ビジネスジェットが日本を変える!

土屋 智義 氏
TSUCHIYA(旧土屋組)会長兼社長

2011年1月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋

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土屋 智義

土屋 智義(つちや ともよし)

TSUCHIYA(旧土屋組)会長兼社長

1966年岐阜県大垣市生まれ。日大理工学部卒。88年旧土屋組入社。同社は昭和8年創業の地元ゼネコン。91年取締役、95年常務、96年オーナー社長の父・和美氏急逝により社長就任。2007年に航空機運航支援会社「ジェイ・エイ・エス」を買収し、航空事業に参入。10年12月TSUCHIYAに社名変更。

写真/平尾秀明

――羽田空港の国際化に合わせて、国際ビジネスジェットの利用促進が図られました。

土屋 ビジネスジェットとは、ハリウッド映画でお馴染みのプライベートジェットのことですが、富裕層の贅沢品ではありません。最近では欧米企業だけでなく、中東、アジアのビジネストップが当たり前に利用する「必需品」になっています。ところが、日本はその受け入れが遅れ、鎖国状態になっていました。国土交通省の成長戦略会議の指摘を受けて、羽田における昼間の発着回数が増え、国際ビジネスジェットの乗り入れが可能になり、出入国手続き施設までの移動時間も短縮されました。「最初の一歩」としては画期的ですが、規制緩和も利便性向上も国際的な空港競争から取り残されています。

ステータスではなくビジネス必需品

――欧米ではビジネス航空関連産業が大きく育っていますね。

土屋 ビジネスジェットは、米国で1970年代に普及し、欧州に広がりました。プライスウォーターハウスクーパースによれば、川上産業への波及を含むビジネス航空産業の経済効果は、米国で8兆6千億円、EUで1兆4600億円に達しています。いわゆるS&P500社のうち、ビジネスジェットを「利用している企業」は「利用していない企業」に比べ、時価総額成長率で約6倍、売上高成長率で約2.2倍になったという調査報告もあります。世界のビジネスジェット総数は約2万5千機。このうち米国が約1万8千機、欧州ではドイツ、英国が約600機保有していますが、我が国はわずか50機程度です。

――なぜ、世界中に広がったのですか。

土屋 多忙でグローバルな活動をするビジネストップにとって、自分のスケジュールで移動でき、目的地の空港へ直行可能、さらに移動中も地上と連絡がとれ、機内で打ち合わせが可能なビジネスジェットには、お金で時間を買える利点があります。2001年の同時多発テロ発生後、定期便の搭乗手続きが煩雑になったことに加え、セキュリティーの面からも利用が急増しました。

――岐阜県下の老舗ゼネコンがビジネス航空事業に参入したのは、なぜですか。

土屋 好むと好まざるとにかかわらず、ゼネコンは海外に出なければ生き残れません。04年に、当社が初めて手がけた海外案件で急きょハンガリーに2泊4日で飛ぶことになりました。乗り継ぎのある定期便では対応不可能なので、ビジネスジェットをチャーターして、ブダペストに直行しました。ブダペストには専用ターミナルがありますからね。もし、あのタイミングで現地入りできなかったら工事は頓挫していたかもしれません。大枚をはたいたけれども、ビジネスジェットは武器になる。お金持ちのステータスではなく「ビジネス必需品」と確信しました。その後、当社の海外展開と合わせて、世界のビジネス航空を見て回りました。欧米ではすでに法制度や専用ターミナルなどのインフラが整っているのに、日本には何もありませんでした。

世界の航空業界は今、LCC(ローコストキャリア)と従来型航空会社に分かれ、後者はエコノミー、プレミアムエコノミー、ビジネスクラスを増やし、ファーストクラスを減らしている。つまり、ファーストクラスの利用者がビジネスジェットに移っているのです。

――ビジネスジェットのお値段は?

土屋 機種によりますがフライト1時間当たり7千~1万ドルが目安です。ファーストクラスより高いが、複数で利用することもできます。何より移動効率が高く、体に負担がかかりません。これは、日本でも近い将来、必ずビジネスチャンスになると思いました。このため、当社は07年に航空機運航支援会社「ジェイ・エイ・エス」を買収し、08年には世界最大級のビジネス航空会社、TAGアビエーションと合弁で日本法人を設立しました。ところが、羽田、成田の首都圏空港は定期便だけで飽和状態で、専用ターミナルもなく、なかなか突破口が開けませんでした。

インフラ整備を競うアジア各国

――09年春にビジネスジェット利用促進議員連盟が立ち上がり、森喜朗元首相が会長に就任しましたね。

土屋 ゼネコンは国内の仕事が減り、かつての繊維産業や炭鉱のような運命をたどる。我々にも海外で戦うツールをくださいと、議連の方々にはお願いしました。その後、前原・前国交相が主導する成長戦略会議が首都圏空港の機能強化を打ち出し、先のビジネスジェットへの規制緩和が実現しました。5年越しの思いが実った時は嬉しかったですね。

――アジア各国のビジネス航空の現状は?

土屋 彼らはビジネス航空を、国家の重要インフラと位置づけています。香港国際航空のビジネスアビエーションセンターは群を抜き、ビジネス航空専用施設ランキングで、英ファーンボロー空港に次ぐ2位になっています。エグゼクティブ向け専用ラウンジは素晴らしく、11億円を投じた格納庫を増設し、常に多くのビジネスジェットが駐機しています。シンガポールのチャンギ空港も立派な専用ターミナルを整備し、インターネット環境が整ったVIPラウンジや会議室があります。08年に初開催されたF1シンガポールグランプリには100機のビジネスジェットが飛来しました。翌年、鈴鹿で行われた日本グランプリに飛んで来たのは数機でした。

韓国の金浦空港にも赤絨毯の敷かれたVIP専用口があり、貴賓室まで専用の通路があります。ターミナルから機体までの移動時間は香港が1分、シンガポール、韓国が数分。専用ターミナルがない羽田は、今回の規制緩和で約30分から約10分に短縮されました。

また、中国では政府関係者が率先してビジネス航空を利用しており、直行便のない小国との外交手段になっています。さらに政府の後押しで保有機を、現在の約900機から17年には約5千機に増やす計画と聞きます。

――7月末にお忍びで来日したアップル社CEOのスティーブ・ジョブズは関西国際空港の保安検査場で荷物が引っ掛かり、「日本に二度と来るか」と怒り出したとか。

土屋 機内持ち込み荷物に手裏剣が入っていたそうです。セキュリティーチェックは大切ですが、ビジネスジェットを自らターゲットにする人はいません。世界のビジネスジェットが日本に飛来しなくなったらお仕舞いです。ビジネスジェットは、世界のトップと渡り合い、ビジネスチャンスをつかむ必須のツールです。私は「ビジネスジェットが日本を変える」と確信しています。

今回の規制緩和は突破口にすぎません。数年後には、日本にとって、新たな産業を作り、雇用を生み出す大事な事業に育っていると思います。

   

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