてください。

王 日本へのメッセージはサプライチェーンについてです。数十年かけてできたサプライチェーンは素晴らしいものです。日本の企業の皆様には米国の法律を正確に理解していただき、過剰な深読みをしないようにお願いしたいと思います。95%の企業は十分に理解してくれています。しかし5%ほどの企業は緊張しすぎているのではないかと思います。法律とコンプライアンスを守るという前提で、数十年かけて出来上がったサプライチェーンを一緒に維持していこうではありませんか。

これからは日本の一般の皆様にも私たちのことを理解して欲しいと思っています。米国の影響はあまりに大きいので、私たちも声を上げていきたいと思います。

今年4月、藤田医科大学病院と愛知医科大学病院にマスクを寄付したところ、地方のメディアが報道してくれました。私たちが誘ったわけではなく、病院側が声をかけたようです。一般の皆様の好感度を上げるため、まず地方からやってみようと思います。もし取材の要望があれば、いつでも応じるつもりです。

■聞き手 倉澤治雄 科学ジャーナリスト

   

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