編集後記

2012年1月号 連載
by 宮

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12月2日、東京電力が原発事故調査・中間報告書を出した。すこぶる評判が悪い(本誌56頁参照)。「あふれる自己弁護」と酷評した新聞もあった。確かに本編(130ページ)は退屈だが、関係者の証言に基づく別添資料は読ませる。

一つは1~6号機の被災直後の対応状況を時系列で綴ったもの。もう一つは「菅総理の視察への配慮と復旧作業への影響」「1号機の廃炉に伴う海水注入の判断」などテーマごとの検証。なかでも現場作業員の肉声を伝えるくだりは圧巻だ。

〈中央制御室責任者の対応=電源を失って、何も出来なくなったと感じた。他の運転員は不安そうだった。「操作もできず、手も足も出ないので、我々がここにいる意味があるのか」と紛糾した。自分がここに残ってくれと頭を下げ、了解を得た〉〈ベント作業=ベントの開放のため、現場に出かけた。トーラスに近づいた際、ボコッ、ボコッという大きく、不気味な音が聞こえた。トーラス部分に足をかけ作業をしようとしたら、黒い長靴がズルっと溶けた〉〈仮設電源敷設=暗闇の中、貫通部を見つけたり、端末処理を行う必要もある。水溜りの中での作業で、感電の恐怖すらあった〉

原子炉冷却機能の停止後も約800人が復旧作業に当たった。4号機が爆発し、退避指示が出た後も東電社員73人は持ち場を離れなかった。彼らの勇猛心がなかったら日本は滅びていたかもしれない。

半面、東電の事故調査は監督官庁の狼狽ぶりを見逃さず、「真っ先に逃げた」とぶちまけた。

「当初は福島第一原発の免震重要棟に詰めていた国の原子力保安検査官は、3月12日朝に全員がオフサイトセンター側に移動し、13日に一旦発電所に戻るが、14日夕方再び同センター側に移動。翌日以降は福島県庁に移り、3月22日まで国の保安検査官は不在となった」

槍玉に挙がった経産省原子力安全・保安院は一朝有事にどんな働きをしたのか。お笑い草である。

本誌は次号(1月20日発売)で通巻70号を迎えます。誌面に活を入れ、活字も大きく、読みやすくします。ご期待ください!

   

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