「モバゲー」が青ざめた携帯の有害サイト目隠し

会員800万人の携帯サイト会社の株価が急落した。未成年の端末から、勝手サイトが締め出される恐れ?

2008年2月号 LIFE

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「大臣の要請案を見た瞬間、携帯各社に絶好の口実を与えることになり、これはやばい、と思いました」

ある総務省幹部はそう打ち明けた。12月10日、増田寛也総務大臣は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコムの4社社長を招いた懇談会で、携帯電話から有害サイトへのアクセスを制限する目隠し(フィルタリング)サービスに関して、未成年契約者には「デフォルト(初期設定)で適用」とするよう要請したのである。

やさしく言えば、子供向けの携帯はアダルト、出会い系、自殺幇助、学校裏サイト、フィッシングといった有害サイトを覗こうとしても、最初から目隠しで遮断するよう設定してほしい、ということだ。

目隠しサービスを導入するきっかけは、有害サイトから事件に巻き込まれるケースが多発、関係省庁が06年11月にキャリア各社に要請してから。現状では、使い勝手の悪さや親の知識不足などがアダとなり、思惑どおりの効力を発揮していない。

このため導入後も相変わらず事件が絶えず、総務相が「デフォルト適用」による「フィルタリング強化」を要請するに至った。総務省の事務方の進言を容れたのだが、コトがそう単純でないことに、総務省自身が気づいた。

まず現在実施されている目隠しの延長線上で「デフォルト適用」に突入するとどうなるのか。

公式コンテンツ囲い込みも

今は無償サービスとして、携帯各社が独自に決めた基準(フィルタリングポリシー)に基づいてサイトを選別している。このままだと、携帯各社の恣意と独断で選別が働くことになり、携帯各社に都合のいい公式コンテンツ――「iモード」「EZウェブ」「ヤフー」などへのユーザー囲い込みに大義名分を与えることになりかねない。

そうなると、未成年契約者の端末は原則的に公式コンテンツしか見られなくなり、「勝手サイト」ビジネスが封殺されてしまう。現にauの「EZ安心アクセスサービス」では、「公式コンテンツ以外のサイトは全滅」(au利用者)という有り様なのだ。

笑えないのは、首相官邸や総務省のサイトも勝手サイトだからアウト、自宅の愛犬の監視画像、部活の連絡に利用する掲示板、友達のブログ、SNS、ケータイ小説などが有害と切り捨てられ、子供たちは健全なコミュニケーションまで奪われてしまうことだ。筆者も試しにこのサービスに加入してみたら、出先からHDDレコーダーに入れず、予約録画できなくなった。これでは政府が進める「u-Japan」(ユビキタス社会実現政策)など無理である。

総務相の要請に市場は敏感に反応した。勝手サイトとはいえ、会員数813万人と圧倒的な人気を誇るサイト「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA、東証1部)の株価が12月11日以降、連日のストップ安をつけたのだ。

「モバゲー」は会員になると100種類以上のゲームを無料で使えるほか、会員同士が交流するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もある。11月に青森県内の女子高生が「モバゲー」で知り合った30歳の男に殺される事件も起き、同社は12月11日、13歳未満の利用者はメールのやりとりを禁止、監視要員を3倍にするなど、自発的な目隠しに踏み切らざるをえなかった。

定額制のパケット課金が普及した今、「モバゲー」や、ケータイ小説が人気の「魔法のiらんど」など、CGM(利用者がつくるメディア)によるコミュニティー型の勝手サイトに若者は熱中している。護送船団の上であぐらをかく公式コンテンツを圧倒する勢いなのだ。

携帯各社からすると、目隠しの「デフォルト適用」こそ、元気のいい勝手サイトから中高生を奪い返して囲い込むチャンス。が、勝手サイト側も呑み込まれまいと必死だ。「モバゲー」ほどの人気サイトなら、どの公式サイトも三顧の礼で入れてくれるだろうが、DeNAの南場智子社長は「入る気になれない。携帯キャリアはあれこれ拘束するし、対応が遅いから」と強調する。

寡占状態の携帯ビジネスを何とかオープン化しようとしてきた総務省の通信政策とも逆行することになる。それだけではない。オープン化政策の“敵”は、総務省と同じ合同庁舎2号館にいるのだ。自民党や民主党の一部国会議員を焚きつけ、警察庁がフィルタリング政策を法制化し取り締まろうという動きを見せている。

ネットコンテンツの検閲にもつながり、表現の自由にも関わる問題になりかねない。仮に検閲などといった事態に発展すると、携帯コンテンツ市場が萎縮する。そこで総務省が打ち出した打開策は、フィルタリングのための第三者機関設立だった。

「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(仮称)」と呼ばれるこの機関は、任意団体モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)を事務局として、コンテンツの審査を民間主導で行うことをめざしている。

運用開始予定は4月から。座長には一橋大学の堀部政男・名誉教授、座長代理は慶応大学の中村伊知哉教授、委員には教育関係者、弁護士などが名を連ねている。放送業界でいう放送倫理・番組向上機構(BPO)のような位置づけらしい。

12月26日に開かれた準備委員会の初会合では、オブザーバーとして総務省電気通信事業部消費者行政課の佐藤裁也課長が参加、総務省としての考え方などを示した。総務省はあくまでもこの機構が同省の下請けではなく、中立的な審査・監視機関だと知らしめたかったようだ。

中立機関に誰がカネを出すか

目隠しはホワイトリスト(許可リスト)にするのか、ブラックリスト(排除リスト)にするのか――といった具体的な方法論や審査内容には一切口出ししないことを4回も明言したのが印象的だった。

ただ、予定される体制図を見ると、検討するカテゴリーごとに作業グループを設置するなど、それなりの運営費が必要になると予想される。どこから捻出するのだろうか。

「オブザーバーの立場である国がカネを出すことはありえない。キャリア(携帯各社)に拠出を求めても、今も自分たちの負担で公式サイトのフィルタリングを実施しているのに、審査機関のための追加負担に応じるかどうか」と総務省関係者は言う。

コンテンツを囲い込みたい携帯各社がもし運営費を出すとなると「カネも出すが口も出す」にならないか。中立性を担保し、透明性を確保する意味でもキャリアの関与だけは避けたいところだろう。

そこで、MCFの岸原孝昌事務局長に聞いてみた。「運営資金の部分はまったく未定。たとえば、コンテンツプロバイダー(CP)から審査・認定料として集めるなど、あらゆる可能性を検討する」という。

だが、いかなる形にせよ、CPといった組織や団体などから資金提供を受けた場合、審査の中立性が保てるのかが気になる。岸原氏は「企業出資とは性格が異なる。カネを出したからといって、運営や審査の内容にまで口出しできないのがこの機構」と言い切った。

この「目隠し」騒動は、携帯ビジネスのオープン化をめぐる総務省と携帯各社の角逐に、新たな一石を投じそうだ。

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