吉原 毅氏(城南信用金庫理事長)×谷岡 郁子氏(みどりの風代表)
2013年7月号
LIFE [特別対談]
by 司会・構成/本誌 宮嶋巌
谷岡 郁子
(たにおか くにこ)
1954年大阪府出身。トロント大学卒業。神戸芸術工科大学大学院修了。86年より至学館大学(旧中業女子大学)学長。2007年参院初当選。12年7月民主党を離れ、みどりの風を結成。参院選では党代表として比例区で戦う。
写真/平尾秀明
——谷岡さんは、昨年7月に民主党を飛び出し、女性議員4人で新党を結成した。
谷岡 きっかけは首相官邸に押し寄せる数万の人の群れでした。かつてのデモ隊とは空気が違います。子どもを連れたおばあちゃんやお母さんはデモに加わるのは初めて。3・11の衝撃に揺さぶられ、目覚めた人たちが「このままではいけない」と、立ち上がったのです。この人たちに真っ直ぐボールを返したいと思いました。
——吉原さんは「脱原発」宣言を行った唯一の金融機関として注目されました。
吉原 福島の信用金庫から営業区域の半分が立ち入り禁止となり、店舗の半数が閉鎖に追い込まれたと聞き、怒りがこみ上げてきました。信用金庫は地域を守って、人々を幸せにする社会貢献企業です。我々が脱原発と節電を呼びかけることができたのは、信用金庫が単なる金儲けではない協同組合組織だから。被災した仲間に代わって、正しいと思う意見を述べ、原発を止めるために最大限の努力をしよう——。自分の利益ばかり考えて逃げるのは、「義を見てせざるは勇なきなり」だと思いました。
——1F(イチエフ)(福島第1原発)では停電や汚染水の漏洩などトラブルが続出しています。
谷岡 事故から2年も経ったのにと憤慨する人がいますが、むしろ2年も経ったから、ますます危ないのです。1Fの施設・設備は老朽化し、部品交換も保守点検もできない高線量区域は、急速な劣化が進んでいます。大量の放射線を浴びたベテラン作業員は働けなくなり、現場には新米が増えています。高濃度の汚染水は増え続け、1F敷地内には貯水タンクの増設スペースがなくなり、現場はまさに三重苦。巨大な余震に襲われたら、と背筋が寒くなります。
吉原 4号機のホットな使用済み核燃料はどうなりますか。安全保障上のリスクがむき出しなのに、警戒区域を解除して、住民に帰還を促すのは無責任じゃないですか。
谷岡 旧ソ連は事故から5年後に「チェルノブイリ法」を作り、被曝線量が年5m(ミリ) Svを(シーベルト)超える地域での居住を禁じ、1~5mSvにおける居住は自己選択に委ねました。私は、住民に避難する権利を認める「原発事故子ども・被災者支援法」に全力を注ぎ、昨年6月に成立させることができました。ところが、同法に基づく支援のための「基本方針」は、政府のサボタージュにあって、いまだに策定されていません。
吉原 毅
(よしわら つよし)
1955年東京都出身。慶大経済学部卒業。城南信金に入り96年常務理事、2006年副理事長を経て、10年より現職。大震災直後、原発に頼らない安心できる社会を目指して「脱原発」宣言。金融界屈指の歯切れのよい論客である。
写真/平尾秀明
——今も15万人が避難生活を強いられているのに加害企業の責任はうやむやです。
吉原 なぜ、東電は生き残ったのか。理由は簡単。ステークホルダー(利害関係者)を守るためです。東電が破綻したら銀行や取引先が困る。貸付金だけでなく、保有する株式や社債がパアになり、莫大な損失を被ります。しかし、途方もない罪を犯した東電に税金を注入して延命させる理由はどこにもない。さっさと会社更生法を適用して社会的責任を明確にすべきです。
谷岡 米国には原発事故を起こした事業者の責任を有限とし、責任限度額を超えた場合は、政府が負担することを定めたプライス・アンダーソン法があります。要するに、膨大な原発のリスクは民間保険の手に負えない。言葉を換えれば、原発ビジネスには市場性がなく、国策でなければ遂行できないのです。東電が背負うべき賠償、除染、廃炉費用は天文学的です。原賠法を見直し、国が最終的な責任を持ち、国民全体で負担していく体制を作るべきです。
吉原 そもそも1Fの廃炉はできますか。
谷岡 現在の技術では無理です。溶けた核燃料が炉心から格納容器の底や配管に散らばり、どこにあるかわからない。放射線を遮断するには水を張らなければならないが、穴の開いた炉心から汚染水がダダ漏れです。チェルノブイリは「石棺」で覆ったが、1Fの場合は水棺がベスト。原子力委員会の近藤駿介・元委員長は一つのアイデアとして、海側に巨大なダムを建設し、4つの建屋を水底に沈める提案をされたが、いかなる手法を用いても、今日の技術では1Fを更地にすることは不可能です。
吉原 危険極まる作業によって、核燃料の回収に成功しても最終処分は決まっていません。賠償、除染、廃炉、最終処分にかかるコストは無限大に膨らんでいきます。
谷岡 子どもを育てるお母さんはスーパーで買い物をするたびに、野菜や果物、牛乳や魚の産地を確かめる。食の不安や風評被害を含む被害総額は、まさに無限大です。
吉原 安倍首相は中東を歴訪し、地震多発国のトルコへ原発輸出を決めました。
谷岡 ヨウ素131(半減期8日間)とセシウム137(同30年)の半減期が異なるように、人の「記憶の半減期」も異なり、早く忘れようとする人々と、決して忘れないぞという人たちがせめぎ合っています。
吉原 我々金融機関には「原発はバブル」そのものに見えます。原発はコストが高く、リスクが大きく、将来性のない技術です。しかも、国家の安全保障上もテロ攻撃に弱い致命的な問題を抱えています。それなのに、なぜ、推進側が力を持つのか。そこに莫大なお金が絡む利権構造があるからです。お金は人の心を狂わせ、暴走させ、まともな判断を失わせる「麻薬」です。社会や仲間や子どもたちの未来はそっちのけ、「自分さえよければ」「いま儲かりさえすれば」と、人々を欲望に走らせてしまうのです。原発を輸出して、福島の悲劇を繰り返したら、その責任は誰が取るのでしょう。
谷岡 核を持つ軍事大国では原発と原爆はコインの表裏の関係にあります。米原発の過酷事故マニュアルは、軍の救援部隊が何時間後に到着するかで違います。原発事故の現場は、原爆が落ちた汚染状況と大差がない。つまり核武装国では、軍が原発非常事態に備えているのです。平和利用の名の下で原発を推進してきた我が国にはコインの裏側がなく、そんな日本の原発が世界一安全であるはずがないのです。実際、1号機の爆発から数時間後に、米NRC(原子力規制委員会)は放射能拡散シミュレーションをもとに大統領に80キロ圏からの米軍退避を進言し、仏政府も自国民をいち早く退去させました。一方、日本政府は、何が起こっているのかわからなかった。
——初挑戦の参院選で候補者の数は?
谷岡 現在7人ですが二桁を目指します。私たちは3・11で揺さぶられ、21世紀の社会はどうあるべきか、人の暮らしはどうあるべきかを問い直す人たち、しかも正しいことを言っていればいいのではなく、そこへ向かって一歩でも前に進もうとしている人たちと一緒に政治をやっていく、「リアルなみどりの風」を吹かせたいと思います。原発問題でいうなら「とめる」=再稼働させない(使用済み核燃料を増やさない)、「やめる」=廃炉にする(電力会社の経営をソフトランディングさせ、電力供給を安定させる)、「片付ける」=1Fと各地の原発を解体し、最終処分する。その一方で、理不尽にもこれまでの生活をズタズタにされた人々を守り、その人生を再建しなければ。政府や原子力ムラの批判をするのは簡単ですが、新しいパラダイムの政治を実現するには、よりリアルでシビアな提案を行い、それを推し進めなければなりません。より多くの人たちがより幸せになるための生き方、暮らし方とは、どうしたら可能なのか、リアルな挑戦をしてみたいと思います。
吉原 我々は原発が「トイレのないマンション」と知りながら、臭いものにフタをしてきた。党綱領で「爽やかなみどりの風吹きわたる健やかな日本、私たち日本人は、互いに支え合い、分かち合いながら自然と共生した自律的な生活を営んできた」と唱えるみどりの風のパラダイムシフトに共感を覚えます。政治がまず変わらなければ。
谷岡 OECDの報告書は、原発事故を、男性は解決可能な技術的問題として捉え、女性は環境の問題として捉える傾向があると分析しています。私たちは原発がモンスターであることを薄々気づきながら見て見ぬふりをしてきました。私には痛恨の念があります。「パンドラの箱」を開けた今となっては、不都合な事実に向き合い、それを乗り越えるほかない。人間が生きて行く上で、もっとも重要な資源は、きれいな水と空気と土です。自然資源の保全と活用について女性は男性よりリアルだと思います。もし、電力会社の取締役の半分が女性だったら(現実には1人もいない)、「トイレのないマンション」を許さなかったかもしれません。新しいパラダイムは、3・11に揺さぶられ、目覚めた女性の視点がスタートライン。今こそ女性の出番です。