号外寄稿(4月27日 17:50)
2020年5月号
POLITICS
by 安藤 裕
安倍総理に提言を申し入れる「日本の未来を考える勉強会」
コロナ禍が世界中を覆っている。2020年は、まさに世界史に刻印される年となる。戦後生まれの我々世代は、平和で豊かな日々の中で暮らしてきたが、いきなり「激動の時代」に投げ込まれることになった。それにもかかわらず、政府は「平時の政策」の枠組みから脱却できず、迷走しているように見える。
筆者が会長を務める議員連盟「日本の未来を考える勉強会」は、コロナ禍による経済危機に対処する提言を、3月11日に岸田文雄政調会長と西村康稔再生担当大臣、翌12日に二階俊博幹事長に提出した。その柱は①30兆円規模の補正予算を編成し、財源には国債を充てること、②個人には十分な休業補償、企業には100%粗利補償をすること、③消費税をゼロにすること、の3本である。
「日本の未来を考える勉強会」は、2017年に有志の自民党議員とともに立ち上げたもので、その基本的な主張は「反緊縮財政」「反構造改革」「反グローバリズム」である。そもそもアベノミクスは、財政出動(つまり反緊縮財政)を大きな柱としてデフレ脱却を目指すものであったが、実際に財政出動を行ったのは政権復帰の初年度だけであり、すぐに消費税増税を象徴とする「緊縮財政」に戻ってしまった。これでは、デフレ脱却できるはずもない。
当時、筆者は当選2回であったが「せめて我々だけでも声を挙げようではないか」という思いで勉強会を発足させ、「消費税減税」や「プライマリーバランス黒字化目標の撤回」「財政支出拡大」を求める提言書を出し続けた。この2月に正式な議員連盟となり、現在28人の会員を擁するまでになった。(活動実績は https://nihonm.jp/)
我々が3月11日に緊急提言を発したのは、コロナ禍が日本に襲いかかり、1日も早く思い切った対策を打たなければ企業が壊滅し、回復不能な惨状を招くことが明らかなのに、このままでは「平時の政策」しか実行されないと考えたからである。
その後、加速度的に経済危機が深まり、当初30兆円とした補正予算の規模を、4月初めに50兆円に書き換えた。4月7日に緊急事態宣言が発令され、17日には全都道府県に拡大された。ある金融機関の試算によると、日本の4-6月期のGDPは25%減少するとしているが、これは緊急事態宣言が発令される前の試算である。
連休最終日5月6日の緊急事態宣言の期限後も、要請の強弱は考えられるにしても「自粛」「休業」要請が続くだろう。そうなれば、補正予算の規模は50兆円でも足りない。筆者は、年間GDPの20%喪失を想定して「真水で100兆円」の特別枠を設け、その全額を補償に充てる方針をいち早く打ち出すべきと考えている。
今の政府方針は「融資はする。補償はしない。」というものだが、これでは企業は存続できない。融資ではなく、一刻も早く「補償」に切り替えるべきである。企業経営者は、政府の「自粛」「休業」要請により、いきなり消費が蒸発し、先が見えない「真っ暗なトンネル」に放り込まれたのである。
かかる状況下で「融資を受けろ」と言われても返済の目途が立たないから、堅実な経営者ほど融資を受けず、廃業を選ぶだろう。税理士事務所を営んできた筆者には、経営者の心理が手に取るようにわかる。その結果、倒産・廃業により職場が消滅し、失業が増大する。失業率と自殺率は正の相関があるから、コロナ禍による死者に加えて経済苦による死者が急増する。これだけは、何としても避けなくてはならない。
さらに、企業の倒産・廃業により、そこで培われた技術や伝統・文化まで破壊されることとなる。一度損なわれた技術や伝統を復活させるのは難しい。昨年の日本の名目GDPは約553兆円だが、潰さなくともよい会社を1社でも潰したらGDPは維持できない。GDPは大企業も中小企業も個人事業者も、全ての人々の経済活動の積み上げである。「規模の大小を問わず1社もコロナ禍で消滅させてはならない」のである。
企業に対する補償は、日本全国・全業種について「粗利補償」が必要だ。自粛要請のあった地域や業種に限定してはならない。どの地域、どの業種も少なからず影響を受けている。
図:売上高から仕入原価を差し引いた「粗利」を補償すべき
粗利とは「売上高から仕入原価を差し引いた差額」のことを言う。企業は、この粗利の中から人件費、家賃、リース料、水道光熱費等を支払い、利息を支払い、法人税等の納税をし、残りの利益から借入金の返済を行っている。
いま、与野党では家賃支援の議論が行われているが、支援が必要なのは家賃だけではない。人件費だ、家賃だ、と個別に措置するのは極めて非効率的である。返済に支障をきたす企業が続出したら金融不安を惹起する。資金繰りに窮した企業が不動産を投げ売りしたら、深刻な資産デフレを引き起こす。十分な利益を補償しなければ、今後の設備投資計画が頓挫し、反転攻勢期の消費や投資が行われない事態を招く。コロナ禍により企業体力を消耗させてはならないし、その必要もない。
政府が「経済的損失は一切国民に負わせない」「1社も倒産・廃業させない」という強い決意を示し、「経済的損害は全て補償するから、雇用も含めて今の生産能力を温存したまま経済活動を自粛してほしい」と訴えれば、企業も安心して自粛することができる。言葉を換えれば「十分な補償措置」こそが、最も有効な感染対策になるのだ。
アフター・コロナの世界は激変するだろう。コロナ禍からいち早く立ち直った国が、コロナ後の世界で存在感を増し、君臨することになる。しかし、今の世界でコロナ禍から自国民を守り、自国経済を保全するパワーがある国は、実はごくわずか。日、米、英、中ぐらいだろう。
これらの国と、例えば独、仏、伊はどこが違うのか。それは「自国通貨建てで国債が発行できるか否か」である。日本は自国通貨で国債が発行できるので財政破綻の懸念はないが、ユーロ建ての欧州諸国は自国通貨を持たないから財政破綻の懸念がある。したがって財政出動には限界がある。
実は、日本が有利な条件にあることを、日本政府は気付いていない。「財政破綻の懸念がある」と信じ込んでいるから、「真水で100兆円の財政出動」を決断できない。しかし、財務省が自らのホームページで指摘している通り「自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」のであり「ハイパーインフレの懸念はゼロに等しい」のである。(財務省格付け会社宛意見書要旨およびムーディーズ宛返信大要参照)
今こそ政府は堂々と国債を増発し、「真水で100兆円」による世界が真似のできない経済対策を敢行し、コロナ後の世界における存在感を高める道筋をつけるべきだ。世界のほとんどの国はできないが、日本にはそれだけのパワーがある。「経済的損失の完全な補償」と「国民にコロナ禍による新たな負債を発生させない政策」が実現可能な条件を備えているのだ。
さらに「消費税ゼロ」は、日本経済の立て直しに必要不可欠である。コロナ禍の陰に隠れてしまったが、昨年10月の消費税増税により10-12月期のGDP成長率は年率マイナス7.1%という衝撃的な落ち込みを記録した。コロナ禍以前に消費税増税により日本経済の土台は壊れかけていたと言わざるを得ない。それを立て直すためには「消費税ゼロ」が絶対に必要なのだ。
おそらくコロナ後の世界において、米国は相も変らぬ超大国であり続けるであろう。同時に中国も今以上に勢力を拡大し、更なる覇権主義に走り出すだろう。日本政府が、我々が求める経済対策を決行しなければ、日本は世界第3位の経済大国から脱落し、米中両国の「衛星国」に成り下がるだろう。
我々は、そんな日本を子供たちに残すわけにはいかないのである。