現地ルポ「死の都」ニューヨーク/ロックダウンから1カ月/コラムニスト 街風隼太

号外速報(4月21日 20:00)

2020年5月号 DEEP
by 街風 隼太

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コロナ患者をトリアージテントに移動する医療従事者(4月19日、ニューヨーク市ブルックリン区)

Photo:Jiji Press

ニューヨーク市内に住むマリエッタ・ブリュージュさん(仮名・15歳)は、地元マンハッタンの私立高校に通う女学生だ。国連のそばに位置する同校は小中高一貫教育で知られ、多くの日本人子弟が籍を置いている。

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、外出制限令に先立つ学級閉鎖をニューヨーク市は3月半ばに決めており、マリエッタさんの学校もeラーニングを始めた。授業の時間割は同じだが、全くの「リモート」。マリエッタさんは朝から夕方までパソコンの前に座り、先生のライブ映像を見続ける。

ヒタヒタと忍び寄る「死の足音」

4月初めの早朝― 。端末にログインしたマリエッタさんは凍り付いてしまった。画面に登場した数学の先生が突然の悲報を告げたからだ。「校長先生が昨晩、亡くなりました。死因はコロナです」

校長はスペイン語を教えており、語学が得意なマリエッタさんを可愛がっていた。コロナに罹ってからもeラーニングで授業を続けていたが、咳が止まらなくなったという。入院後は呼吸困難に陥り、担当医から勧められたのが「ヒドロキシクロロキン」である。この薬はトランプ米大統領が「有効だと思う」と繰り返した抗マラリア薬だが、元空軍パイロットで体力に自信があった校長はリスクを冒した。容体は摂取直後に悪化し、不幸にも亡くなった。死因は心臓への副作用だったと見られる。

数日前まで、テキスト・メッセージを送ってくれていたのに――。マリエッタさんは、ベッドで泣き伏した。

訃報から数日後、新たなショックがマリエッタさんを襲った。近所に住む同級生の祖父がコロナに罹り、亡くなったというのだ。残された同級生とその両親もコロナ患者となり、自宅アパートでの軟禁生活を続けている。そして「亡くなった校長に続いて、新たに2人の先生がコロナに罹患した」という知らせが追い討ちをかけた。

次は私の番かも知れない――。マリエッタさんの母親によると、「はさみで布を切り刻んだり、娘の言動がおかしくなった」。典型的なPTSD(外傷後ストレス障害)である。マリエッタさんとその家族は現在、精神科医からカウンセリングを受けている。もちろん「リモート」で。

3月22日のロックダウン(外出制限)から1カ月――。ヒタヒタと忍び寄る「死の足音」にニューヨーク市民は怯えている。

心臓発作を含め死者1万3千人超

コロナ禍の前線に立つデブラシオ・ニューヨーク市長(市長のツイッターより)

エボラ出血熱ウィルスの患者が出た2014年、チェルシー地区で爆弾騒ぎがあった16年、テロリストが自身に装着したパイプ爆弾を起爆させた17年。数年おきに市民が「ヒヤリ」とする事件が起きるニューヨークだが、ここまで「死」と隣り合わせの生活するのは、ウォール街にある世界貿易センターが崩落した9・11(01年の同時多発テロ事件)以来だろう。

9・11当時もニューヨーク市からは人ごみが消え、市民は自宅に閉じこもったが、相手は「見える敵(テロリスト)」だった。今回は「見えざる敵(ウィルス)」が、毎日どこかで市民を殺す。

外出制限令下、閉じこもった自宅内でエコーする救急車の警報ほど薄気味の悪いものはない。「ピーポー!ピーポー!ピーポー!」と、「死」を告げるサイレンだ。

エンパイア・ステート・ビルを見上げる、マンハッタン30丁目。摩天楼の麓を東方面に歩くと、道路際に置かれた巨大な冷蔵トラックが突き当たる。簡易版の死体安置所である。隣接する病院から、フォークリフトが時折やってきて、死体を運び込む。院内の死体安置所の「在庫」が積みあがっているのだ。イタリアを上回るコロナ感染大国となった米国だが、人口860万人のニューヨーク市は全米でも死者数が突出している。4月18日時点で感染者12万6368人。累計死者は8811人に及ぶ。

他州からの登録者もニューヨーク州で働けるようにして下さい――。4月初め、こんな陳情がクオモ州知事のもとに届いた。差出人は、全米葬儀協会(NFDA)。米国では葬儀業者が各州で営業許可を受ける仕組みになっており、隣州からの「越境営業」は平時では許されない。

NFDAの念頭にあったのは、ニューヨーク市の惨状だ。同州は葬儀場の営業時間の延長を認めるなどの方策をとっているのだが、死者が急増したために、死体安置所だけでなく、葬儀場も足りなくなってしまった。

1日当たりの死者数は4月7日の529人をピークに減ってきたが、データは「死の都」の実情を反映していない。確認されている死者数の8割超が病院からの報告で、あくまでも検査による「陽性」が確認された患者が母集団だ。コロナに罹ったとしても、検査を受けないままで心臓発作や自宅で亡くなったりすると、統計には含まれない。

実のところ、3月初めに1日50人程度だった心臓発作によるニューヨーク市内の死者数は、4月に入って240人程度に急上昇している。これは昨年同時期の7~8倍の数字だ。前述の校長先生のように、コロナ患者の直接の死因は心臓発作が多く、逆にこの間の心臓発作死の大半がコロナ患者だった可能性が高い。

こうした統計の「抜け穴」にニューヨーク市もようやく気付き、最近は「コロナ患者だった可能性のある死者数」も公表するようになった。この数字を足すと、4月18日時点での死者数は8811人から1万3240人に跳ね上がる。これは、感染が世界で最初に確認された中国・湖北省武漢市の3倍以上の数字だ。

毎晩7時に木霊する「歓声」

マンハッタンのアッパー・イーストを南北に走るマジソン街は米国を代表する商店街。ロックダウン以降、毎晩7時になると、「静かな歓声」がどこからか聞こえてくる。

近隣には、コロナ感染者が担ぎこまれる大病院とセントラルパークに設置された医療用テント。夜の7時はシフト交代の時間だ。街の住民がアパートの窓を開け、マスクや防御ガウンが足りていない悪環境でも仕事に奉じる医療関係者を称えているのだ。その歓声が、人気のないマジソン街に寂しく木霊する。

次に死ぬのは「経済」

地元のブティックやレストランはほとんどが閉店し、窓には板が打ち付けてある。田舎のシャッター通りそのものである。

病院、葬儀場に並んでパンク状態なのが、市内にあるニューヨーク州労働局。失業申請が2008~09年に起きた金融危機を超える数字になっている。申請者の多くがニューヨークを代表する産業で働いていた、小売りや外食の従業員だ。

次に死ぬのは、経済である。嗚呼、今晩もレクイエムがマジソン街に響き渡る。

著者プロフィール

街風 隼太(まちかぜ はやた)

東京生まれ。ニューヨーク在住のコラムニスト

   

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