消費増税「死屍累々」の大河ドラマ
『消費税 政と官との「十年戦争」』
2013年9月号
[BOOK Review]
by 鶴 光太郎(慶應義塾大学大学院商学研究科教授)
来年4月の消費増税の最終判断がこの秋いよいよ大詰めを迎えることになる。増税実施の半年前に4~6月期のGDP速報などの経済動向を見てその是非を最終判断する手順が決まっているためだ。
そうした節目の時期にあって消費増税が決まるまでの10年にも及ぶ政官内部、国民も巻き込んだ戦いを活写したのが本書である。
著者は過去四つの著作で小泉政権から自民党の落日、さらには政権交代後、民主党が機能不全に陥っていく様を鮮明に描いてきた。
本書は、この10年の日本政治に消費税という「横串」を入れることで、再度、自民党が政権を奪取するまでの大河ドラマを克明かつ冷徹に描き切った。かつての著作で扱った時代についても再度インタビューを行う徹底ぶり。気の遠くなるほどの膨大な証言を一つ一つ丁寧に組み合わせて臨場感溢れる政治ドラマを作り上げる仕事は名人芸の域といっても過言ではない。
小泉政権末期の竹中平蔵氏との対決から始まり、安倍、福田、麻生政権で要職を務め、癌との壮絶な戦いの中で消費増税に向けて文字通り死ぬ気で歩を進めた与謝野馨氏。最後は、自民党からの離党、誰よりも痛烈に批判した民主党政権に入るというウルトラCを演じて、消費税増税の「成案」を作り上げた。
しかし、本書を与謝野氏が主役の「ヒーロー物語」と期待した読者は大きく裏切られることになる。ここでは与謝野氏でさえ消費増税にかかわった政治家群像の中で埋没気味だ。それは与謝野後、野田前総理と谷垣前総裁にスポットを当てた章が全体の3分の1を占めることからもわかる。
「回り舞台」で「主役」が変わる「戦場」で消費増税という「バトン」が次の「主役」に奇跡的に渡され続けた。そこには「ヒーロー」がいないかわり、「全員野球」もない。歴史の偶然で「バトン」を受け取った者たちはある種の熱狂を持って邁進し、それが運命であるかの如く、「回り舞台」から退場、消え去っていった。
「死屍累々」。多くの困難を乗り越え政治的偉業が達成された時に著者の目の前に広がっていたのは荒涼とした世界であった。
選挙目当てのポピュリズムが急速に台頭し、「アマチュア化」、そして「こども化」したこの10年の政治。その中でポピュリズムの対極に位置する消費増税を政党問わず抱えて走り抜けた一群の政治家がいた。これは評者には暗澹たる荒野に差し込む一条の光明にみえた。
これまで巧妙に消費増税の戦いから逃れてきた安倍総理に渡された「最後のバトン」。それがどれほど重いものか、渾身の力作は我々に静かに語りかけている。