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「資本のハイエナ」の黒幕も塀の中

井上工業破産事件で暗躍した「虎ノ門グループ」の元締め、永本壹柱に切り込む警視庁と証券監視委。

2011年12月号

警視庁組織犯罪対策部と証券取引等監視委員会がタッグを組み、3年前の「不公正ファイナンス」に切り込もうとしている。舞台は2008年10月に破産した中堅ゼネコンの井上工業。背後にいたのは、この数年、仕手筋の金主として不気味な存在感を誇示してきた在日韓国人金融ブローカーの永本壹柱(いつちゆう)氏である。

神出鬼没の謎の人物

井上工業は若き日の田中角栄元首相が奉公したこともある北関東の名門ゼネコン。が、建設需要縮小の逆風に抗えず、最後は怪しげな新株発行を繰り返す「ハコ企業」に成り果てていた。疑惑の増資は破産直前の9月24日に行われた。「アップル有限責任事業組合」なる都内のファンドを引受先に18億円の第三者割当増資を実施したのである。しかし、実際には大半のカネは還流、典型的な架空増資だった。

話は増資の約1カ月前にさかのぼる。その少し前、井上工業では政変が勃発していた。乗っ取り屋的に入り込んだ前社長を解任、生え抜きの中村剛氏が社長に復帰していた。経営再建を誓う中村氏はまず資本増強を目論み、知り合いの金融ブローカーを頼った。8月27日、井上工業は金融ブローカーが連れてきたアップルと投資契約書を交わした。

だが、アップル側はカネを用意できなかった。対外発表していた増資を撤回するとなると、信用失墜は必至。追いつめられた中村氏らは払込日が迫る中、苦肉の策を編み出す。アップルが用意できるカネは第三者からの借金分も含め約3億円。要は大半が用意できなかったわけだが、こともあろうに残り全額を井上工業自らが用立てることにしたのだ。

9月24日朝、井上工業の社長室長やアップル関係者はみずほ銀行の銀座支店に集合し、入金作業を見守った。まず井上工業の口座から親密取引先である「リケン」の口座に15億2千万円を送金、そのままアップル口座に転送された。リケンを噛ませたのはカモフラージュのためだ。同時にアップルの口座には都内の「神商」なる会社から1億5千万円が事前の打ち合わせどおり入金されてきた。アップルは手持ち資金を加え、計18億円を井上工業に送金した。

増資払い込みは形式上整えられたわけだが、井上工業が得た正味の実入りはたったの1億円だ。同社は翌日、みずほ銀行銀座支店で計2通・1億8千万円の小切手を振り出すと、赤坂プリンスホテルで神商の関係者に1億7千万円分を謝礼として渡している。残り1千万円分は前出の金融ブローカーに渡り、さらに関与していたブローカー2人との間で山分けにされたようだ。

井上工業はアップルに対し1億5千万株を交付した。大量の新株はその後、市場で売り抜けられたものとみられる。結局、井上工業は資金繰りに詰まり、破産に至った。

問題の増資において1億5千万円を急場で融通した神商の実質オーナーこそが冒頭で触れた永本氏だった。別の支配企業である「京都太秦ホテル」は増資の少し前に井上工業の高崎工場に1億2千万円の根抵当権を設定しており、首根っこを押さえていたも同然だった。

永本氏は1949年生まれの62歳。その素性には謎が多い。韓国籍であるものの、朝鮮大学校卒とされ、北朝鮮系とのパイプが太いというのがもっぱらの評。80年代には大阪市内で不動産会社「山永実業」を経営、朝銀大阪信用組合から多額の融資を引き出し、神戸市内などで地上げを行っていた。99年4月に山永実業が銀行取引停止となってから、永本氏の表社会での足跡は途絶えた。

水面下に潜った永本氏は活躍の場を東京に変え、ビジネスの領域も不動産から株へと軸足を移したようだ。もとは保守系代議士の息子が代表だった「エス・エヌ・プロジェクト」なる会社を手駒に収め、前出の神商のほか、「ワンダー」や「グ・グ販売エイコプロジェクト」なる会社を縦横に駆使し始める。

とはいえ、それらはペーパー会社ばかりで事務所の実体はない。永本氏の自宅とされるのは東京・下馬のマンション。元名証セントレックス企業の富士バイオメディックスの粉飾決算事件で、今年5月に逮捕された元行政書士から02年頃に借金のカタとして取り上げたものだ。が、そこでの居住実態もない。ペーパー会社の登記住所から、永本氏ら一派は「虎ノ門グループ」と呼ばれるが、その行動はまさに神出鬼没である。

故西田晴夫に資金供給

やがて永本氏をめぐっては兵庫県内の山口組2次団体の若頭(現在は山口組直参)との交友が囁かれるようになる。その強みは自在に動かせる豊富な現ナマだ。例えば、山永実業の銀行取引停止から8カ月後のこと、神商が旧三和銀行に開設した口座に現金で3億9千万円が入金、同様の現金持ち込みが続き、翌年5月末には残高が約7億5千万円に達した。旧第一勧業銀行に開設された口座でも00年8月に残高が約3億7千万円を記録している。

それらを背景に永本氏は仕手筋への資金供給役として台頭した。メディア・リンクス、ルーデン・ホールディングス、田崎真珠、トランスデジタル――。これまで暗躍が取り沙汰された仕手銘柄は枚挙にいとまがない。最後の大物仕手筋との異名をとった故西田晴夫氏も永本氏を頼った時期があった。それゆえ、当局にとって永本氏は常に監視対象。実際、09年3月にはバナーズ株をめぐる恐喝事件で配下の人間が逮捕されたこともある(後に不起訴)。

警察組織にとっていまや不公正ファイナンスの摘発は至上命題だ。「共生者」が跋扈する「知能暴力」を取り締まれば、暴力団に流れるカネを遮断できる。そんな中、警視庁組対部にとって今回は雪辱戦となる。

井上工業に狙いを定めたのは今年春。実はその直前までターゲットにしていたのはNFKホールディングスの怪しげな増資だった。前出の西田氏の一番弟子とされたブローカーらが群がっていた案件で、資金還流が特別背任に問えると見たのだ。内偵段階では本人たちも違法性を認めていた。が、東京地検は「増資で入った資金で会社が助かった面もあり、資金還流は経営判断の範疇」とはねつけ、立件できなかった。

そこで浮上したのが一昨年に総会屋の摘発を狙って家宅捜索を打っていた井上工業だった。容疑を金融商品取引法違反に切り替え、証券監視委と組んだ。もともと警視庁組対部内には証券監視委との連携を望む声があった。大阪府警は暴力団取り締まりの捜査4課も含め、梁山泊事件やユニオンホールディングス事件など、07年以降、証券監視委と組んで大型事案を次々と摘発。「ワシントン」グループの河野博晶オーナーら大物を挙げてきた。警視庁の一部には先を越されたとの思いがあった。

かたや、証券監視委は元福岡高検検事長の佐渡賢一氏が委員長に就任して以来、イケイケの勢い。ただ、最強捜査機関である東京地検特捜部との折り合いはよくないと伝えられ、実際、大型事案についても横浜地検やさいたま地検と組むケースが目立つ。警視庁の中でも組対部と組むのは証券監視委として新たなパートナーを得る格好の機会といえる。果たして、念願の連携捜査で事件をどこまで仕上げられるか注目だ。