超小型モビリティ「リモノ」

着替えできる「かわいい車」街を変える逆転の発想

2016年7月号 INFORMATION [未知の贅沢]

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表参道でリモノを披露した開発チーム(右端がデザイナー根津氏、その隣が伊藤社長)。

写真/大槻純一

着せ替え防水布のアラカルト

経産省中庭の試走

Photo:Yoshikazu Tsuno

マルコ・ポーロの「東方見聞録」によれば、カタイ(中国)の東方の海に、黄金を産する島国ジパングが浮かんでいる。黄金の宮殿、金箔の民家……住民は偶像に額ずき、外見はよく、礼儀正しいという。

そして現代でも、黄金郷のファンタジーは生きている。世界に類のない繊細で清潔で心地よい環境、懐かしい四季折々の風光と穏やかな日常……世界が羨ましがり、インバウンド消費が膨らむのは、ちっとも不思議ではない。日本人が気づかない、新しい「贅沢」を探してみよう。

5月20日、東京・表参道の奥まった路地で、超小型EV(電気自動車)「リモノ」の初代試作車が披露された。「リモノ」とは、ありきたりの「乗り物」からNOを省く――殻を破って新しい車づくりをめざすという心意気を託した命名である。

創業者の伊藤慎介社長は元経済産業省の“脱藩”官僚、デザイナーの根津孝太取締役はトヨタ出身という異色のコンビ。「とにかくかわいらしく」というコンセプトから誕生した1号車は、防水の布製ボディーにプラスチック窓、と重量を軽くしている(将来は200㎏が目標)。自転車感覚のバーハンドルで足元にペダルがない。

幅1mに全長2.2mで、中型セダンの駐車スペースに4台が収まる。大人2人(または大人1人+子供2人)乗りで、危険な「ママチャリ3人乗り」が避けられるし、雨の日でも濡れない。

この日はライトブルーと白のツートンカラーの車体だったが、実はボディーが着せ替え可能なのだ。ボンネットなどはウレタンを布で包んであるから、別のカラーや縞柄や格子柄などに気分次第で替えられる。車のおしゃれ着ができるというわけだ。

EVは音がほとんどしないので、歩行者に気づいてもらうため電子楽器の合成サウンド――鉄腕アトムが歩くキュッキュッといった音を鳴らしながら走る。

確かに逆転の発想だ。「もう高速をガンガン飛ばす時代じゃない」と、最高時速45kmのスロー。低速で車体が柔らかなので、人ごみに割って入っても怖くない。「人にやさしい車」の究極をめざしている。

だが、それだけなら自動二輪と軽自動車の中間ジャンルが生まれたにすぎない。実はリモノの密かな狙いは、街そのものを変えることにある。人を歩道に押しやり、車道を我がもの顔に走りまわる既存の発想から、老人も子供も車と共存できる街、青空市場に乗り入れて自転車のように駐車できる街、立ち居が不自由になったり、車の運転が面倒になった高齢者が、電動式の車イスに頼らず、坂道でも自分で簡単に上り下りできる街……をめざしている。

世のカーメーカーは、「やっちゃえ、ニッサン」のような自動運転や、高級EVのテスラ、そしてグーグルがめざすITとのハイブリッドに未来を見ている。が、リモノは「里山」の路地版に未来を求める。

まさに高齢化時代、過疎社会の次世代移動手段の本命と見て、国土交通省もミニカーが公道を走れるよう13年に「超小型モビリティ」認定制度を設けた。トヨタやホンダなどがこぞって開発したが、国が導入自治体に2分の1補助をつけたにもかかわらず、3年で合計41例、940台にとどまり、新市場を形成するほど普及していない。

道路交通法などの規制の壁がまだ厚いせいである。国交省の認定制度でも、地方公共団体が指定した場所のみを走行するという地域制限があり、町境、区境を越えたら走れないなどの不条理が起きる。リモノも、フランスやイタリア、スペインなどで導入済みの「欧州L6eカテゴリー」の導入を国に求めている。欧州ではサイズや重量、出力がリモノとほぼ同じ車に「14歳以上なら原付免許で運転可能。地域限定なし」として、普及を促している。日本の国交省がまだ「実証実験が必要」と慎重なのは、シェアを食われたくない軽自動車メーカーへの配慮がちらついている。

三菱自動車、スズキで燃費の“虚構”が明るみに出たばかりの6月1日、伊藤社長の古巣、経産省の中庭でリモノは試走した。霞が関に「1日も早く欧州並みに」とアピールしたのだ。リモノが拓く「路地社会」に豊かなジパングの夢が浮かびあがる。

   

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