「メディア・ビッグバン」の幕開け

通信と放送の垣根をなくす「情報通信法」制定へ。NTT、ソフトバンクなどにチャンス到来。

2007年12月号 BUSINESS

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「これからは電波法でしばらない、つまり電波を使わない基幹放送が出てくる可能性があるわけです。たとえばグーグルなんかが基幹放送並みのサービスを持つ可能性がある」

「経営の自由度を高めるような規制緩和を望まれないのですか?」

これは総務省の総務審議官が主催する諮問機関「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」の、秋口に開催された討議の一場面である。ブロードバンドによる通信が発展する中で、現行の法体系がこのままでいいのか、が論点だった。民間選出の学者委員の質問は、この日のヒアリング対象者であるキー局の社長に集中した。日本民間放送連盟を代表して出席したトップを責め立てているようにみえた。

既存の「電波法」や「放送法」、有線放送に関する法律など、通信と放送に関する多岐にわたる法律を、2010年をめどに一本化し、新たに「情報通信法」(仮称)を制定する論議が進んでいる。総務省の目論みどおりに事が進めば、戦後制定された放送法は60年ぶりに抜本改正されることになる。

総務省研究会が「最終報告」

研究会の座長には、一橋大学名誉教授の堀部政男が就き、委員には日本のインターネットの父ともいわれる慶応大学教授の村井純や、東大教授の長谷部恭男ら、放送や通信に関する分野の論客が並んでいる。

昨年夏から始まった討議は、月に1度のペースで足早に行われ、今年6月に中間報告を提出。今秋から関係業界の代表を呼んで意見を聞いている。研究会は年内に最終報告書をまとめるため、11月から非公開の調整作業に入った。

「メディア・ビッグバン」――。研究会が提言しようとしている「情報通信法」の趣旨をひとことで言うなら、こう表現できる。それは1990年代に唱えられた「金融ビッグバン」に比肩するインパクトをもたらすものだ。通信と放送の分野に大規模な規制緩和を実現し、既存制度を打破して、欧米で起きているようなメディアの大再編につなげようという意図が見える。

最終報告書を待つまでもなく、研究会が今夏に発表した「中間報告」の中身自体が、通信・放送業界にとって、十分に衝撃的だった。従来の関係法制度は、「固定通信」や携帯電話の「移動通信」、「ケーブルテレビ」「衛星放送」「地上波放送」……という縦割りの法体系になっている。この構造を機能ごとに横の「レイヤー(分野)」で切り分けて、企業が自由で多様な事業展開をできるような市場重視の法体系に変える、というのである。

研究会は「伝送インフラ」「プラットフォーム」「コンテンツ」というレイヤーを示して、それぞれの垣根を越えた統合・連携を原則として自由にする、とうたっている。こうした抽象的な表現では、研究会の目論見がなかなか理解しづらいが、「金融ビッグバン」がそうであったように、「メディア・ビッグバン」についても、欧米の規制緩和の先例を振り返ることが早道だろう。

特筆すべき米国の「96年連邦通信法」は、日本では通信分野の規制緩和の部分だけが語られることが多い。それ以前に分割され長距離電話会社となっていたAT&Tと地域電話会社を相互参入させ、競争を促進したからである。日本もNTTの東西会社への分割など不完全な形ではあったが、その後を追った。

その一方で96年連邦通信法は、実はメディアの再編を促す放送分野の規制緩和をも打ち出していたのである。電話会社に映像の伝送サービスを解禁したことによって、AT&Tは、ケーブルテレビ会社の買収に乗り出し、世界最大のケーブルテレビ会社となった。また、テレビ局とラジオ局を所有する制限が大幅に緩和されたことに加えて、原則として禁止されていたテレビ局とラジオ局の兼営が解禁された。

ルパード・マードックが率いるニューズ・コーポレーションが、米国のテレビの3大ネットワークと並ぶFOXを育てるなど、巨大なメディア・コングロマリットが生まれる背景には、規制緩和があった。

固唾を呑む通信・放送業界

欧米の「メディア・ビッグバン」は、ブロードバンドの前史のなかで起こった。インターネットの接続スピードが格段に進んだ新しい時代に、映像や音声のサービスは日々進化している。しかも、日本はICTと呼ばれるインターネットを通じた通信技術の分野で先進的な地位にある。

「世界最先端のICTインフラを生かした多様なICTサービスの開発・提供を促進するためには自由な事業連携を進めるための環境整備が重要である」「垂直統合・連携を進める世界の有力メディア企業の動向を踏まえれば、我が国の情報通信産業の国際競争力強化を図る観点から、各事業者の経営判断のもとで自由に事業統合・連携を進め、事業展開の多様化を促進することは必要不可欠である」

このように研究会の中間報告は、ブロードバンド時代の「メディア・ビッグバン」を明確に打ち出そうとしている。

研究会担当の総務省情報通信政策局の課長が10月末に民間団体の勉強会で行った、「通信・放送の総合的な法体系を目指して」と題する講演の内容が通信・放送業界に波紋を広げている。

冒頭の「情報通信産業の現状と展望」を解説した講演資料のなかに、欧米と日本の情報通信産業の売り上げ規模を比較したドル表示のグラフがあった。トップはAT&Tの1252億ドル、続いてNTTの925億ドル、米国のメディア・コングロマリットでは、タイムワーナーが442億ドル、ディズニーが342億ドル。これに対して、フジテレビが50億ドル、日本テレビなど他のキー局は20億ドル台であることが示されている。そしてKDDIが286億ドル、ソフトバンクが218億ドルである。

総務省幹部が、我が国のどのプレイヤーが欧米のメディア・コングロマリットに対抗しうる存在と考えているか、一目瞭然だった。研究会が打ち出そうとしている「情報通信法」が実現すれば、NTTやKDDI、ソフトバンクなどに、その道が開かれる。そればかりではないだろう。米国の重電・家電メーカーであったGEがメディア・コングロマリットに変身を遂げたように、異業種からの参入も当然予想される。

さらには、カナダの情報産業であるトムソンが大西洋を越えてイギリスの名門通信社であるロイターを買収したように、あるいは、ニューズ・コーポレーションがダウ・ジョーンズを買収したように、外資が日本のメディア分野に進出する可能性もある。

「日本版金融ビッグバン」の結果、日本の金融界はどうなったか。それを振り返れば、これから起こる「メディア・ビッグバン」の衝撃は計り知れない。総務省の研究会の最終報告書と、その後の法制化の動きを通信・放送業界は固唾を呑んで見守っている。(敬称略)

   

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