森川昭和電工「1兆円買収」の勝算

「GAFAが選ぶのは世界のトップメーカーだけ」(森川社長)。社運をかける剛毅果断。

2020年3月号 BUSINESS

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真価が問われる森川宏平社長

Photo:Jiji Press

昭和電工が日立製作所の材料子会社である日立化成の吸収合併を決め、その成否に産業界の注目が集まっている。

買収額は材料分野としては破格の9640億円――。しかも日立化成の時価総額は現在、昭和電工の2倍以上もあり、まさに小が大を吞む買収劇だ。同業大手は「あまりに高すぎるし、相乗効果も弱い」と厳しい評価を下し、昭和電工の株価は冴えないが、森川宏平社長(62)は「妥当な金額」と意に介さない。

願ってもない買い物

それどころか「これで機能性化学品の世界トップになれる」と豪語する。その一方で買収が完了するや「不要な事業をバッサバッサと売り払い、1万人規模のリストラを断行するのではないか」(総合化学の幹部)との見方が広がっている。

昭和電工の存亡がかかる大勝負、失敗の許されない「赤壁の戦い」は始まったばかりだ。

事業規模がはるかに大きな三菱ケミカルや三井化学が「高すぎる」と断念する中、森川社長が買収に踏み切ったのは「GAFA」(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に見放される危機感だ。GAFAは量子コンピューターや電子デバイスの開発だけではなく、やがて素材や部品会社にも関与を深める。「そのときGAFAが相手にするのは業界トップのメーカーだけ。GAFAに選ばれるためには日立化成を買収し、世界トップの機能性化学品メーカーにならねばならない」と、森川氏は言い切る。日立化成の買付価格1株4630円は、買収報道の前日(昨年11月25日)に比べて33・62%ものプレミアムが付いたが、「こんな願ってもない買い物が出るとは。救世主に見えた」と言うのが、森川社長のホンネだろう。

売り上げ約1兆円の昭和電工の役員会が「全会一致で大型買収を決めた」背景には、黒鉛電極大手である独SGLの買収(2017年度156億円)が成功し、18年度に過去最高の営業利益を計上、財務体質の改善と共に株価を押し上げたことが大きい。さらに昭和電工の大橋光夫元会長(現最高顧問、84)が過去に日立製作所の社外取締役を務めるなど、日立製作所の歴代トップとの親密な関係も背景にあった。

問題の資金繰りだが、TOB(株式公開買い付け)のために設立する特別目的会社「HCホールディングス」が、みずほ銀行からノンリコースローンとして4千億円を借り入れ、みずほ銀行と日本政策投資銀行から計2750億円の優先株出資も受ける。昭電本体から普通株出資2950億円を行うが、全額をみずほ銀行の融資で賄う目論見だ。株式の希薄化だけでなく、万が一の損失にも備えた、よく練られた財務スキームに見えるが、新型肺炎の感染拡大や世界経済の後退、株式相場の下落が続く中、2月からTOBを開始するリスクは拭えない。それでも、将来ビジョンに社運をかける森川社長は微動だにしない。

そもそも日立化成の連結従業員2万3千人と事業を、そのまま引き継いだら「共倒れ」は目に見えている(ちなみに昭和電工の連結従業員は1万人強)。同業大手の首脳が「合併当初にリストラしないと競争力を失う」と指摘するように、森川社長もポートフォリオ再編の基本方針を年内に固める考えだ。

つまりGAFAと関連の薄い事業は切り離す。日立化成は半導体や電池、プリント配線板材料で世界トップクラスであり、昭和電工の電子材料事業との相乗効果が期待できる。一方、建設機器や社会インフラ関連事業はGAFAとかけ離れている。昭和電工は世界市場のシェアが高く、営業利益率が10%以上の「個性派事業」に絞り込む方針を打ち出し、これにそぐわない事業は日立化成の事業も含めて売却・撤退を検討する。昭和電工の子会社になった途端に「化成の従業員は半減する」との噂が広がる所以である。

初の研究畑出身の社長

吸収合併を控えた日立化成はコンデンサ事業を中国企業に売却するなど身辺整理を進めているが、実は日立製作所は当初、日立化成を売却する気がなかった。日立製作所は09年3月期の大赤字を契機にグループ会社の再編に着手したが、名門子会社である日立金属、日立電線、日立化成の「御三家」は対象外にしていた。ところが、日立製作所は18年に英国原発事業凍結により3千億円の特損を出し、スイスABBから電力システム事業を7千億円で買収するなど懐が苦しくなった。同じ頃、日立化成で前代未聞の品質管理不祥事が発生し、18年末に日立化成売却の噂が広がった。19年の化学業界賀詞交換会では具体的な売却額まで取り沙汰された。18年5月に経団連会長に就任した日立製作所の中西宏明会長は、会員企業に品質管理の調査を呼び掛けており、日立化成の不祥事で顔に泥を塗られたも同然だった。日立製作所が成長のカギとするIT基盤「ルマーダ」と相性が悪くない日立化成を売却対象にしたのは、中西氏の怒りを買ったからだ。本来、日立製作所が売りたくない日立化成を買うチャンスは今しかないと、森川社長は身を乗り出した。

実際、日立製作所は1月31日に傘下の日立ハイテクの完全子会社化を発表した。記者会見では「(日立化成は売却したのに)なぜボラタリティの高い半導体関連のハイテクを抱えるのか」と、質問が集中した。西山光秋専務CFOは「半導体装置から得られるデータがルマーダに必要」と答えたが、説得力に欠ける。

その西山専務は4月から日立金属のCEOとして経営再建に当たる人事が発令されている。経営不振の日立電線を13年に吸収した日立金属も業績が低迷しているが、日立化成が当初想定の3倍の高値で売れ、特別利益2780億円(EBIT)を計上できる今、売り急ぐ必要はなくなった。新型肺炎の感染拡大が収束し、株式相場の回復を待って高値売却を狙えばよい。日立製作所の中期経営計画が完結する21年度末まで余裕があるというわけだ。

「1兆円買収」の仕掛け人、森川社長は希代の名経営者となるか、引くに引けない「赤壁の戦い」を挑むことになる。森川氏は昭和電工初の研究畑出身の社長とされる。非主流のガス事業に長年携わり、基幹事業に育て上げた実績を持つ。真価が問われる時が来た。

   

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