日生劇場で「鎮魂と再生」ミュージカル

被災地の子どもたちの夢を実現

2012年11月号 INFORMATION
取材・構成 編集部

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全国の皆さまに感謝の思いを伝えたい。そんな子どもたちの願いから、震災後の宮城県七ヶ浜町で生まれた感動の舞台が東京へ。みんなの心が一つになった。

「NaNa5931(ナナ・ゴーキューサンイチ)」は国際村を拠点に活動する小学生から社会人の若者までの市民劇団。子どもたちを指導する梶賀千鶴子さんが『ゴーへ』の作・演出を手がけた

「♪人が町を創り、町が人を創る 私たちのこの町、この町は私たち」

今夏の8月21日夜。東京・日比谷の日生劇場に、子どもたちの歌声が元気いっぱいに響き渡った。日生劇場といえば、当代一流の役者のひのき舞台。だが、この日は普段と少し様子が違っていた。

年若い出演者たちはみなアマチュア。終演後、ロビーに並んで観客を見送り、手拍子とともに歌い続けた。ホールから出てきた観客たちが声をかける。「ありがとう!」「がんばってね!」涙をぬぐう人、募金箱に向かう人、出演者と握手をする人。出口に進む人の列は、去りがたさゆえに大渋滞となった。「こんなことは初めて」と劇場関係者は呟いた。

子どもたちが歌った「この町」とは宮城県七ヶ浜町。この日の公演は、彼らの強い思いから生まれた夢の舞台だった。

地元市民劇団の新作『ゴーへ』


劇中歌をイメージ正て出演者の一人が描いた絵(上)と被災後の七ヶ浜町

仙台市の中心部から東へ約20キロ。松島湾に浮かぶ小さな半島の町が、七ヶ浜町だ。人口は約2万人。その名の通り七つの浜があり、海水浴場として毎夏多くの人が訪れる。クロマツ林が縁取る風光明媚な町は、明治時代から「日本三大外国人避暑地」の一つにも数えられてきた。

しかしそんな七ヶ浜にも、昨年の3・11の大津波は容赦なく押し寄せた。町の3分の1が被害に遭い、100名もの住民が亡くなり、1千人以上が避難。浜辺の風景は一変し、高台にある白亜の文化施設「七ヶ浜国際村」も避難所となった。

それから1カ月――。避難者が身を寄せる国際村に、子どもたちの歌声が流れ始めた。「今こそ歌声を響かせる時」と、地元のミュージカル劇団「NaNa5931(ナナ・ゴーキューサンイチ)」がレッスンを再開したのだ。メンバーの中には家が流され、家族や友人を失った子もいた。彼らの歌声は、避難所の人々の大きな励みになったという。

やがて仮設住宅が建ち、国際村が本来の役割を取り戻すと、劇団は昨年11月、施設内のホールで新作ミュージカル『ゴーヘ』を披露した。

ゴーヘは地元の漁師言葉で「前へ進め」の意。「Go Ahead」が訛ったものといわれ、北洋漁業の発祥地で国際色豊かな七ヶ浜を象徴するキーワードだ。「♪苦しい時こそゴーヘ、悲しい時こそゴーヘ 夢に向かってゴーヘ」震災後の七ヶ浜を描く鎮魂と再生の舞台は、人々の心を揺り動かし、大きな反響を呼んだ。

日本生命が会場運営に奔走

「支援をしてくれた県外の人たちにも『ゴーヘ』を見てもらい、感謝の思いを伝えたい」――昨年の感動の舞台の後、地元で支援活動を続けるNPO法人、レスキューストックヤードが、そんな子どもたちの願いを耳にする。「なんとか願いをかなえたい」と復興支援に関わる経団連に話をすると、「ミュージカルといえば、子ども向けミュージカル企画でも名高い日生劇場。劇場を所有する日本生命に相談しては」との案が浮上。「夏休みに空いている日があれば、劇場を貸してやっていただけないか」と日本生命に打診があったのは、それからまもなくのことだった。

町の高台に建つ「七ヶ浜国際村」

突然の打診を受けた日本生命のCSR推進室が調べてみると、幸い劇場のスケジュールは1日だけ空いていた。ただし、前日遅くまで前の公演のばらし(片付け、搬出)があり、翌日には次の公演の仕込み(搬入や組み立て)がある。当日1日だけで仕込みからばらしまですべてを終える必要がある上、子どもたちにとって初めての場所での公演でもあり、リハーサルの時間も確保しなくてはならない。劇場スタッフは「物理的にかなり厳しいが、やってみよう」と意気込んだが、別の関係者の中には「座席数は1300席。プロと違い、お貸しするだけではお客様が集まらず、子どもたちをかえってがっかりさせるのでは」と心配する声もあった。

震災後の七ヶ浜を訪れ、避難所となった国際村も目にしていた日本生命の担当者は、なんとかこの公演を成功させたいとNPOや経団連と話し合いを重ね、会場提供だけでなく運営面でも支援した。劇場ロビーには復興の状況を手作りで展示、上演後は本職の寿司職人が子どもたちに寿司をふるまう手筈を整えた。子どもたちの宿泊先はお寺が協力。応援の輪が広がり、座席も埋まった。

すべてがボランティア。七ヶ浜の子どもたちの願いを受けて企業や団体、個人が奔走し、一期一会の公演が実現した。

こうして迎えた舞台当日。津波で亡くなった家族や友人の名前を叫び、自分を責める人々。そこにカエルやウサギの姿を借りて天国の家族が話しかける。「嘆かないでケロ、僕だよ」。はつらつとした演技と時にコミカルな演出。笑いの中で温かなメロディが涙を誘う。力強く歌い踊る子どもたちは、ほぼ満員の観客席を逆に元気づけるほどのパワーにあふれ、子どもたちの「ありがとう」の思いは、まっすぐに観客席に伝わっていった。「♪忘れないみんなの命、忘れないみんなの勇気、忘れないみんなの愛を」上演後のアンケートには、「励まされた」「胸が熱くなった」とたくさんの声が並んだ。

今こそ前に進もう――被災地の子どもたちから発信されたメッセージ。この日人々が共有した感動は目には見えないが、それぞれの心の中で育ち、やがて被災地復興の大きな力となるに違いない。

   

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