2011年11月号 DEEP
米株式市場に上場する中国系企業の不正会計問題が、新たなステージに入った。
ニューヨーク証券取引所に上場していたIT企業、ロングトップ・フィナンシャル・テクノロジーズ(東南融通)を調査中の米証券取引委員会(SEC)が9月8日、同社の監査法人だったデロイト・トウシュ・トーマツの中国法人(デロイト上海)に対する強制執行を米連邦地裁に申し立てたのである。
SECは昨夏から不正会計の疑いのある中国系企業の一斉調査に着手、すでに数十社が株式の取引停止や上場廃止に追い込まれている。だが、SECは問題企業の排除だけでは不十分と見て、デタラメな会計報告書に「適正意見」を出した会計事務所の責任も厳しく追及する構えだ。
デロイト上海に対する強制執行申し立てには、SECの“気合”が表れている。ロングトップは中国系企業ながら、米証券業界のエスタブリッシュメントが上場をお膳立てした“優良銘柄”だったからだ。投資銀行大手のゴールドマン・サックスとドイツ銀行の主幹事で2007年にIPO(新規株式公開)を果たし、今年初め時点の時価総額は19億ドル(約1460億円)に達していた。デロイト上海は、言わずと知れた4大国際会計事務所グループの一員。登記上は中国の会計事務所だが、米上場企業会計監視委員会(PCAOB)の認定を受け、米国に上場する企業の監査資格を持つ。
ところが、4月下旬にロングトップの不正会計疑惑が急浮上し、5月19日に同社のCFO(最高財務責任者)が辞任すると、デロイト上海も後を追うように監査法人を辞任した。NY証取は同社株の取引を停止し、3カ月後に上場廃止にした。
この過程で関係者を仰天させたのが、デロイト上海がロングトップに送りつけた監査法人辞任を通告する書簡の内容だ。そこには、11年3月期決算の会計監査で「銀行の預金残高と帳簿の数字に乖離があった」「監査担当者がロングトップの事務所に軟禁され、書類を取り上げられた」「ロングトップ会長が架空売り上げを告白した」などの驚愕の事実が記され、「過去の会計報告書を含めて信用できない」と結論づけていた。
この書簡で、デロイト上海は過去何年にもわたって不正会計を見落としていたことを自ら暴露し、墓穴を掘ったも同然だった。事態を重く見たSECは直ちに調査に着手。5月27日、デロイト上海に対して07年からの監査書類の提出を命じた。
ところが、デロイト上海は2度も提出期限の延長を求めた挙げ句、「中国の国家秘密保持法に抵触する恐れがある」「中国当局の同意が得られなかった」などの理由を並べて書類提出を拒否。SECはこれに激怒し、「提出は任意ではなく義務」として連邦地裁に強制執行を申し立てたのだ。
「米国に上場する企業の監査を通じて利益を得ながら、米国の法的義務を回避することは許されない」。申立書の中で、SECはそう厳しく糾弾している。地裁の判断はまだだが、最悪の場合、デロイト上海はPCAOBの登録を抹消される可能性がある。デロイトグループ全体の信用が大きく傷つくのは避けられない。
日本にとっても対岸の火事ではない。密かに冷や汗をかいているに違いないのが、デロイトの日本のパートナーであるトーマツだ。同社は04年10月に東証マザーズに上場した新華ファイナンス(現新華ホールディングス)の監査法人を10年6月まで務めたほか、07年8月に東証1部に上場したチャイナ・ボーチーの監査法人を現在も務めている。
本誌7月号で報じたように、新華ファイナンスでは創業者を含む元役員3人がインサイダー取引、粉飾決算などの容疑で米大陪審に刑事起訴されている。また、チャイナ・ボーチーにも深刻な不正疑惑があることを、本誌は繰り返し報じてきた。
仮に日本の当局が強制調査に乗り出した場合、トーマツはデロイト上海と同じ“言い訳”をして協力を拒むつもりなのか。本誌の取材に、トーマツは「中国の法律、及び、その適用については、中国の法律専門家にご確認ください」と、まるで他人事のような回答を寄こした。こんな子供騙しが通用すると思ったら、甘いとしか言いようがない。トーマツは「明日は我が身」と覚悟すべし。