民主党の強権で「消費者庁」大揺れ

「次期政権誕生まで消費者庁発足を延期せよ!」と民主党が要求。官僚OBの初代長官らは即刻クビの運命か。

2009年9月号 LIFE

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首相官邸に程近い東京・赤坂の高層オフィスビル「山王パークタワー」。9月に発足する消費者庁の入居に向けて、4~6階部分で夏休み返上の工事が進められている。関連の3法案が成立したのが5月末だから、わずか3カ月という「突貫工事」である。「消費者行政の強化」を掲げた内閣府の外局の創設は、前首相・福田康夫の強い意向を受けて昨年秋に閣議決定されたあと、たかだか1年で実現することになる。

複数の省庁を束ねた新たな省庁の創設は38年前の環境庁以来というが、このスピード発車の背景には「消費者保護」という大義を政権浮揚の足場にしたい自民党と、それを自らの手元に手繰り寄せたい民主党とのなりふり構わぬ抗争があった。

「突貫工事」で9月発足

きっかけは中国産の毒入りギョーザ事件やシンドラー社のエレベーター死亡事故など、暮らしの安全を脅かす事件が相次ぎ、その対応が縦割り行政の隙間で後手に回って被害を広げたことである。

国民に広がる不安を受けて内閣府や経済産業省、国土交通省、農林水産省、金融庁、公正取引委員会などに分散している消費者行政を一元化し、消費者被害の窓口と行政処分などの機能を束ねるという「消費者庁」の構想は、麻生政権の支持率が低迷し、世論を引きつける目ぼしい政策を示せない自民党にとって、政権浮揚への格好のアドバルーンだった。

メディア受けのいい野田聖子を担当大臣に据え、党の消費者問題調査会ではこれまで野党の支持母体と見られてきた消費者団体や日弁連の関係者を連日のように集めて、シンドラー事件の犠牲者の遺族らの被害報告を求めた。一見、野党と見まがうパフォーマンスで法案成立への地ならしは急ピッチで進んだ。背景には、近づく解散、総選挙へ向けて「消費者庁」という旗を一日も早く揚げて支持率を回復したいという政権与党の思惑がまずあった。

民主党も手をこまねいていたわけではない。官僚機構に依存した消費者庁より独立性の強い「消費者権利院」構想を対案として掲げ、主導権をとろうと試みた。が、思わぬところでアキレス腱が浮上する。

代表(当時)の小沢一郎を支える同党の少なくない有力国会議員が、マルチ商法を推進する業界を支える「健全なネットワークビジネスを育てる議員連盟」の役員を務め、これまでに多額の政治献金を受けていたことが明るみに出たのである。

「いいマルチは国が育成すべき」と業界を擁護するかたわら、マルチ商法に注意を促す国民生活センターのパンフレットを「回収すべきだ」と国会で質していた同党議員の前田雄吉が、1千万円を超す献金を業界から受けていたことが判明し、昨年10月、離党に追い込まれた。

この議員連盟の役員は事務局長の前田のほか、会長に党最高顧問の藤井裕久、顧問に党国対委員長の山岡賢次と、多くの民主党幹部が名を連ねていたことから、自民党はこれを奇貨として、委員会審議などを通して民主党に揺さぶりをかけ続けた。こうした攻勢に民主党は妥協を迫られ、自民党案にある消費者庁に対置されるチェック機構を「消費者委員会」とし、その独立性と権限を強めることなどで修正合意して法案は成立した。それまでほとんど関心を示さなかった首相の麻生太郎も衆院解散と8月30日の投票という政治日程を睨んで「年内にも」という当初の予定を繰り上げて「9月発足」を急遽指示する。

「逆転政局」の与野党の思惑に振り回され、「突貫工事」の繰り上げによって開店する消費者庁は、九つの府省と公正取引委員会から異動する202人の職員で構成され、長官や審議官らの下に政策調整課など司令塔部門と消費者安全課などの執行部門、合わせて八つの課が設けられる。

6月に内閣府に消費者庁設立準備室が発足し、各府省などから職員がすでに配属されている。また、各地の消費者センターなどを通して寄せられる消費者からの苦情や事故情報を基にその対応を首相に建議する「消費者委員会」が消費者庁とは独立した機関として設けられ、学識経験者ら10人の委員が就任する。

ところが、7月1日に政府が「顧問」や「参与」の肩書で消費者庁や消費者委員会の幹部人事を発表すると、これに民主党が反発。撤回しないなら「発足を延期せよ!」と迫った。総選挙の結果によっては再び政局の焦点になりそうである。

再び「行政不況」を招く恐れ

消費者庁設立準備室の顧問に指名された前内閣府事務次官の内田俊一が初代長官に内定。また、消費者委員会の委員に内定した「参与」には池田弘一(アサヒビール会長)、川戸恵子(ジャーナリスト)、櫻井敬子(学習院大教授)、佐野真理子(主婦連事務局長)、下谷内冨士子(全国消費生活相談員協会顧問)、住田裕子(弁護士)、田島眞(実践女子大教授)、中村雅人(弁護士)、林文子(東京日産自動車販売社長)、松本恒雄(一橋大法科大学院長)の10人が名を連ねている。検事出身でテレビ番組などでも知られる住田が委員長就任の含みといわれる。

慌ただしく進められた消費者庁の長官人事は難航した。「民間からトップを」という声が強かったことから、担当大臣の野田が評論家で民主党に近い多摩大学長の寺島実郎らに打診したが、次々に断られた。住田をトップにした消費者委員の人選も「規制強化につながる」という産業界などの懸念に配慮し、バランスに腐心したようだ。

一方、事務次官OBの長官就任や官僚主導による一方的な消費者委員長の「内定」に反発する民主党は、政権交代への勢いを駆って8月初旬、党人権・消費者調査会長の仙谷由人が首相官邸に官房長官の河村建夫を訪ね、次期政権誕生まで消費者庁の発足を延期するよう求めた。

民主党は日銀副総裁や人事院人事官の政府案人事などを不同意により撤回させた経緯がある。政権交代が実現すればこれらの「内定人事」を白紙に戻し、消費者庁初代長官らの顔ぶれを一新する可能性も出てきた。

消費者庁の発足に伴い、これまで縦割り行政の下で他の行政官庁が所管していた特定商取引法や景品表示法、消費生活用製品安全法など29本の法律が同庁に移管される。また、こんにゃくゼリーによる死亡事故などで浮かび上がった行政の隙間に起きる事故に対応するため「消費者安全法」が制定されたが、移管された法律でも従来の所管官庁との共管とされたものも多いことから、消費者行政の一元化によってどれだけ実効が上がるかわからない。

もとより消費者保護の「大義」が一人歩きしている。行政による事前規制が行き過ぎると、「行政不況」で市場が萎縮することは、これまでの建築基準法や貸金業法の例を見るまでもない。政権を手にした民主党が人事で振るった刀を消費者庁という「正義の宝刀」に持ち替え、意のままに動かし、行政不況を招くことを懸念する声もある。

消費者庁発足に関連して「地方行政活性化」などの名目で20年度の補正予算(第1次、第2次)にすでに260億円が投じられた。「民意の旗」になった消費者庁を、政治が奪い合う構図はどこか奇妙である。(敬称略)

   

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