三耕探究② 「単独孤立文明」日本の命運  by 大塚耕平

米中関係の深層は誰も分からない。ロシアやEUを含む連立方程式を考えると、真実は闇の中だ。

2021年1月号 BUSINESS [三耕探究②]
by 大塚耕平(参議院議員)

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バイデン政権の対中政策、及び中国の反応から目が離せない

Photo:AFP=Jiji

「文明の衝突」という概念は、1993年、米国の政治学者サミュエル・ハンティントンが提唱した。

ハンティントンは冷戦後の国際紛争は文明間の対立が原因となり、文明と文明が接する断層線(フォルト・ライン)で問題が発生すると指摘。そのうえで、長く世界の中心であった西欧文明が、中華文明、イスラム文明に対して守勢に立たされ、西欧文明の基盤(領土、経済力、軍事力等)は確実に衰退していくと予測した。

1990年代以降のバルカン半島民族問題、イスラム原理主義台頭、2001年同時多発テロ、それに続くアフガニスタン紛争、イラク戦争等を鑑みると、ハンティントンの予測は的中している。「文明の衝突」の主役である中国が2010年代に国際秩序の修正を露骨に求め始めたが、その背景には必然的経緯がある。

日米同盟は手段であって目的ではない

中国は有史以来、大半の時代で世界の超大国であった。しかし、アヘン戦争(1840~42年)で清が英国に敗戦し、香港を割譲したところから転落が始まった。英仏アロー戦争(1856年)、清仏戦争(1884年)、日清戦争(1894年)と敗戦が続き、1912年に清が滅亡。

第1次大戦、日中戦争、第2次大戦を経て、1949年に共産党独裁の中華人民共和国として独立したが、国民党が統治した台湾との確執は今日まで続いている。

89年、天安門事件が勃発。鄧小平は民主化を要求する学生等を軍に制圧させ、「経済は開放しても、共産党独裁は変えない」方針を内外に顕示した。

90年代、鄧小平は経済発展が先行する南部諸都市を巡り、先に富める者が国を牽引することを推奨する「先富論」を説く「南巡講和」に腐心。鄧小平は97年に死去したものの、01年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したことで、経済発展は加速した。

鄧小平は「韜光養晦、有所作為」という遺訓も残した。前半は、能力や才能を意味する「光」を「韜(つつ)み」「養(やしな)い」「晦(かく)す」、すなわち「力を蓄える」の含意、後半は「やる時にはやる」と訳せる。

江沢民(国家主席在任1993~2003年)期、及び胡錦濤(同03~13年)期前半は遺訓を堅守。しかし、09年7月の駐外使節会議(5年に1回開催される北京駐在大使会議)の演説で、胡錦濤は鄧小平の遺訓の前半、後半に2文字ずつ加えて「堅持韜光養晦、積極有所作為」と修正して発言した。後半は「そろそろ討って出る」と解せる。

それに先立つ08年、中国は米中海軍首脳会談でハワイを境に太平洋を東西分割統治することを提案。その事実は、会談に出席した米海軍司令官ティモシー・キーティングが翌年の議会証言で明らかにした。

2010年、中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界2位に浮上。

中国は1992年に領海法を定めて尖閣諸島を「中国の領土」と明記していたが、2012年以降は「中華民族の領土」と表現している。「文明の衝突」の文脈を感じさせる言葉の選択であり、世界各地の中華民族全体にアピールする国家戦略が垣間見える。

2013年に国家主席となった習近平は14年に「一帯一路」構想を打ち出し、15年にAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立。米国が画策していた中国抜きのTPP(環太平洋パートナーシップ協定)やTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)に対抗し、ブレトンウッズ体制へ挑戦する意図が透けて見える。

15年にスタートした国家戦略「中国製造2025」に先立ち、世界の技術者を高待遇で大量スカウトする「千人計画」を着々と進めていた。

こうした中国に強気で応じたトランプ大統領は敗北。バイデン政権の対中政策、及び中国の反応から目が離せない。

自国の利益を犠牲にして、他国の利益を守る国はない。国際社会の常識である。日米同盟は手段であって、目的ではない。日本は他国に依存することなく、自らの国家戦略を切り拓かなくてはならない。

中国の台頭は文明間の覇権交代

歴史上、最初の世界帝国は13世紀のモンゴルである。その後は、15世紀後半に世界屈指の都市国家となったヴェネチィアが台頭し、通貨ドゥカートが威力を発揮した。

以降、今日に至るまで、海軍力、基軸通貨、それらを駆使して得た植民地(あるいは事実上の属国)が覇権国家の3点セットである。

ヴェネチィア以降は西洋諸国である。17世紀まで続いた大航海時代のポルトガル、スペインは金銀貨を世界に流通させた。

代わって台頭したオランダはギルダー(グルデン)、端境期のフランスはルーブル、18世紀半ばから19世紀にかけての英国はポンドで世界を支配した。

「世界の工場」とは19世紀の経済学者ジェボンズの造語だ。産業革命によって繁栄した英国の代名詞となり、この時代は「パックス・ブリタニカ」と言われた。

「パックス」はラテン語で「平和」を意味し、語源はローマ神話に登場する平和と秩序の女神。18世紀の歴史学者エドワード・ギボンが『ローマ帝国衰亡史』という著作の中で使った表現だが、「世界の工場」として繁栄の頂点にあった1899年、英国宮廷詩人(桂冠詩人)が英国の繁栄と覇権を「パックス・ブリタニカ」と喩えた。

しかし覇権は移り、20世紀前半は米国が「世界の工場」の地位につき、「パックス・アメリカーナ」の時代を迎える。

第2次大戦後、敗戦国の西ドイツ(当時)のGDPが1960年に英国を上回り、68年には日本が西ドイツを抜いて2位になった。79年、短期間ではあるが「世界の工場」と呼ばれた日本を称えたエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版され、80年代後半のバブル時代は日本の全盛期であった。

しかし「パックス・ジャポニカ」とはならなかった。当然である。海軍力も基軸通貨も植民地も有していない。英国や米国と異なり、安全保障上の覇権を保持し、国際秩序を維持する役割を担っていたわけではないからだ。

ヴェネティア以降、米国に至るまで、西洋文明内での覇権交代が続いたが、中国の台頭は文明間での覇権交代を意味する。

中国は覇権国家の歴史と要件をよく研究している。米海軍出身の戦略研究家アルフレッド・セイヤー・マハンの「海軍戦略」、英海軍に属した軍事学者ジュリアン・コーベットの「海洋戦略」を理解し、米国に匹敵する海軍力を目指している。

人民元の基軸通貨化、デジタル人民元の先行普及に腐心しているほか、「債務の罠」との批判も気にせず、巨額融資を駆使してアフリカや中南米諸国への影響力を拡大し、「パックス・シナーエ」を展望している。

覇権交代が平和裏に行われなければ、フォルト・ライン紛争が起きる。そして、日本はフォルト・ライン上に位置している。

「デジタリズム」と「ユニバーサリズム」

軍事パレードで中距離弾道ミサイル「東風17」を公開する中国

Photo:Jiji Press

「文明の衝突」と「覇権国家の交代」に加え、第4次産業革命が国際社会の鳴動を倍加している。

AI(人工知能)の概念は1947年に天才数学者アラン・チューリングが提唱。56年のダートマス会議で、科学者ジョン・マッカーシーが初めてAIという言葉を使った。

PCやインターネットが普及しつつあった20世紀終盤、AIによる第4次産業革命は21世紀末に到来すると言われていた。しかし、それが70~80年前倒しとなる技術革新が進んでいる。

AIを駆使したSFのような未来社会は、測位衛星システムと通信インフラの進化、さらに量子コンピュータの開発進展によって、現実のものとなりつつある。

軍事分野も例外ではない。LAWS(自律型致死兵器)の開発、実用化も進んでいる。覇権国家の3点セットに技術力が加わり、第4次産業革命が「文明の衝突」と「覇権国家の交代」の行方を左右する。

2018年に他界した宇宙物理学者スティーブン・ホーキングは、次の技術的特異点(シンギュラリティ)は2021年であり、その後2053年までにさらに2回発生すると予測していた。

第4次産業革命でも日本は後塵を拝しつつある。しかし、この分野で巻き返すことは、軍事力や経済規模で競うよりは可能性がある。

もうひとつの大きな地殻変動を認識する必要がある。世界を動かす力学要素だ。

1648年のウェストファリア条約は、教科書的に言えばカトリックとプロテスタントの「30年戦争」終結のために締結された条約だ。

その頃までの欧州は、経済的、宗教的に力を持った王家や教会の権力や影響が錯綜する複雑な力学の中で動いていたが、ウェストファリア条約によって、内政権、外交権を有する主権国家という概念が確立した。

言わば、主権国家主導の国際秩序に転換させたのがウェストファリア条約である。

以後、民族ごとに国家を形成する動きも加わり、主権国家、民族国家が国際社会の基本的構成単位となった。国家間で通商・外交・軍事等の交渉を行うので、インターネイション、インターナショナリズム(国際主義)という概念に至った。

しかし、第2次大戦後、主権国家概念やインターナショナリズムを揺るがす新たな潮流が生じた。グローバリズム(地球主義)である。

70年代以降、多国籍企業、金融取引の国際化、冷戦終結、欧州統合等によって、グローバリズム、グローバリゼーションは急速に浸透した。

グローバリズムを先導した米国は、中国のWTO加盟を承認。中国の自由化、民主化、米国化を期待していた。

ところが上述のとおり、中国は共産主義を堅持しつつ、資本主義を追求。つまり、国家資本主義である。中国は急成長し、米国の覇権を脅かしつつある。

皮肉なことに2017年、グローバリズムで最も利益を享受した経営者のひとりであったトランプが反グローバリズムを掲げて大統領に就任し、米中対立を演出。習近平が自由貿易を主張し、保護主義を批判し、WTOの意義を訴える光景は、天地が逆転した様相である。

バイデン政権は反トランプ路線となるが、表面的かつ短期間には中国と融和できないだろう。

インターナショナリズム、グローバリズムの次はナショナリズムという感もあったトランプ主導下の国際社会だったが、別の力学要素が今後の世界に影響を与えそうだ。

それはコロナ禍によるデジタリズムの加速と、測位衛星利活用に象徴されるユニバーサリズム(宇宙主義)である。

軍事面でも各国が宇宙軍を組織し始め、日本も航空自衛隊宇宙作戦隊を創設した。

第4次産業革命とも関係するデジタリズムとユニバーサリズムが、今後の国際社会の構造に影響する。この面でも日本は微妙な位置にあるが、キャッチアップは可能である。

人類史上未経験の「メガチェンジ」

トランプ大統領が記者会見等で時々引用し、対中政策の参考にしていたと思われる本がある。2015年にワシントンで外交関係者の間でブームになった『100年マラソン(邦題『チャイナ2049』)』。著者は、元国防省・CIA職員であるマイケル・ピルズベリーである。

中国は共産党結党100年目(2049年)に世界の覇権を米国から奪取することを目標としており、それは清朝末期以降の中国の屈辱の清算である。米国のパンダ・ハガーは、中国の野望を見誤っていた。これが同書の概要である。

パンダ・ハガーは米国の親中派、つまり日本で言うところの「媚中派」である。パンダ・ハガーは中国を支援して豊かにすれば、やがて西側に与(くみ)する国家になると考えてきたが、それは幻想だったとピルズベリーは指摘する。

2015年、出版の背景をワシントンに調査に行った際、国務省関係者から同書冒頭の著者注に留意するように促された。著者注には「本書は、機密情報が漏洩しないよう、刊行前にCIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた。各機関の活動を脅かす繊細な情報をすべて削除してくれた査読者の努力に感謝する」と記されている。

この「著者注」を前提とすれば、この本も斜めに読まなくてはならない。「本当のことを本に書くほど馬鹿ではない」という米国流ブラックジョークもある。書かれていないことこそ重要だ。

12年2月、副主席(当時)として訪米した習近平に「新4人組」の情報を伝えたのは当時副大統領のバイデンだった。4人は習近平の総書記就任阻止を狙って連携していた。総書記就任後の習近平が4人を次々と逮捕、失脚させたことは周知のとおりである。

多くの中国要人子弟が米国の大手金融機関やIT企業に縁故採用されている。ピルズベリーの本が出版された当時、そのことも問題視されていた。筆者も訪米時にモルガン幹部に事実関係を質したが、当然「ノーコメント」だった。

米中関係の深層は誰もわからない。トランプ政権下で対立が激化した一方、世界は米中の一挙手一投足に振り回されている。

しかも両国は、これまでの国際法の常識を否定し、自国の法律を域外適用している。ある意味「パックス・アメシナ(米中)」である。

何が事実か、何が正義か、判別不能なのが国際政治だ。米中のパワーゲームにロシアやEUも含む連立方程式を考えると、分析は一層困難になる。真実は闇の中だ。

ハンティントンは、日本文明を中華文明から派生した単独国の孤立文明と類型化した。フォルト・ライン上の単独孤立文明、日本の命運は、国際政治の深層を探り、洞察する能力に左右される。

「文明の衝突」「覇権国家の交代」「デジタリズムとユニバーサリズム」という人類史上未経験の重層的なメガチェンジの中で、日本のインテリジェンスと国家戦略が問われる。

(敬称略)

著者プロフィール
大塚耕平

大塚耕平

参議院議員

日銀を経て参議院議員。現在、国家基本政策委員長、早稲田大学客員教授(早大博士)。藤田医科大学客員教授。仏教研究家としても活動中。

   

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