この絵師、何者!? 生誕250周年「谷文晁」展

「サントリー美術館」に江戸時代後期の絵師、文晁(ぶんちよう)の名画が勢ぞろい。知識人・文化人としても群を抜く巨匠の魅力に迫る展覧会の幕が開く。

2013年7月号 INFORMATION
取材・構成/編集部 和田紀央

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(本文上部)《石山寺縁起絵巻》七巻のうち巻七(部分) サントリー美術館蔵と伝谷文晁《近世名家肖像図巻》一巻(部分) 東京国立美術館蔵

Image: TMN Image Achives

江戸時代後期の巨匠、谷文晁(1763−1840)。その名前ぐらいは知っていても、代表作まで覚えている方は少ないだろう。

むしろ「開運!なんでも鑑定団」でよく贋作が登場する人気絵師と紹介した方がわかりやすいかもしれない——。

「関東南画の大成者」として知られる文晁は、狩野派や円山四条派、土佐派、洋風画をも学ぶなど、各画法の折衷に努めて一家を成した絵師であり、その画風はあまりにも多彩で、「様式のカオス」を思わせる。

そんな「手ごわい巨匠」の魅力に迫る展覧会が、東京・六本木の人気スポット「サントリー美術館」(7月3日~8月25日)で開かれる。

松平定信の「お抱え絵師」

「この絵師、何者 !?」と、わざわざポスターに銘打つのも頷ける。1人の絵師の画業とは到底思えないバラエティに富む名品の数々。鎌倉風の絵巻、洋画風の風景画、仏画、中国画……多岐にわたる様式が、文晁の活躍ぶりを余すところなく伝え、これほど多くの文晁作品を集めた展覧会は、実に30余年ぶりという。

《ファン・ロイエン筆花鳥図模写》 神戸市立博物館蔵

重要文化財《木村蒹葭堂像》 大阪府教育委員会蔵

「かつて文晁は円山応挙や狩野探幽と並ぶほどの人気を誇りましたが、多岐にわたる画風は捉えどころがなく、次第に知名度は落ちていきました。そこで、生誕250周年という記念の年に、改めて文晁の魅力について振り返ってみたくなりました」と、サントリー美術館の担当学芸員、池田芙美さんは微笑む。

一方、文晁は、パトロンであった老中・松平定信や、文人・木村蒹葭堂(きむらけんかどう)、絵師・酒井抱一(さかいほういつ)、狂歌師・大田南畝(おおたなんぽ)、戯作者・山東京伝(さんとうきようでん)といった当代一流の文化人と親しく交わり、その人脈の広さは当時の画壇で際立つものだった。

池田さんと二人三脚で本展を企画した学芸員の上野友愛さんは「文晁には権威主義との見方もありますが、知識人・教養人として群を抜く魅力があり、渡辺崋山ら80人もの門人を育てました。その多彩な交友関係から生まれた名画の数々を集めました」と見どころを語る。

文晁は田安家の家臣の家に生まれ、10歳頃に狩野派の加藤文麗(かとうぶんれい)に入門。「八宗兼学(はつしゆうけんがく)」(何でもござれ)の貪欲な学習態度で多種多様な画風を吸収し、「1日に100幅を描いた」という逸話も残る多作家だった。文化事業に熱心だった松平定信に認められ、お抱え絵師となったことで、その画業はさらに開花した。

文晁は定信の江戸湾巡視に随行し、各地の風景の写生を担当。この時の写生をもとにした風景画には、正確な遠近表現や立体感を示す彩色法が用いられ、西洋画学習の成果がうかがえる。その後、定信の命を受け、全国の古社寺や旧家に伝わる古文化財を調査し、その模写と記録は、後に全85巻の『集古十種(しゆうこじつしゆ)』として刊行された。その編纂のために訪れた大坂で、当時の「知の巨人」であった木村蒹葭堂と出会い、終生の深交を得た。蒹葭堂の遺族に贈った《木村蒹葭堂像》(重要文化財)の逸品とも対面することができる。

「創作エネルギー」が弾ける企画展

山形県指定有形文化財《慈母観音図》 山形美術館・(山)長谷川コレクション蔵

さらに楽しみなのは、近年、重要文化財《石山寺縁起絵巻》(石山寺蔵、重文本)を、文晁が写した模本がサントリー美術館所蔵となり、修復後初めて公開されることだ。重文本は全7巻のうち1~5巻が鎌倉~室町時代に描かれ、6~7巻は詞書(ことばがき)のみで絵を欠いていた。1805年に定信の命を受けた文晁が古様に従い新図を創出し、補完した経緯がある。「文晁は補作に際して、鎌倉時代の絵巻をいくつも参照しています」(池田さん)。「でも荒れ狂う波の表現などは、どの作品を参考にしたのかわかっていないんです。力強く迫力に満ちた画面は、さすが文晁の至芸です」(上野さん)

サントリー美術館では「1人1企画」が基本だが、本展は2人の若き女性学芸員が「たまたま同じ時期に同じ企画を練っていた」という。出展作品153件のうちサントリー美術館所蔵は3件。少ない資料を頼りに北は山形から西は兵庫まで、2人で力を合わせて作品を探し出し、谷文晁の集大成というべき展覧会に仕上がった。

エデュケーション・プログラムとして、文晁研究の第一人者、河野元昭氏(秋田県立近代美術館館長)の記念講演会「知れば知るほど面白い 谷文晁の魅力」(7月20日)や、親子ワークショップ「絵巻をつくってみよう!」(8月3日)、特別講座「谷文晁筆『石山寺縁起絵巻』を紐解く~修復によって見えてきたもの~」(8月3日)なども楽しみだ。

「この絵師、何者 !?」の創作エネルギーが弾ける谷文晁展をお見逃しなく。

   

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