槍田 松瑩(日本貿易会会長・三井物産会長)

エネルギー安定こそが 「成長戦略」の第一歩!

2013年3月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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――安倍新政権の「ロケットスタート」をどうご覧になりますか。

槍田 瞬く間に株価が上がり、円安が進んだ。実にエンカレッジングな船出に成功しましたね。私は日本銀行の参与を務めていますが、政府と日銀がアグリーメントに達したことを高く評価しています。とはいえ、金融政策によるデフレ脱却には限界があり、財政政策は長続きしません。3本目の矢となる成長戦略が肝になる。安倍首相は「規制改革こそが成長戦略の1丁目1番地」と仰ったが、そのスピーディーな実行が問われます。政府の規制改革会議の岡素之議長(住友商事相談役)は、我が貿易会のオピニオンリーダー。全力でバックアップしていきます。

アジア諸国は原発建設ラッシュ

――安倍首相は、前政権の「2030年代に原発ゼロ」を目指すエネルギー戦略を見直す考えを示しました。

槍田 私は総合資源エネルギー調査会・基本問題委員会の委員として「原子力ゼロの道は日本経済の崩壊・空洞化につながる」と異議を唱えましたが、前政権は聞く耳を持たなかった。新政権の方針転換にほっとしています。

日本のエネルギー自給率はわずか4%。極端な資源小国ですから、多様な電源をバランスよく使って、リスク分散を図るのは当たり前です。イランとイスラエルの対立など中東情勢が不安定化している中で、備蓄効果が長い準国産資源の原子力をゼロにしたら、日本のエネルギー安全保障は台無しになる。あり得ない選択だと思います。

政府の試算によると「原発ゼロ」にすると電気料金は2倍になります。昨年は、原発の代わりに火力発電所をフル稼働させたので、LNG(液化天然ガス)などの燃料費が年3兆円も増え、12年のLNGの輸入は年7兆円に膨れ上がっています。食料自給率が40%に満たない日本は、あらゆる食物を輸入していますが、その総額は6兆円余り。途方もない国富が流出しています。

――安倍首相は安全性を高めた原発の新設に意欲を示しています。

槍田 三井物産は長らく米GEの代理店であり、私自身も原子力プラントの導入に携わってきました。水素爆発を起こした福島第一原発の1号機(71年運転開始)と柏崎刈羽原発の7号機(97年運転開始)を比べたら安全性も信頼性も段違いに向上しています。島根原発3号機は90%以上、大間原発は40%近くできており、これらは既設の原発より安全性が高い。私には建設中の原発を止める理由がわかりません。

――原発は「トイレのないマンション」といわれ、いわゆる「バックエンド問題」が解決されていません。

槍田 使用済み核燃料の処分には高度な技術が必要です。核燃料をリサイクルするか、1回の使用で廃棄するかはともかく、その最終処分は日本だけでなく世界共通の問題です。世界最高水準の原子力技術と人材を有する日本はビッグイシューから逃げるのではなく、勇気を持って挑戦すべきです。

現在、世界には約400の原発があり、アジアには約115あります。国別では日本50、韓国23、インド20、中国15です。福島原発事故後も、グローバルな原発への期待は失われていません。特にエネルギー需要が急増するアジアで顕著であり、世界で建設中の新規原発64のうち41はアジアにあります。特に中国は2020年までに48~80の新設を計画中であり、インドも20~26の新設を計画しています。

――日本が脱原発に舵を切っても、アジア諸国は原発建設を止めませんね。

槍田 原発ゼロの選択は、日本が築き上げたプラント技術や人材の維持を極めて困難にします。世界中に存在する原発や、アジアを中心に急増が見込まれる新設原発は、日本の強みである製造やプラント運用の技術力に期待しています。一方、韓国はエネルギーセキュリティの観点から国内での原発推進だけでなく、アラブ首長国連邦(UAE)で建設受注したように海外展開に熱心です。日本も原発輸出を成長戦略に掲げていますが、国内は脱原発で世界市場に売り込めるでしょうか。

「国を開く」大胆な規制改革を

――ドイツは22年までに原発を全廃し、再生エネルギーにシフトします。

槍田 ドイツは国内炭使用の火力発電が46%もあります。しかも、ドイツは国内に壮大な送電網を張り巡らし、原発推進のフランスや北欧諸国から電力供給を受けられる外交体制を築いています。エネルギー自給率が4%の我が国のお手本にはなりません。政府は多様な電源の活用を盛り込んだ現実的なエネルギー・原子力政策を早く打ち出し、安全が確認された原発は速やかに再稼働すべきです。エネルギー安定こそが、資源小国の成長戦略の第一歩です。安倍総理は原発依存度を下げる方針を打ち出しましたが、私は原子力で3分の1ぐらい賄うことが、理にかなった選択だと考えています。

――日本貿易会として「世界とともに国を開く」ことを提唱していますね。

槍田 今の日本を「心地よい衰退」と呼ぶ人がいますが、世界が急速に変化している時に、日本という狭い枠組みにとらわれていたら必ず滅びます。国境を超えた広い視野と視点からより多くの選択肢を見出し、政官財を問わず勇気と覚悟をもって果敢に実行することが、今の日本にとって一番必要なことだと感じています。

特に選挙の争点の一つになったTPPは、輸出や投資を促進するだけでなく、国内の規制緩和を促し、内需を拡大する効果があります。新政権には早期に交渉参加を決断し、国際社会に対して言うべきことは言う姿勢を示してほしいものです。斬新な改革は痛みを伴うものですが、それを乗り越えてイノベーションを進め、旧来型のビジネスモデルの変革を通じた内需の創出が不可欠です。安倍総理には国を開く視点から大胆な規制改革を実行し、日本を再生へと導いてもらいたいですね。

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インタビュアー 本誌 宮嶋巌

   

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