米軍グアム移転「特需」 日本企業はカヤの外

普天間の陰に隠れて日本が60億ドルも拠出する大プロジェクトで日本勢があぶれる不平等な枠組み。

2010年7月号 DEEP

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グアムのアンダーセン空軍基地を訪問、新施設の建設予定地を視察するゲーツ米国防長官(08年5月)

AP/Aflo

米国の代表的な日本ウオッチャーの一人、ジョージ・ワシントン大学教授マイク・モチヅキの特別寄稿「普天間の死角『グアム移転』」を本誌が掲載したのは、今年の2月号だった(今号66~69ページにも「普天間で鳩山『四つの誤算』」を掲載)。この寄稿でモチヅキ教授は、沖縄の普天間飛行場移転をめぐって優柔不断な鳩山政権(当時)が、日米同盟の根幹を揺るがす事態を招いていると、手厳しく批判していた。

しかしなんと言っても論文の要諦は、普天間移設の陰に隠れた米軍再編の要――沖縄の海兵隊の最終的な移転先であるグアム米軍基地が、アジア・太平洋戦域をにらむ一大軍事拠点になる点に触れたことだろう。

ブッシュ前政権で始まった世界的な米軍再編(トランスフォーメーション)に伴い、日米両国政府は在日米軍基地再編のための計画をまとめた文書(ロードマップ)を交わし、2006年5月に両国の外相・防衛相による日米安全保障協議委員会(2+2)で合意に至った。骨子は、

①普天間基地の代替施設として辺野古地区にV字形滑走路を建設する

②沖縄から海兵隊員約8千人、その家族約9千人を14年までにグアムに移転させる

というもので、1万6千ヘクタールのグアムの基地に2万人近くを収容する施設群を建設することを含む移転費用102億7千万ドルのうち、日本側が60億9千万ドルを負担することもこの合意で確認された。

ふがいなかった自民視察団

06年ロードマップ合意からおよそ4年経ったこの4月9日、衆議院安全保障委員会でこんな質問が出た。

「当然、真水(編集部注=日本政府の拠出金)の部分というのは、日本の企業が取って仕事をすべきだと。逆に言えば、もっと沖縄のいろんな会社も参加して、恩恵を受けるようにすべきだと(思います)。(中略)米国企業と日本企業とが平等な扱いを受けることが当然であって、日本企業が不利になるような各種の制約は完全に排除できているのか、そこが心配なんですね」

質問したのは、自民党の浜田靖一。“千葉の暴れん坊”浜田幸一の息子で、防衛族の一人である。麻生内閣で防衛相を務め、米軍再編問題は当事者だった政治家である。

浜田が問題にしていたのは、沖縄の海兵隊員がグアムへ移動するのに伴って生まれる“グアム特需”に、日本企業が米国企業同様にありつけるのか、つまり日本政府が負担する60億9千万ドル分に見合った仕事を受注できるのかと、防衛省当局に問い質していたのだ。

米国政府は、普天間基地移転先で迷走に次ぐ迷走を繰り返した鳩山前政権に、何度となく警告してきた。日米ロードマップが履行できなくなれば、グアムの統合軍事開発計画を含む米軍再編計画は滞り、米国の安全保障に重大な問題が生じるばかりか、日米同盟にも修復不可能な亀裂をもたらすのだ――と。

しかし裏で、グアム利権の分捕り合戦は粛々と進んでいた。浜田が危惧していたように、いつもなら千億円単位の大型プロジェクトに目の色を変える日本のゼネコンや住宅メーカーなども、今度ばかりは出足が鈍く意欲も低い。なぜなのか。

ロードマップ合意の翌07年2月、当時、与党の自民党幹部を中心とする視察団がグアムに派遣された。

山崎拓(元自民党幹事長)を団長に町村信孝(元外相)、大野功統(元防衛庁長官)ら議員と、防衛省の金澤博範(防衛政策局次長)、グアム計画の日本側の窓口で、実務を仕切った財務省から出向している門間大吉(経理装備局会計課長)らが同行。米国側は駐日大使ジョン・トーマス・シーファー、太平洋軍副司令官ダニエル・リーフが顔を揃えた。

シーファーは06年ロードマップを日米安全保障条約改定後の最も重要な合意と位置づけ、米軍再編の意義と日米同盟に及ぼす前向きな影響やグアム島の戦略的な優位性を滔々と説いていたという。山崎らは終始聞き役に回り、シーファーらに圧倒されて唯々諾々とうなずくばかりだったようだ。そしていつのまにか、日本はカネだけ吸いあげられて余禄に与れない“不平等”が決まったらしい。浜田の危惧もそこにある。

日米合わせて9千億円を超す“グアム特需”が見込まれる移転の発注工事は、大きく三つに分かれる。

第一に米国政府が拠出し、米海軍施設エンジニアリング本部(NAVFAC)が発注する軍事施設部門が約4千億円。飛行場、訓練施設、港湾施設などが含まれるが、軍事上の機密事項に抵触する部分が多く、例えば港湾施設建設などは当初から日本企業の参入は難しいとされる。

第二は日本政府が支出し、やはりNAVFACが発注する軍事付帯施設に約2800億円。純然たる軍事施設ではなく庁舎、部隊舎、学校などだ。

第三が米海兵隊員の家族らの住宅施設。予算規模およそ2100億円のこの分野の発注元は日本の防衛省である。民間資金活用(PFI)方式が取られ、国際協力銀行(JBIC)から融資が行われる。ただし、期間50年の建設、運用・維持管理契約が条件とされている。

先の浜田の国会質問にあったように、日本側が特に問題視しているのは、日本の予算で施工される軍事付帯施設。住宅施設とともに日本のゼネコンの受注が見込まれ、期待されていた分野だが、大手は意外に冷めている。

「日本政府がこれだけの資金を出すんだから、もっと主導権を握ればいいと思うんですが……。米国企業に圧倒的に有利な条件でしょう? それを敢えて乗り越えてまで取りに行く事業かどうか……」(鹿島幹部)

イーブンとは言えぬ条件

この幹部が漏らすように、資材運搬には米国船籍の船舶を使用しなければならない。仮に共同事業体(JV)の主幹事となっても、下請けには米国企業も入れなければならない。入札に際して米国企業の入札額から20%減価できる(日本政府支出分野では撤廃)など、安全保障にかかわる軍事付帯施設とはいえ、とてもイーブンな条件とは言い難い。

浜田に言わせれば、日本企業に不利な条件は撤廃すべきであり、このままでは日本の納税者にどう説明をするのか、ということになる。

日本が期待を寄せる軍事付帯施設は今年12月末に公告、来年2月に入札が行われるが、スーパーゼネコンのうち手を挙げているのは大林組1社のみ。防衛省発注となる住宅分野は、住友商事、伊藤忠商事、双日といった商社がグループを組んで受注の意欲を見せているが、維持管理を50年間も続けるとなるとノウハウがなく、ノウハウを持つ米国企業グループに取って代わられる可能性が少なくない。いずれにせよ特需と沸き立つにはほど遠い状況だ。

ふがいない自民防衛族の置き土産とも言えるこの“不平等”な枠組み。民主党内の防衛族には、枠組みを見直すべしとの声もある。しかしながら、鳩山前政権が普天間移設であれだけミソをつけた直後だ。菅政権が敢えて米国に「NO」と言えるかどうか――。(敬称略)

   

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