日本医師会が芽を摘む「大衆薬」

副作用の心配がないクスリでも街の薬局には絶対に売らせない。我がまま強欲な利権団体。

2013年3月号 BUSINESS

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医薬品の一般名称は皆、小難しい。無機質で近寄りがたい印象がある。イコサペント酸エチル(EPA)もそう。しかし、実は、これ、何のことはない。サバやイワシなど青魚に多く含まれる脂である。「血液をサラサラにする」ということで、20年以上前から、病院、診療所で高脂血症の治療薬として処方されてきた。もちろん副作用は、ほとんど出ていない。医薬品より純度は低いとはいえ、各種サプリメントにも含有されている。それならと厚労省が、専門審議会で了承を取り付けて、昨年12月、医師の処方箋無しで、薬局で販売するのを許可した。ところが、日本医師会が「そうはさせじ」と必死に抵抗、「もはや医師の処方箋無しで、薬局が消費者に販売するケースは事実上なくなった」(製薬業界関係者)との見方も出てきた。専門家が議論して決めたことも日医が「力技」で無効にする――。密室性の高い医療、医薬分野では、世の常識では理解できないおかしなことが起こる。

鈴木常任理事が「絶対反対」

EPAは持田製薬が高純度に精製し、1990年に高脂血症治療薬として世に送り出した。ブランド名を「エパデール」と言う。いまでは年間売上高380億円を超え、同社の屋台骨を支える。100億円以下の製品が溢れる製薬業界では、誰もが認めるヒット商品である。

血液検査をすると、中性脂肪は、食事の内容次第で比較的、簡単に上下する。が、高い状態が続くのは異常。高脂血症である。心筋梗塞や脳卒中の入り口ともいわれ、糖尿病や高血圧症と並ぶ、いわゆる生活習慣病の一つとして、病院や診療所で、積極的な治療がなされている。しかし、中性脂肪は高めだが、高脂血症と診断するまでには至らない「境界領域」を見極めるのは難しい。疾患と断定できなくても検査値が少し高めに出れば、「とりあえず」で、エパデールが処方されているのが実情だ。

こうした中、厚労省は2007年、エパデールを、医師の処方箋無しで薬局でも販売できるようにしようと動き出した。医師の処方箋が必要な医薬品は「医療用」、処方箋無しで薬局が販売できる医薬品を「一般用」と言い、それぞれ承認申請が要る。そこで厚労省は、医学会や薬学会の意見を聴取したうえで08年、「いまは医療用しかないが、今後、一般用の開発が期待される医薬品のリスト」を公表。その中にエパデールを組み込んだ。メーカーに対して、間接的に「一般用」のエパデールを開発、申請するよう促したのである。これを受け、持田製薬は09年7月に「一般用」を申請。ところが水面下の調整がこじれてか、審議はなかなか始まらない。10年11月、ようやく始まったが、のっけから委員である日医の鈴木邦彦常任理事から猛反対を食らい、その後は長く棚上げ状態が続いた。

厚労省が、エパデールの「一般用」化の大義名分として繰り返すのが「セルフメディケーション」である。確立した訳語はないが、強いて言えば「自己管理治療」。要するに、自分の健康は自分で管理し、軽度な体調不良は医療機関に行かずに自分で治すという意味である。エパデールの場合、医療機関での治療が不可避である高脂血症になる以前、「境界領域」の段階で、国民が薬局で「一般用」を購入し、中性脂肪を正常に戻せばこんないいことはない、というわけだ。これに対して日医は「中性脂肪が境界領域でも糖尿病や、脂肪肝が隠れている恐れがある。(薬局でエパデールが購入できるようになると)その発見を遅らせてしまう可能性が高い」(鈴木氏)と、「一般用」の承認に、絶対反対の立場を貫いてきた。

「場外」で強烈なねじ込み

双方の意見は、いずれも表面上、もっともらしく聞こえる。が、これまでの審議経過を振り返ると、高尚な議論はすっ飛び、単なる医療保険財政の「分捕り合戦」でしかない。「境界領域」を、病院、診療所から切り離して医療費抑制につなげたい厚労省と、「境界領域」を手放したくない日医という対立構図がミエミエなのだ。

厚労省は日医など医療関係者の反対を予期していたから、「一般用」の承認に際して、厳重な条件を付けた。使用対象となる「境界領域」の中性脂肪値を「150~300㎎/㎗」と明記したうえで、販売は健康診断などで2回連続して、この範囲の値が出ている消費者に限定し、薬剤師が「厳格に見極める」などである。それもあって、はじめは鈴木氏同様、承認に反対だった他の医療系委員も、了承に転じた。が、鈴木氏だけは折れなかった。途中、高脂血症の予防、診断、治療の最先端に立つ学会の専門医が「正しく使えば問題はない」と、鈴木氏の説得に当たったが駄目だった。ここまで来ると「一般用」への「反対」は日本の医師の総意ではない。日医執行部の「執念」である。結局、昨年11月の審議会で、鈴木委員1人を除く賛成多数で了承、12月末に承認が下りた。これまで審議事項は全会一致が慣例になっていたから、多数決で日医が押し切られた形になった。

ところが13年1月9日、中川俊男日医副会長が定例会見で、一般用の販売に当たって厚労省、メーカー、薬剤師会に、厚労省が示していた当初の条件より、さらに厳しい条件を追加要請し、それが通ったと発表した。いつどこで、そんな取り決めがあったのか。「場外」で強烈にねじ込んだのは明らかだった。

追加条件のうち、極めつけは「医療機関の受診」を義務付けたことだ。薬局の薬剤師は、消費者からエパデールを求められても、まず「医療機関を受診しましたか」と聞かなければならない。直近の健康診断で中性脂肪が高かったから自分でコントロールしようと、消費者が薬局に行ってもエパデールは売ってもらえない。

「受診してません」と答えれば「まずは医療機関に行ってください」と追い払われる。で、医療機関に行って血液検査したところ、数値は高脂血症まで行かない。「境界領域」だった。その時、医師は「薬局に行って、一般用を買いなさい」と言うだろうか。医療保険が利くので、医薬品の購入費だけを比較すれば、処方箋をもらって医療用を買う方が、一般用より安くつく。一度でも医療機関を受診した消費者は医療用を望むはずだ。

結局、一般用エパデールの承認は、何だったのか。少なくとも当面は、薬局が医療機関受診を勧める「機会拡大」にしかならないだろう。新発売を知らせるメーカーからのリリースはいまだ出ていない。

   

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