森金融庁が討つ「島根銀の法皇」

豪勢な本店ビルを建て銀行界唯一の赤字転落。元凶はノンキャリから成り上がった田頭相談役。

2018年3月号 BUSINESS

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島根銀行本店ビル

Photo:Jiji Press

検査局長時代から、存続が危ぶまれる地方銀行の経営実態を問題視してきた金融庁の森信親長官。任期が異例の3年目に突入していることから、今年7月の退任が既定路線となっている。その森長官が最後のターゲットとして、ある第二地方銀行に目を付けた。島根県松江市に本社を置く島根銀行だ。

島根・鳥取の山陰両県に34店舗を展開し、山陰でのシェアは預金・貸出とも1割程度。資金量3670億円は、第二地銀41行の中で39番目に位置する小規模地銀だ。金融庁が槍玉に挙げるのは、中長期的な生き残りが危ぶまれる低い「収益力」、そして老害取締役に牛耳られた「ガバナンス」に大きな欠陥を抱えているためだ。

東証上場で「山陰の名士」に

「コア業務純益」――。銀行の決算に詳しくなければ聞き慣れない言葉だが、これは銀行の「本業」の儲けを示す経営指標だ。銀行のビジネスモデルは、集めた預金を元手に貸出や有価証券などの運用によって収益を生み出している。ここに投信や保険販売などの手数料収益、国債などの債券売却益などを加えたものが銀行収益となる。このうち、一過性の収益である債券売却益を除いた利益水準がコア業務純益であり、債券売却という付け足しの収益を除外するので銀行本来の収益力を測ることができる。

実は島根銀行、昨年度末の2017年3月期決算で、このコア業務純益が赤字に転落したのだ。銀行のなかで赤字に陥っているのは島根銀行のみ。今期も銀行で唯一の赤字となっており、中間期決算では2億5300万円の赤字を計上している。

この背景には、日銀の金融緩和政策による著しい市場金利の低下がある。貸出や有価証券などの運用利回りが悪化したことで、島根銀行の場合、運用利回りから調達原価である預金利息を引いた総資金利鞘がマイナス0・08%(中間期)になっている。さらに、金融庁の森長官が唱える「フィデューシャリー・デューティ(顧客本位の業務運営)」のもと、保険販売などの手数料収益も稼ぎづらくなっている。

もっとも、こうした状況は他の地方銀行も同じ。むしろ島根銀行のコア業務純益が赤字に転落した最大の原因は、昨年1月に完成した身分不相応の巨大本店ビルの建設だ。松江駅前近くに立つ地上13階、地下1階の本店ビルの総工事費は約58億円。その減価償却費や新本店での営業開始に伴うシステムコストなどの経費負担が打撃となっている。こうした費用計上は下期以降も続くことから、日本格付研究所は昨年12月29日に発表した信用格付レポートで「コア業務純益を黒字化するのは難しい状況にある」として、「有価証券で一定の売却益を確保しないと、最終黒字を維持できない」と指摘している。

今期は、含み益が出ている国債やリートなどの売却益によって最終黒字は確保できる見込みだが、金融緩和を続ける日銀が出口戦略に舵を切り、金利が上昇するような局面になれば、含み益が含み損に転じる可能性がある。島根銀行の自己資本比率は18年3月期予想値で8%程度。国内基準行の最低基準である4%はクリアできているが、債券売却益を立てられなくなれば、本業で赤字を垂れ流している島根銀行の存続はたちまち危うくなる。

田頭相談役(2011年3月当時)

Photo:Jiji Press

日銀が異次元の金融緩和に踏み切ったのは今から5年前。銀行を取り巻く環境が激変するなか、島根銀行はなぜ、自らの首を絞める豪勢な本店建設に突き進んでいったのか。その元凶は銀行経営を牛耳る取締役相談役、田頭基典氏(76)――。金融庁関係者は「老害の見本」と斬って捨てる。

田頭氏は広島県立尾道商業高校を卒業後、広島国税局に入局した旧大蔵省のノンキャリ出身。01年に島根銀行の顧問に天下ると、02年に常務取締役、03年に代表取締役頭取に就任。以来11年にわたって頭取を務め、14年には代表取締役会長に就き院政体制を確立した。16年に相談役に退いたにもかかわらず取締役として隠然たる力を誇示している。

田頭氏は、リーマン・ショックによる金融危機の影響を受けながらも、頭取時代の11年3月に東京証券取引所の2部上場を果たし、翌12年には1部上場への指定替えを実現。当時、山陰両県では、山陰合同銀行、鳥取銀行、日本セラミックに次ぐ4社目の東証1部上場であり、しがないノンキャリ官僚が「山陰の名士」に成り上がった。

田頭氏の会長就任後、島根銀行では奇妙な頭取更迭劇が続いている。

14年に会長に退いた田頭氏の後任に、普銀転換後初となるプロパー出身の山根良夫氏が頭取に就任したが、わずか2年で更迭。その後任として16年に頭取に就いたプロパー出身の青山泰之氏も、わずか1年で頭取を辞任。17年6月からは関連会社の松江リース社長だった鈴木良夫氏が頭取になったが、すぐにクビが飛ぶ頭取には求心力がなく、「田頭相談役の我が世の春」と同行OBは嘆く。

地銀再編も「どこ吹く風」

森長官が「選択肢の一つ」として検討を促している地銀再編に対しても、島根銀行はどこ吹く風。昨年度からスタートした3年間の中期経営計画では、金融庁に挑戦状を叩きつけるかのように田頭氏が頭取時代に使っていた「自主独往路線の堅持」を大々的に掲げ、独自路線を歩むことを強調した。

もっとも、本業が赤字に転落した島根銀行が単独で生き残りを図ることは極めて難しい。金融庁は昨年の秋以降、持続可能性が疑われる規模の小さい銀行に対して、中長期的なビジネスモデルを構築できているかを検証する金融検査を進めている。この検査で真っ先に入ったのが島根銀行を含む第二地銀3行。島根銀行に対する検査は正月を挟んで年明け以降も続いているとみられ、金融庁が持続可能性やガバナンス体制などについて厳しく検証しているようだ。

「ここまで頭取が頻繁に代わるのは異例も異例。経営戦略の持続性にも問題が生じかねない」と金融庁関係者は問題視しており、院政を敷く田頭氏の取締役退任が妥当との考え方に傾いている。

それまで大蔵省出身者が座っていた頭取の椅子に、プロパー出身の「傀儡」頭取を就けることで自身の影響力を保ってきた「島根銀行の法皇」。ラストスパートをかける森長官に睨まれた今、俎板の鯉同然だ。

   

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