非難は的外れ!コロナ「専門家会議」/評論家 中野剛志氏

新型コロナの怖さや難しさは、正体がよく分からないという「不確実性」にあった。西浦教授らは驚くべき成果を上げた!

2020年9月号 LIFE [愚劣な「後知恵批判」]
by 中野剛志(評論家)

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憎まれ役を買って出た西浦博教授

Photo:Jiji Press

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下「専門家会議」)は、2月に設置され、7月3日に廃止されて新型コロナウイルス感染症対策分科会(以下「分科会」)へと引き継がれるまで、我が国の新型コロナウイルス感染症対策を主導してきた。また、専門家会議のメンバーではないが、西浦博・北海道大学医学研究院教授(8月1日からは京都大学医学研究科教授)も、厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班に参加し、大きな役割を果たした。

しかし、専門家会議や西浦教授は、これまで様々な批判にさらされてきた。特に、専門家会議の助言の下で発動された緊急事態宣言の効果を巡っては、同宣言の解除後から、批判的な事後検証を求める声が相次いだ。例えば、大阪府の吉村洋文知事は、6月に大阪府新型コロナウイルス対策本部専門家会議を開催し、中野貴志・大阪大学教授や宮沢孝幸・京都大学准教授からの批判的な見解を聴取している。特に中野教授は、感染は3月28日にピークを迎えており、緊急事態宣言に基づく外出制限や営業自粛には意味はなかったと述べて話題となった。この他にも、6月中は専門家会議に対する批判の声が後を絶たず、対人接触8割減を積極的に訴えた西浦教授に対しては、脅迫すらあったという(*1)。 (*1) https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/310221

専門家会議が直面した「五つの困難」

にもかかわらず、西浦教授は、流行前のような生活を続ければ東京都内の感染者数は7月中に1日100人以上になるという試算を示し、警鐘を鳴らし続けた(*2)。(*2) https://www.yomiuri.co.jp/national/20200603-OYT1T50064/

これに対し、週刊新潮は、宮沢准教授のコメントを紹介して批判した(*3)。(*3) https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06170559/?all=1

しかし、7月2日、東京都の新規感染者数は107人となり、西浦教授の予測は的中したのである。結局、7月の全国の感染者数は4月を上回る約1万7千人に達した。8月1日の感染者数は1535人と4日連続で1千人を超え、一部の地方自治体が独自の緊急事態宣言を発したり、休業要請を行ったりするという事態となった。つい1カ月前に「緊急事態宣言は無意味だった」などと批判した論者たちの舌の根も乾かぬうちに、この有様である。

もちろん、今後のために、専門家会議の業績を検証することは不可欠である。しかし、専門家会議が直面していた事態を正確に理解しなければ、有意義な事後検証などできないはずだ。

専門家会議が直面していたのは、次の五つの困難であった。

第一に、新型コロナウイルスの怖さや難しさは、感染力や毒性よりもむしろ、正体がよく分からないという「不確実性」にあった。専門家会議は、その「不確実性」と戦っていたのである。

感染症にまつわる不確実性については「世界パンデミック不確実性指数」という指標がある。それによると、新型コロナウイルス感染症の「不確実性」は過去の感染症と比較して圧倒的に高い。その不確実性指数は、3月31日時点でSARSの約三倍もあったのである(*4)。(*4) https://blogs.imf.org/2020/04/04/global-uncertainty-related-to-coronavirus-at-record-high/


3月頃まで、新型コロナウイルスはインフルエンザと同じようなものだと軽視する論者たちが少なくなかった。彼らは、米国のインフルエンザによる死亡者が1シーズンで1万人から3万人もおり、2017~18年シーズンでは6万1千人もいたというデータを挙げ、専門家会議や西浦教授の警鐘は過剰だと批判していた。

しかし、米国の新型コロナウイルス感染症による死亡者は、8月2日時点で15万人を超えている。「コロナを過剰に恐れるな」などと説いていた論者たちは、米国における死亡者が15万人を超えると予想していたのだろうか。

しかも、新型コロナウイルスについては、研究が進むにつれ、新しい報告が次々と出ている。例えば、5月18日、厚生労働省は、患者の肺の血管に血栓ができて呼吸不全を起こす恐れがあるとして、診療の手引きを改定した(*5)。(*5) https://jp.reuters.com/article/idJP2020051801001964


また、重症化のリスクが高いのは高齢者と基礎疾患のある者だけだとされていたが、6月25日、米疾病対策センター(CDC)は妊婦を重症化の高リスクがある者に追加した(*6)。(*6) https://www.asahi.com/articles/ASN6V4K7JN6VUHBI00F.html


7月には、若年の患者であっても、回復後に疲れや息苦しさ等の後遺症があると報じられた(*7)。(*7) https://www.asahi.com/articles/ASN7K41JSN7FULBJ005.html


また、これまで新型コロナウイルスの空気感染はないとされていたが、7月4日、239人の科学者が世界保健機関(WHO)に対し、空気感染の可能性を示す科学的根拠があるとする書簡を発した(*8)。

(*8) https://jp.reuters.com/article/covid-health-transmit-scientists-idJPKBN24705X


target="_blank">https://facta.co.jp/article/202005016.html専門家会議を批判する論者の中には、積極的な集団免疫の獲得を主張する者もいた。しかし、7月13日、患者の再感染に対する免疫は数カ月で消えるという研究が発表された(*9)。(*9) https://www.jiji.com/jc/article?k=20200714040323a&g=afp


7月28日、WHOは、新型コロナウイルス感染症には、インフルエンザとは異なり季節性はないと警告した(*10)。(*10)https://www.newsweekjapan.jp/headlines/world/2020/07/286102.php


また、欧米諸国とアジア諸国とで、感染者や死亡者の数が大きく異なることが明らかとなったが、その要因については、専門家の間で未だ論争中である。そして、治療薬やワクチンの完成はいつか、そもそも完成し得るのかについても不明であることは言うまでもない。

ことほど左様に、新型コロナウイルスは未知の部分が多く、その性質や対処法については、専門家の間でも依然として見解が一致しない点がある。「科学に基づいて対策を決めるべきだ」と言うのは簡単だが、肝心の「科学」が新型コロナウイルスについて十分に分かっていないのだ。

途方もない「不確実性」に立ち向かう

専門家会議が直面していたのは、このような途方もない「不確実性」であった。したがって、事後検証すべきは、専門家会議がこの「不確実性」にどう対処したか、である。6月までに明らかになった知見に基づき、後知恵で批判するのは簡単だろう。しかし、もし新型コロナウイルスが変異したり、あるいは別種の未知の感染症に見舞われたりした場合には、そんな後知恵の検証など、何の役にも立たないのだ。

専門家会議が直面していた第二の困難は、体制の未整備である。専門家会議に対する批判の中でも特に多かったのは、韓国などと比較して、PCR検査の数が少ないということであった。これに対し、専門家会議の岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長は、こう反論する。「感染研は予算自体が削られ、保健所は拡充どころか統廃合で大きく数が減りました。そうしたことをしておきながら、今になって『韓国の体制が良い』などと言うな、と言いたいですね」(*11)(*11)https://diamond.jp/articles/-/240916?page=2


専門家会議の押谷仁・東北大学教授も、PCR検査は増やすべきではあるが、そのクオリティを担保するには、機械だけではなく、臨床検査技師が必要であるため、急には増やせないと指摘する(*12)。(*12) https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/pcr-4_1.php
西浦教授もこう証言する。「日本は人が少なすぎる状況で、以前から国立感染症研究所は予算面で縮小される一方です。そんな中で『流行が起きたからしっかりやれ』と世間から厳しく言われても、彼らも人数が減って専門家が少ないわけなので動けませんよ」「日本では感染症は忘れられた専門になっていました(中略)。そうこうしていると感染症の専門家が足りなくなって、疫学や数理モデルなんかしてるのは、日本の医学部には自分しかいないという状況になってしまった」(*13)(*13) https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/contents/article/1959/?fbclid=IwAR0R1lYUa_0BB1sVyBpMosG2EXAyGDG1hdeimbq0_crHWBNzIY08Hdn_Kys


確かに、国立感染症研究所の研究者は13年の312人から現在の294人に減らされ、保健所の数も92年の852カ所から2019年の472カ所へと、ほぼ半減している。感染症分野に限らないが、大学等の研究費も抑制され、研究者の雇用は不安定化している。公務員の数の抑制や非正規化も進められてきた。日本の公務員数は先進国中最少水準だったにもかかわらずだ。

法的な整備にも問題があった。諸外国では、強制力をもって外出等を禁止する「ロックダウン」が可能であり、実際に実行した国もある。ところが、我が国では「ロックダウン」は今のところ法的に不可能であり、外出制限は「自粛要請」にとどまる。仮に「ロックダウン」が必要になったとしても、我が国の選択肢にはないのだ。

第三の困難は、新型コロナウイルスの厄介な性質に由来する。新型コロナウイルスは、感染から発病や診断までにタイムラグがあるため、現時点で把握できる感染者数のデータは、二週間前の新規感染の状況を示すに過ぎない。このため、感染爆発の兆候を察知できず、気づいたときには制御困難になる恐れがある。したがって、二週間後を想定して、早めに手を打たなければならないのである。

第四の困難は、国民の行動変容の難しさである。感染拡大を防ぐためには、手洗い、ソーシャル・ディスタンス、「3密」の回避など、国民が日常の行動を変える必要がある。しかし、生活習慣を変えるのは容易ではない。特に、二週間後を想定して今から行動変容しなければならないとしても、現時点でそれほど被害がなければ、国民はその必要性を感じにくい。また、医療体制が逼迫しても、自分の周囲に感染者がいなければ、国民は自発的に行動を変える気にはなかなかならないだろう。しかし、そういう危機感に乏しい国民に行動変容を強制する手段が、日本にはないのだ。

第五の、そして最大の困難は、政治や経済との関係である。感染拡大を防止するためには、国民の自由な行動を制限せざるを得ず、最悪の場合、ロックダウンのように経済活動を停止しなければならない。それは大きな経済被害をもたらすため、政治は、適切な感染症対策であっても躊躇しがちになる。加えて、新型コロナウイルスに関しては、専門的な知識を要するだけでなく、専門家にすら不明な部分があり、また先述のタイムラグの問題もあるため、国民とのリスクコミュニケーションが極めて難しい。

専門家会議は、以上の五つの厳しい制約の中で、新型コロナウイルスに立ち向かったのである。この困難を十分理解した上で評価するならば、専門家会議は驚くべき成果を上げたと私は思う。

最大の困難は政治や経済との関係

例えば、西浦教授が4月15日、対策を全く取らなかった場合には42万人が死亡するとの試算を公表したのを批判する声がある。しかし、この新型コロナウイルスの不確実性や国民の行動変容の難しさを考慮するならば、西浦教授自身が言うように「アンダーリアクト」(控えめ)よりも「オーバーリアクト」(大げさ)の方がリスクマネジメントの観点からは正しいのである(*14)。(*14)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93561.php


もっとも、専門家会議の委員たちは、これまでの活動を、やや「前のめり」であったと反省している。「専門家会議が人々の生活にまで踏み込んだと受け止め、専門家会議への警戒感を高めた人もいた。また、要請に応じて頻回に記者会見を開催した結果、国の政策や感染症対策は専門家会議が決めているというイメージが作られ、あるいは作ってしまった側面もあった」(*15)(*15)https://note.stopcovid19.jp/n/nc45d46870c25


しかし、新型コロナウイルスの不確実性、体制の未整備、ウイルスの特異な性格、国民の行動変容の難しさ、そして経済や政治との関係という五つの制約を考慮するならば、専門家会議の「前のめり」もやむを得なかったのではないか。むしろ第一波をかろうじて克服できたのは、専門家会議が「前のめり」に活動してくれたおかげなのだ。

分科会の尾身茂会長と西村康稔担当相(右)

問題は、これからである。専門家会議は廃止され、その後継として、経済学者などを加えた分科会が始動している。しかし、専門家会議を苦しめた五つの制約は未だ解消されていない。それどころか、経済的被害の深刻化や国民の自粛疲れにより、「行動変容の難しさ」や「経済や政治との関係」といった制約は、より厳しくなっている。西浦教授も、第二波の感染者は第一波より増えるが、政府が休業要請に消極的になっているとして、第二波の制御に悲観的な見方を示している(*16)。(*16)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61681100X10C20A7AC8Z00/


「分科会」に急進的な財政再建論者

また分科会に参加した経済学者にも懸念がある。その一人である小林慶一郎氏は、経済を回すためにはPCR検査の徹底が必要だと主張する(*17)。(*17) https://dot.asahi.com/aera/2020072100006.html?page=1だが、PCR検査などの医療サービス体制が十分に整備されてこなかった最大の理由は、政府が財政危機を懸念して歳出を抑制してきたことにある。PCR検査の増加を阻害していたのは、緊縮財政だったのだ。だが、小林氏は「オオカミ少年と言われても毎年1冊は財政危機の本を出していくつもりです」(*18)(*18) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30584230W8A510C1TCR000/
と公言するほどの急進的な緊縮財政論者であった。

しかし、本誌5月号(*19)(*19)https://facta.co.jp/article/202005016.htmlで解説した通り、日本は財政危機ではない。自国通貨を発行する日本政府の財政破綻はあり得ない。過剰な財政赤字は高インフレを招くと言われるが、感染症対策として消費など経済行動を抑制している以上、高インフレになどなり得ない。したがって、休業補償も国民一律の給付金も、医療体制整備のための支出も可能だ。そのために、他の歳出削減や増税により財源を確保する必要はない。日本が財政危機ではないことを知ってさえいれば、対人接触8割削減など感染症対策を徹底しつつ、積極財政によって、倒産、失業、貧困を防ぐことは可能なのだ。ところが、緊縮財政論者の小林氏は、そうは考えない。むしろ、生き残れない企業は救うのではなく、転業や廃業を促すべきだという政策を提示するのだ。だが、戦後最悪の大不況で需要が消失する中では転業などほぼ不可能だから、そんな政策は廃業を増やすだけに終わる。転廃業を促進する構造調整政策が奏功するのは、需要不足のデフレ時ではなく、需要過多のインフレ時である。そんなことも小林氏は知らないのだ。今の日本が必要としているのは、かつての専門家会議のような感染症の真のプロ、そして、経済財政政策の真のプロである。

著者プロフィール
中野剛志

中野剛志(なかのたけし)

評論家

1971年生まれ。東大教養学部卒。通商産業(現経済産業)省に入り、英エディンバラ大学大学院で博士号取得。主著『富国と強兵』で、MMT理論を初めて紹介。

   

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