「ウィキリークス」叩きは天に唾

パンドラの箱があいた。編集長を逮捕し、糧道を断っても、拡散ファイルとミラーサイトが増殖。

2011年1月号 DEEP

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機密ダダ漏れの仕掛け人、アサンジュ編集長

AP/Aflo

就職難の折、就活中の学生を脅すほど効果的なことはない。「親愛なるSIPAの皆さんへ」で始まる件名なしのeメールが12月6日、米コロンビア大学の国際関係・公共政策大学院(SIPA)の学生たちに届いた。発信者はジョン・コーツワース学部長。何ごとかと思うと「国務省で働くSIPA卒業生が、SIPAの就職案内室に連絡してきて『ウィキリークスが数カ月前から流している情報はまだ機密情報である』と指摘しました」と書いてある。

この卒業生はさらにこう続けたという。「連邦政府に就職願書を出した学生は身上調査される。フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディア(SNS)にウィキリークス関連のリンクを張ったり、コメントするのは避けたほうがいい」

婉曲に、リンクを張ると不採用だというのだ。内部告発サイト「ウィキリークス」に、いかに米国政府が頭に来ていたかの証左だろう。

「アサンジュはジャーナリストではない。アナーキストなのだ」

毎週のように外国人記者クラブで対外的な釈明に追われるクロウリー国務次官補は12月7日、そう憎々しげに吐き捨てた。それはそうだろう。7月にアフガン戦争の資料・映像9万点、10月にイラク戦争の米軍の内部報告40万点、とどめは11月末からの外交公電25万点の順次公開で米国外交は激震に襲われたからだ。政府内では漏洩の原因となった国防総省管理の機密IP・ルーター・ネットワーク(SIPRNet)の総点検を始めたが、コロンビア大学へのメールも火消しの一環なのだ。

「避妊具なし」で指名手配

同日、国際刑事警察機構(インターポール)で「指名手配」されていたウィキリークスの創設者兼編集長ジュリアン・アサンジュが、ロンドンで出頭して逮捕された。容疑は「性犯罪」と報じられているが、代理人弁護士によると、2人のスウェーデン人女性と合意のうえで性交渉に及んだ際に避妊処理をしなかった容疑。避妊具をしなかっただけで、国際指名手配とは尋常ではない。

ウィキリークスのロゴ

元の機密情報を盗みだした米陸軍のブラッドリー・マニング元上等兵(軍事刑務所に収容中)に対し、アサンジュは米諜報機関の北欧外交機密チームに追われていると告白している。ホルダー米司法長官は逮捕後に「圧力はかけていない」と否定したが、誰が信じようか。

アサンジュの母国オーストラリアのラッド外相が英BBCに答えたとおり、もともとは米政府のシステム管理のお粗末に起因する。「9.11コミッション」という委員会が政府部門間の情報障壁を取り除けと04年に進言、SIPRNetなどの情報集中管理システムを構築したのがアダになった。誰もが在外公館や基地からデータにアクセスできたのだ。

アサンジュ憎しはその責任転嫁でもあるが、その合唱に加わったのが新聞、テレビなど既存マスコミ。アサンジュのネタ元、マニング元上等兵の暴露先に選ばれなかったからだ。社説などで自らの公益性、検証能力を訴え、ウィキリークスの垂れ流しを非難しても犬の遠吠えだ。ウィキリークスは90年代に世を騒がせた音楽ファイル共有ソフト「ナップスター」のマスコミ版で、レコード業界と同じく既存マスコミも時代の趨勢にはとても抗えない。

アサンジュを拘束(または暗殺)し、ウィキリークスの組織活動を停止に追い込んでも、泥沼のゲリラ戦が待つだけだ。アサンジュは保険として蓄積データをウェブ経由で全世界に拡散させる自動報復システムがあると豪語している。この保険ファイルが8月以来10万回もコピーされ、ミラーサイトも1千カ所あるというから、手に負えないのだ。

「ハクティビスト」――ハッカーとアクティビスト(活動家)を合わせた造語だが、「オペレーション・ペイバック」(報復作戦)を自称するウィキリークス支援のハッカー集団が暴れまわっている。標的はクレジットカード大手のビザやマスターカード、ネット決済のペイパルなど、ウィキリークスへのサービスを停止した企業で、そのウェブサイトに報復のサイバー攻撃を仕掛ける。

アサンジュを支援する書き込みを制限したフェイスブックやサーバーの貸し出しを差し止めたアマゾンにも攻撃が加えられそうだ。

NYタイムズも馬脚

「もう善玉と悪玉の役づくりを信用しない。理想主義かもしれないけど、(米国のやり方は)正当化できない」

「みんなに真実を見てもらいたいんだ。情報なしでは、公共体としての十分な意思形成を果たせないから」

マニング元上等兵がバグダッド郊外に駐在していた10年5月、元ハッカーとフェイスブックでチャットしたそんなログが、ウェブで公開されている。上等兵が逮捕されたのは、皮肉にもこの元ハッカーが米政府にタレこんだからだが、チャットでは「イラクで米国が支持するマリキ首相の汚職を調査したら、上司に握りつぶされた」といったスキャンダルを赤裸々に語っている。

そのログで秀逸なのは、米当局がワシントン・ポスト紙記者に自軍に有利な軍事資料をリークした事実を突き止めた点。この記者が出版した本ではデータがそのまま載っていたため「大手メディアの記者たちは、まったく疑問を持たずに軍からのおもらいデータを垂れ流しているのか」とショックを受けた。「政府が裏で何をやっているかを記者は報じない」と嫌気がさした結果が、ウィキリークスへの持ち込みだった。

ウィキリークスが配信した「巻き添え殺害」(Collateral Murder)。イラクで米軍ヘリコプターが民間人10人以上を機銃掃射した映像を見るがよい。これほど残酷だが説得力のあるファクトを、既存マスコミはこれまで報じたろうか。

今回のニューヨーク・タイムズの報道はひどかった。11月28日付1面で「ウィキリークスを含めた二つのソースから情報入手した」とまるで別の情報源からも裏を取ったかのように数々の機密公電を報じた。実は「第二のソース」とは英紙ガーディアンのこと。ウィキリークスが事前に流したのはガーディアンや仏ル・モンドなど欧州4紙誌で、リーク先に選ばれなかったNYタイムズは孫引きして体面を繕ったに過ぎない。新聞の検証などこの程度なのだ。

資本市場でも既存マスコミの役割は終わりつつある。例えば、破談に終わったものの、グーグルが60億ドルで買収提案したeコマースのグルーポン。ソーシャル系のショッピング・ネットワークで、「気に入った仲間つながり」がマーケティング価値として評価された。事業価値が推計400億ドルのフェイスブックもしかり。時価総額14億ドルのNYタイムズや34億ドルのワシントン・ポストは背伸びしてもかなわない。

60年代にペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム戦争秘密報告書)を内部告発したダニエル・エルズバーグが、リーク先にNYタイムズを選んだことなんてもう昔話なのだ。そのエルズバーグ自身がアサンジュ支持を表明しているのだから。(敬称略)

   

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