参議院議員 佐藤 正久 氏

巧遅は拙速に如かず 感染症対策は「国防」だ/参議院議員 佐藤 正久氏

2020年5月号 POLITICS [エキスパートに聞く!]

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佐藤 正久 氏

佐藤 正久 氏(Masahisa Sato)

参議院議員

1960年福島県生まれ。防衛大卒。米陸軍指揮幕僚大学卒。生物、化学、核兵器防護を任とする陸上自衛隊・化学科隊員を経て、イラク先遣隊長=ヒゲの隊長として有名に。07年参院全国比例区初当選(現在3期目)。防衛大臣政務官、外務副大臣、参院外交防衛委員長などを歴任。

――4月7日、7都府県に「緊急事態宣言」が発令されました。

佐藤 雪が降った3月29日の日曜日、小池(百合子)都知事の自粛要請にもかかわらず、開店前のパチンコ店には長い行列ができていました。そして4月4日に都内の感染者数が100人の大台を超えた。日々公表されるPCR検査の結果は2週間前の感染者数を表しており、いつオーバーシュートするか、誰にもわからない。瀬戸際の危機管理は「巧遅(こうち)は拙速に如かず」*であるべきです。言葉を換えれば、最悪の事態に備える場合、「空振りは許されるが、見逃しは許されない」。ニューヨーク州の感染者はわずか1カ月で10万人を超えた。遅くとも3月中に緊急事態を決断し、法的根拠に基づく自粛要請・指示を強化すべきでした。

――この間、政府の対応は「場当たり」「後手後手」の感を拭えません。

佐藤 隠蔽主義の中国がヒト-ヒト感染を認め、人口1100万の武漢を1月23日に閉鎖した。医療崩壊の惨状がネットで拡散していたにもかかわらず、首相官邸の危機意識は低かった。米国が1月31日に中国からの渡航を禁じた直後にお目にかかった政府の要人は「毎年、インフルエンザでもたくさん亡くなっている。新型コロナはたいしたことない」と、あっけらかんとしていた。かつて生物、化学、核兵器防護を任とする陸自化学科隊員の経験を基にエボラ出血熱が蔓延するギニアに派遣され、検査法も治療薬もワクチンもない感染症の恐ろしさを肌で知る私は認識ギャップに愕然としました。

縦割り排す「感染症危機管理官」

――日本政府が中国からの渡航を禁じたのは、習近平主席の「国賓来日」が延期になった2日後の3月7日でした。

佐藤 テロリズムにまつわる特殊災害を化学兵器Chemical、生物兵器Biological、放射能汚染Radiological、核兵器Nuclear、爆発物Explosiveの頭文字をとって「CBRNE(シーバーン)災害災害」と呼びます。その特徴は災害発生後しばらく原因がわからないこと。実際、新型コロナの出現当初、それが感染症なのか、バイオテロなのか、生物兵器なのかわからなかった。もし、感染症なら厚労省、バイオテロなら警察庁、生物兵器なら防衛省と、縦割り行政の我が国には司令塔がない。一方、アメリカの場合、世界最大の感染症対策の総合機関であるCDC(米疾病対策センター)が、医師や研究者など1万4千人を擁し、司令塔の役割を果たしています。2009年の新型インフルエンザの流行後、有識者から日本版CDCの創設が提案されたが、当時の教訓は生かされず、今日に至っています。

今世紀に入って様々な感染症が出現したが、新型コロナほど感染力が強く重症化する例はなかった。3月23日の参院予算委員会で質疑に立った私は、内閣官房に「感染症危機管理官」を新設し、司令塔にすべきだと、総理に提案しました。

――しかし、世界最強とされるCDCを持ってしても感染爆発を防げなかった。

佐藤 米国の水際対策は迅速でしたが、連邦政府機関のCDCと各州の連携が非常にまずかったようです。CDCが自ら開発し各州に配った検査キットに欠陥があり、感染状況の把握が大幅に遅れた。2月末まで200人に満たなかった感染者が、4月10日時点で46万を超えるあり様です。トランプ大統領が「完全な管理下にある」などと科学的根拠のない発言を連発し、リスクを過少評価したことも現場の検査を遅らせた。さらに、国家安全保障会議(NSC)における感染症部門を廃止し、CDCの予算を削減したことも裏目に出ました。

――台湾の迅速果断な対応が世界の称賛の的になっています。

佐藤 陣頭指揮を執る陳建仁副総統は疫学の権威。03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際、衛生長官を務め、感染拡大を食い止めた人物です。その教訓から感染防止法を抜本改正し、防疫に関する組織と人材を強化・育成しただけでなく、ICTを駆使した正確かつ戦略的な情報発信にも成功した。新型コロナ禍は1929年の世界恐慌に匹敵する動乱の引き金になるかもしれません。新たな感染症対策は所管省庁レベルではなく、国家の危機管理として、明確に位置づけるべきです。

「感染者ゼロ」の災害派遣隊員

――自衛隊の出番が増えますね。

佐藤 3月28日、河野(太郎)防衛相が水際対策強化のため、自衛隊に災害派遣命令を出しました。海外からの帰国便が相次ぐ成田、羽田両空港に医官や看護官を派遣し、PCR検査を担当、帰国者を滞在施設に送る業務を含め、約120人の隊員が働いています。災害派遣は通常、都道府県知事からの要請が前提ですが、今回は緊急を要するため自主派遣となりました。集団感染したクルーズ船の対処では延べ5千人の隊員が任務に当たった。医師や政府職員、検疫官の感染が相次ぐ中、隊員の感染はゼロでした。CBRNE災害の現場では、危険エリアへの立ち入りを制限する「ゾーニング」と、汚染物を除去する「除染」が重要です。隊員から感染者が出ないのは独自の防護基準と二次災害を防ぐ訓練を積んできたから。欧州で多発した院内感染を防ぐにはゾーニングと除染が肝であり、自衛隊のノウハウが役に立ちます。

4月4日には長崎、宮城両県知事の要請を受け、新たな災害派遣を行いました。長崎では感染した壱岐市の70代の女性を海自のヘリコプターで搬送し、宮城では仙台の自衛隊病院で一部のPCR検査を実施しました。今後、患者の搬送はもとより、医薬品や緊急物資の輸送、ホテルのゾーニング、消毒作業や生活支援など様々な要請が急増するでしょう。防衛省は防衛医科大学校と全国に16の自衛隊病院を持ち、そこには医官約900人と看護官約1千人がいます。東京の自衛隊中央病院では感染者を受け入れており、もはや「国難」を疑う者はいない。感染症対策は国家の危機管理であり、国民の命と生活を守る「国防」そのものです。

(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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