弱小地銀にムチ入れる森金融庁

バーゼル銀行監督委の金利リスク管理強化と併せて前途を危ぶむ当局が中下位地銀の経営に直接介入。

2016年2月号 BUSINESS

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大幅な株価下落で明けた2016年。各所で開催された賀詞交歓会に出席した地方銀行頭取たちは例年以上の緊張感に包まれていた。14年の新年早々、畑中龍太郎金融庁長官(当時)が地方銀行頭取らとの意見交換会で「経営統合を経営課題として考えていただきたい」と地銀再編の号砲を放ってから丸2年。毎四半期ごとに決算発表が近づくと、「次はどこか」と地銀再編をめぐり憶測が飛び交うのは銀行界の風物詩と化した。

ただ、これまでに表面化した再編は、規模もビジネスモデルも似通い、営業エリアが隣接する中上位の地銀同士が統合する事例が多い。むしろ金融庁がビジネスモデルの存続を危ぶんでいるのは、収益力が低く、金利変動などの外部環境の変化に脆弱な中堅以下の弱小地銀だ。こうした銀行はより規模の大きな地銀に吞み込まれることへの抵抗感も強く、再編・統合はほぼ手つかずの状態だ。

再編の「餌」まく金融審議会

金融庁は、この潜在的な再編候補にメスを入れるための道具立てを着々と整えつつある。まず銀行法改正による持ち株会社の権限強化だ。金融審議会が昨年末にまとめた報告書で、持ち株会社に市場運用やシステム管理などの業務を認める方向性を打ち出した。2つの銀行が持ち株会社を新設してぶら下がるだけでは、コスト削減の効果はほとんど見込めないからだ。

実際、隣接地域の地銀との経営統合を決断したある地銀の関係者は「不毛な金利の引き下げ競争はお互いにやらないという以上の意味はない」と言い切る。再編を後押ししてきた金融庁も「相互不可侵条約」の色彩が強い地銀のこうした姿勢には懐疑的で、統合の果実を得やすくすることで、実効性を高めさせるのが第一の狙いだ。

さらに、報告書は同一グループの傘下銀行間で社内レートで資金融通することを容認した。銀行が特定の関係者を優遇することは預金者の利益が顧みられなくなるとして現行法で禁じられている。金融庁が筋を曲げてまで地銀に大盤振る舞いをしたのは、今後、人口減少により地銀の預金量の減少が始まることが目に見えているためだ。現在は潤沢な余資があっても、預金を原資とした低コストの資金調達は過疎地の銀行ほど早く限界に直面するだろう。

これを加速しかねないのがゆうちょ銀行の預入限度額の引き上げだ。政府の諮問を受けた郵政民営化委員会は昨年末、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額を現行の1千万円から1300万円に引き上げることを答申した。自民党が提言していた「2年後に3千万円」と比べれば、小幅にとどまったようにも見えるが、増田寛也委員長は1、2年後のさらなる引き上げまで事実上約束してみせた。人口減少とゆうちょ銀の肥大化がボディブローのように効いてくる中、 「再編を迫る意志をひしひしと感じた」と金融審の報告書を一読した金融関係者は打ち明ける。

再編に向けた「餌」をまく一方、地域経済への貢献がはかばかしくない再編予備軍をあぶり出す作業も進めている。まずは昨年末に常設会議として始動した「金融仲介の改善に向けた検討会議」。担保や保証に依存しない事業性評価融資や地方創生への取り組みを継続的に検証する役割を担う。各銀行の取り組みを比較可能にするため、金融仲介力を測る複数のベンチマークも考案する計画で、「全国の地銀が序列化されるのではないか」(某地銀頭取)と地銀界は戦々恐々だ。

会議の事務方を務める地域金融企画室長には、昨年11月に広島銀行から転職した日下智晴氏を迎えた。日下氏は、資本政策や融資企画などの枢要ポストをこなし、「世が世ならば頭取候補」(金融庁関係者)だった人物。しかし、池田晃治頭取と折り合いが悪く、銀行を飛び出した矢先に、事業性評価融資のモデルを開発したことが評価され、金融庁にスカウトされた異色の経歴を持つ。資産査定中心の金融庁検査が銀行の金融仲介機能を歪めてきたという問題意識を森信親長官ら上層部と共有しており、事業性評価融資の推進役を期待されている。

「再編予備軍」あぶり出し

「金融庁は事業性評価融資をやれと言うが、超低金利のおかげで融資自体が儲からないビジネスになっていることが問題だ」。地銀業界からはこんな不満も聞こえてくる。

だが、金融庁はこれを言い訳と切り捨てる。同庁が昨夏から地銀の融資先企業を対象に進めているアンケート調査では、主力取引行に望むものとして事業への理解が最も多く挙がっており、金利引き下げ競争に走る金融機関との認識のずれを浮き彫りにした。アンケートは年間1千社を目標に今年度から新たに始めた取り組みで、森長官が発案した施策の一つだ。地銀に対しては回答に影響を与えないようアンケートに関して企業と接触しないよう申し渡す念の入れ用で、地銀の「実力」を丸裸にしようとしている。

金融庁は検査・監督の一体化に伴い「プロファイリング」と称し、各地銀から経営状態やリスク管理の状況を示す膨大なデータを集めている。その量は地銀担当者が「金融庁から要求される書類の整理で仕事にならない」とため息を漏らすほどで、経営コンサルタントさながら徹底したデータリサーチで弱点を洗い出す手法を採用している。これらによってビジネスモデルに介入するための下地はほぼ整っている。

金融庁には、「本業である貸し出し収益が低迷している銀行ほど、国債や高リスク債券など有価証券運用に傾きがちになり、リスクを蓄積している可能性が高い」(幹部)との問題意識がある。

折しも金融規制当局の国際機関であるバーゼル銀行監督委員会では、銀行が抱える金利リスクの管理を厳格化する議論が進行中だ。年内に最終化する規制内容次第では、国内の銀行の国債保有行動にも影響を及ぼす可能性がある。

金融庁はこの機会を捉えて、金利上昇など経営上のリスクの高まりに応じて、銀行法に基づく報告徴求命令や業務改善命令を機動的に打てるよう制度の見直しに着手する。各種の指標であぶり出された序列で中下位の弱小地銀には、金融庁が直接経営に介入する「鞭」が待ち受けている。

   

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