クロマグロ「乱獲」に水産庁ザル規制

「一網打尽」の大型巻き網漁船が野放し。太平洋の危機的「枯渇」に日本のゼロ回答は通らない。

2015年8月号 LIFE [特別寄稿]
by 阪口 功(学習院大学 法学部政治学科教授)

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巻き網漁船による漁獲ではまさに一網打尽

© Jiri Rezac / Greenpeace

太平洋のクロマグロ資源の枯渇が止まらない。親魚はすでに初期資源量の僅か3.6%(約2万6千トン)にまで減少し、子の加入量も「加入崩壊」と呼ばれるきわめて危険な状況に陥っている。そのため2014年には、国際自然保護連合により絶滅危惧種に指定された。

あまりの資源の枯渇に喘ぐ全国の零細漁業者(一本釣り、延縄など)から資源管理を訴える切実な声が寄せられているが、水産庁の腰はきわめて重い。特に5月21日に本川一善水産庁長官が参議院で行った、クロマグロには親子関係はなく、親が減っても子は減らないとする答弁は関係者に大きな衝撃を与えた。つまり、子の加入量は「環境要因」次第として、親魚資源の保全の重要性を認めなかったのである。

資源減少には、メキシコや韓国での漁獲増大も寄与しているものの、最大の原因は全体の7割近くを漁獲する日本にある。漁法では、巨大な巾着網で一網打尽にする大型巻き網漁船による漁獲が他を圧倒する。巻き網漁船は、1990年代に入り九州西岸沖に集まる幼魚を集中的に漁獲するようになった。生き残った魚群は3歳になると夏季に日本海で産卵するが、2004年に産卵魚群の表層への遡上を探知するソナー技術が導入されると、巻き網の漁獲量が急増する。水揚げ港の境港では卵巣と精巣が大量に処分されている。

「親子関係」否定した水産庁長官

上述の長官答弁は、この産卵魚群の漁獲規制を求める声に対する事実上のゼロ回答であったが、科学的に見て多くの疑問が残る。親子関係はないと主張しているが、近年は親の減少とともに子の加入量も転げ落ちるように減少している。長官答弁で言及されている「北太平洋まぐろ類国際科学委員会」(ISC)では、環境要因の悪化は確認されていない。むしろ、もっとも重要な海水温について、仔稚魚の生存に望ましい状態が続いていることが報告されている。さらに親魚が減りすぎたことで子の加入量を維持できなくなっている可能性も指摘されている。水産庁は環境要因の悪化を確認することなく環境に責任転嫁している。

太平洋を広く回遊するクロマグロは、太平洋の東側では全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)により、西側では中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)北小委員会により管理されている。日本は最大の漁獲国として、また圧倒的な消費国として交渉上きわめて強い立場にある。昨年のIATTC年次会議では、水産庁は日本企業への輸入自粛指導をちらつかせながら、第2位の漁獲国であるメキシコに近年比での大幅な漁獲削減を呑ませていた。

北小委員会では、日本の提案に基づき、幼魚の漁獲量を半減させ、親魚の漁獲量を増加させない措置が昨年採択されている。水産庁は最大の漁獲国としての責任を示したとしているが、実は資源状態がよかった02~04年比での規制としたため、近年比では幼魚も漁獲削減がほぼ不要で、親魚については大幅な漁獲増を許容し、日本に対する漁獲規制はザル規制になっていたのである。

実は昨年の決定に先立ち、北小委員会はISCに七つのシナリオ分析を依頼し、太平洋西部での幼魚漁獲を半減させるシナリオのみが緩やかな資源回復につながるとの回答を得ていた。水産庁は科学的勧告がないことを理由にこれ以上の規制を拒否したが、依頼の時点で親魚も削減した場合のシナリオが除外されていた。基準年も02~04年に固定されていた。このような恣意的な「科学」に基づく規制を不適切と考えるアメリカは、日本よりも高い資源回復目標を設定し、親魚の漁獲を50%削減した場合を含む様々なシナリオを分析した上で、太平洋の東西で共通の枠組みで規制を行う提案を今年のIATTCに提出したが、日本の賛同が得られず採択されなかった。

対馬で零細漁船が抗議の締め出し

国内では巻き網漁船への抗議運動に火がついている。6月には、対馬で沿岸の零細漁船100隻ほどが集結し、巻き網漁船の入港を実力で阻止した。壱岐や対馬の零細漁業者は、産卵期の自主禁漁を宣言、水産庁に規制を訴えた。WWFジャパンも幼魚だけでなく親魚の保全を求める声明を発表した。水産大手のマルハニチロが産卵魚群の巻き網漁獲を前年比で半減させる自主措置に踏み切ったことから、抗議の矛先は漁獲量で突出するニッスイに向かう。大手小売業界もグリーンピース・ジャパンの働きかけで、すでにマルエツや西友などが産卵巻き網物の取り扱いを自粛している。水産物の「持続可能な調達原則」を掲げるイオンの対応が注目されるが、同社は合法な漁獲物であるとして調達を継続する方針だ。

巻き網業界は、日本海での操業(境港拠点)に1800トンの自主規制措置を導入し、資源保護に取り組んでいると反論している。しかし、近年の平均漁獲水準はこれを大きく下回り、親魚資源の激減を考慮すると、過大な上限設定である。

今年のIATTCでは、日本は米国提案に賛成しなかったものの、既存の「規制」では不十分との声には抗し難く、9月の北小委員会で資源回復計画に真剣に取り組むことを約束している。すでにメキシコが国際合意を待たず自主的に漁獲枠をさらに減らすことを宣言したため、北小委員会で日本の姿勢が大いに問われることになる。

本来、クロマグロは築地でキロ1万円以上の値がつくことも珍しくない高級食材である。しかし、脂がのらない幼魚や身質の悪い産卵魚は、キハダなど庶民のマグロよりも安値で取引されることも少なくない。大きくなるまで待てば、産卵後数カ月待てば、10倍の価値を持つようになるにもかかわらず。このままでは、この不毛な乱獲競争は、資源の崩壊によって終焉を迎えることになろう。それは巻き網を含む全漁業者にとって不幸な帰結だ。今こそ水産庁は抜本的規制に乗り出すべきである。

著者プロフィール
阪口 功

阪口 功(さかぐち いさお)

学習院大学 法学部政治学科教授

1971年奈良県出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。イェール大学国際地域研究センター研究員などを経て、2005年より学習院大学法学部に奉職。地球環境ガバナンス、国際漁業管理機関の研究を専門とする。

   

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