TPPこそがニッポンの主舞台!

グローバル化した企業活動を律するルール作りに積極的に参画するチャンス。総理の政治的決断に期待。

2013年3月号 POLITICS [特別寄稿]
by 松尾 隆 氏(旭リサーチセンター常務取締役主席研究員)

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安倍政権の滑り出しは、順調そのものだ。アベノミクスを先取りし、株価が上昇、超円高の修正も進んでいる。 次は、成長戦略の真価が問われる番だ。

成長戦略で意見が割れているのが、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加を巡る議論だ。首相は「『聖域なき関税撤廃』を回避しつつ」、交渉参加の方策を検討するとしている。ただ、夏の参議院選挙を控え、所信表明演説ではTPPに対する言及はなかった。だが、意見が割れている問題こそ、リーダーシップ発揮のチャンスだ。早期の政治的決断を望みたい。

21世紀に入って、経済のグローバル化が世界経済の成長の牽引役になっている。

日本も例外ではない。この20年、GDPはほぼゼロ%台の成長にとどまっているが、通関輸出の推移をみると、1991年の42兆円から2007年には84兆円と倍増している。製造業の空洞化がいわれるが、日本経済の屋台骨を担っているのはモノづくりであることは間違いない。

21世紀の貿易ルールが必要

ただ、この20年で輸出内容は大きく変化している。慢性的な円高圧力、労働集約型産業への中国の参入、デジタル情報革命という逆風に耐え、日本からしか供給できない高品質の部材、製品を輸出することで、世界の成長を取り込んできた。このモノづくりの基盤が維持できるか否かが、成長戦略のポイントとなる。

そのための課題が、グローバル化した21世紀の企業活動を律するルールの整備に日本が積極的に参画していくことであり、TPPこそがその舞台である。

投資、通関手続き、競争政策、知財の保護、紛争処理手続きなど、見直しが必要なルールは多い。企業の実際のニーズに即した貿易・投資自由化のためのルールを制定し、それに新興国を巻き込んでいくという発想が必要である。

本来、WTOの場で世界共通のルールを形成することが理想だが、WTOのドーハラウンドが実質休止状態になっており、新しいルールや制度の形成は、2国間・多国間FTAなど関係国、有志国間で模索されている。

もちろん日本が抱えている通商交渉はTPPだけではない。日中韓、ASEAN+6、日EUの自由貿易協定も今年交渉が開始される。日豪は年内の交渉決着を目指すとされている。通商交渉は互いに関連しており、アジア太平洋地域の自由貿易圏構築を目指して、同時並行的に議論を進めていく必要がある。TPPはこれらの交渉のキーになっている。

1月、OECDとWTOが共同で発表した、付加価値ベースによる国際貿易データをみると、日本のモノづくりの強さが浮かび上がってくる。

これは、輸出されるモノやサービスを原産国の付加価値をベースに再構成したものである。たとえば、日本から素材や部品が中国に輸出され、中国で組み立てられ米国へ輸出された場合、素材、部品は日本から米国への輸出として計算、中国から米国への輸出はそれを控除した額で試算したものだ。生産活動のグローバル化をモノやサービスの付加価値の動きから解明しようとするものだ。

発表されたデータは未だ限られているが、①中国は輸出総額ベースでは、約1・4兆ドル(09年)だが、付加価値ベースでみると、約9460億ドルとなる、②通常の貿易統計では日本の最大の輸出先は中国だが、付加価値ベースでは未だ、米国やEUの方が大きい、③日本と韓国、中国を比較すると、日本は国内での付加価値率が高い。

つまり、中国が世界の工場として登場するなか、日本は高品質の部材や製造装置を供給する姿が明らかになっている。

今のところ、最終マーケットは先進国市場が中心だが、間もなく新興国へと移っていくことは確実だ。それに伴って、生産現場だけでなく、マーケティングや研究開発のグローバル化も不可避になる。

成長市場の移動や最適な効率化を目指して、グローバル・サプライチェーンは不断に組み替えられていく。こうした動きに対応したルールの制定が必要になっている。

TPP交渉参加に対する反対論として2つの論拠があげられる。①米国との通商交渉で日本の主張が通せるのか、②「例外なき関税撤廃」を受け入れれば日本の農業は壊滅的な打撃を蒙る、といったものだ。

対米交渉のトラウマに関しては、苦い思いをした業界は多く、それなりの説得性はある。日米2カ国ではなくTPPは多国間交渉なので、日本の主張に理があれば、多数派工作も可能だ。国民に対して可能な限り情報を公開し、透明性を確保するなどの対応策で説明責任を果たすことが必要である。

「10年後の農業」を描く好機

最大の課題が農業である。日本の農業が壊滅してよいなどと思っている日本人はいない。ただ、成り行きに任せていては日本の農業が衰退していくことは確かだ。10~15年後の日本の農業のあるべき姿を描き、それを実現するためのルール、道筋を国内外に積極的に説明していくことが必要ではないか。その際、産業として競争にさらす領域と中山間地の景観、環境保全などの観点から保護する領域を分けて、議論することなどが考えられる。TPPを抜本的な農業再生のビジョンを描く好機として活かすべきだ。

国境をめぐる垣根が低くなる中、垣根に拘泥することなく、グローバル化のメリットを活かしていくことが求められる。確かに、これまで国境の垣根に守られてきた産業への影響は大きい。グローバル化に対応した国内での法整備も必要になる。だが、TPP参加交渉を機会に、世界に開かれた国として日本のあり方を改めて考えることが、グローバル化のメリットを最大限に享受してきた日本が世界で果たす役割であり、日本の成長戦略のカギだといえる。

著者プロフィール
松尾 隆 氏

松尾 隆 氏(まつお・たかし)

旭リサーチセンター常務取締役主席研究員

1976年東大文学部卒、旭化成入社。経企庁調査局出向を経て86年11月より旭リサーチセンター。06年7月より現職。

   

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