森見ない厚労省「積極的疫学調査」

厚労省が推し進める新型コロナウイルスのクラスター追跡調査は機能せず、病院に来た感染者を放置して感染を広げ、その後始末に追われているだけのように見える。(4月07日10:00)

2020年4月号 EXPRESS [号外速報]
by 松浦 新(朝日新聞記者)

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東京都と埼玉県の新型コロナウイルスの陽性者数の状況を説明する大野元裕・埼玉県知事

日本の新型コロナウイルスの検査数は、国際的にみて明らかに少ない。それは、現在の検査が、単純にウイルスにかかっているかを調べるものではなく、感染源を特定するとともに、次の感染者を探して隔離し、ウイルスを封じ込めるという「積極的疫学調査」の一環で行われていることが影響している。しかし、その実態を見ると、今回のウイルスの感染力の前に、現実離れした「探偵ごっご」のようなものであることがわかる。

例えば、埼玉県川口市の30代の男性は3月24日の夜、39度5分の熱が出て、同市内の医療機関にかかった。その時は検査につながらず、27日まで連夜39度台の熱に苦しめられる。28日から4月2日までの間に同じ医療機関に3回かかった。2日にレントゲンで肺炎の症状が確認されたことで、ようやく県指定の病院を紹介されて3日に検査を受け、「陽性」となった。

県指定病院は公表されておらず、「帰国者・接触者相談センター」に電話するなどして、必要と認められないと紹介してもらえない。

帰国者・接触者だけを検査

これは特殊な例ではない。同県春日部市の50代の男性会社員は3月8日の夜、39度の熱がでた。9日に会社を休むと10日には熱が下がって出社するが、12日にまた発熱した。そこで、13日午前に医療機関にかかるが検査にはならず、熱も下がったので出社した。こうして、計3回医療機関にかかり、ようやく18日に検査となった。

感染がわかると保健所は「濃厚接触者」を聞き取り調査して検査する。接触者に対しては積極的だ。この男性の同居の母に自覚症状はなかったが、検査で感染が確認された。会社の同僚4人も陽性だったが、いずれも症状はないか軽かった。その1人の50代の女性はせきがでた程度だったが、同居する20代の子供2人も陽性。男子大学生の1人は、検査前の13日に38度台の熱がでて医療機関にかかったが検査は受けず、熱も症状もなくなっていた。母の濃厚接触者となったことで、ようやく23日に検査で感染が認められると、熱もないのに入院・隔離された。

こうした濃厚接触者を追いかけて感染者を探す「積極的疫学調査」は、感染ルートがわかりやすい感染症を、初期段階で抑え込むためには意味がある。例えば、海外から入ってきた未知の性病が、性行為だけでうつるとしたら、感染者と性行為をした人を追いかけて全て隔離すれば抑え込める。

その実態を見るために、埼玉県内で4日までに公表された感染者150人を対象に分析すると、海外からの帰国者と濃厚接触者に検査の重点が置かれていることがわかった。

感染者のうち、男性は87人(58%)、女性は63人だった。①帰国者として検査を受けたのは31人(男性18人)、②濃厚接触者は69人(同24人)で、③感染経路がはっきりしない人は50人(同32人)だった。濃厚接触者には帰国者の家族ら9人のほか、春日部のケースのように、感染経路がわからない人の周辺の人と、県外の勤務先などで感染者と接触した人たちが含まれる。

無症状だと同居してても検査せず

感染者が検査の前に一般の医療機関を受診した回数の平均は、濃厚接触者が0.6回、帰国者が0.7回に対し、経路不明者は1.4回と倍以上だった。国は医療機関に直接行かずに相談センターなどに電話するよう呼びかけているが、帰国者でも知らない人も多いようだ。また、結果として濃厚接触者になっている人も、周りに感染者が出るまでは検査の高いハードルに悩まされている人がいる。

さらに、濃厚接触者でも、自治体によってはなんらかの症状がないと検査の対象にしないことがある。川口市の20代男性会社員は、3月23日から38度台の熱が出て医療機関にかかるなどしていたが、25日には熱が下がっていた。そこに、知り合いの川崎市の30代男性会社員の感染が判明し、濃厚接触者になったという連絡が入ると、28日、せき程度の症状で検査し、陽性となった。

男性は妻と幼児に加え、母、祖母の5人暮らし。検査を受ける時に4人に自覚症状はなかったが、同日夜、20代の妻に37度台の熱などの症状が出ると、29日に妻も検査・陽性となり、幼児を残して入院することに。同市によると、幼児の祖母と曽祖母が感染に注意しながら預かっていたという。ところが、幼児も30日夜に38度6分の熱が出て、検査・陽性となった。幼児にとっては寂しい夜であったろうし、祖母、曽祖母をリスクにさらしたことになる。なぜ5人を一度に検査しなかったかを聞いても「症状がなければ検査はしない」の一点張りだ。

独自の対応方針を出す県も

このように、積極的調査といいながら、濃厚接触者の調査は職場と家族内程度にとどまることが多く、ある感染者を起点に芋づるのように感染者が判明して、結果的にどのように感染が拡大していったかが見えてくる調査にはなっていない。逆に、病院まで来ている感染者を放置して、職場などに感染を広げてしまった後始末をしているような印象さえ受ける。

ここに来て、こうした硬直的な検査を変えようという動きも地方にはでている。

埼玉県は3月23日、県として独自の検査対応方針を打ち出し、新型コロナに「特有の症状や状況がある場合」は民間検査機関の検査を使うことにした。「重症化するおそれが高い方や緊急的に検査を必要とする方」は保健所で検査をする。保健所検査の中には同県独自の対象として「医療従事者」も含まれており、院内感染から医療崩壊につながることを食い止めようというねらいがある。

この方針のもと、3月末ごろから、症状が出はじめて比較的短期間で検査につながる例が増えるとともに、医療従事者が検査で陽性となる例が目立つようになった。3月中の経路不明者が一般医療機関を受診した回数の平均は2.9回だったが、4月はそれが0.8回に下がった。経路不明者に対するハードルが明らかに下がっている。

いまのように実質的に蔓延している状態では、当然のことだが、国はまだ方針を変えていない。本来であれば、積極的疫学調査をしている段階でないことは明らかで、医師が治療のために必要と認める場合は全て検査するべきだが、保健所の検査は国の予算が財源なので、国の意向は無視できない。いまだに保健所は木を見て森を見ないような「濃厚接触者」の調査を続けている。厚労省は一日も早く現場の人たちを開放して、少しでも多くの人が検査を受けられる態勢の整備に回ることができるようにするべきだ。

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松浦 新

朝日新聞記者

   

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