東電「第三者委」は体裁だけ 経産省ヤラセの大甘報告

2011年11月号 連載 [政々堂々 第35回]
by 長谷川幸洋(ジャーナリスト)

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福島第一原発事故を起こした東京電力について、野田佳彦政権が存続最優先で臨む姿勢が一段と鮮明になっている。

それが象徴的に表れたのは「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が10月3日に公表した報告書だった。多くのマスコミは「賠償を抱える東電に厳しいリストラを迫った」といった調子で報告を報じたが、実態はまったく異なる。

東電がいくらリストラをしたところで、それで捻出された資金が賠償に充てられるわけではない。東電の財務改善に使われるだけだ。普通の会社と同じように、リストラをすればするほど筋肉質のピカピカ会社に生まれ変わる。

その結果、東電に投融資していた銀行は債権放棄をせずに済み、株主も減資を求められることはない。そういう仕組みだったのだ。

あれだけの大事故を起こしておきながら、どうして手品のような再生策が可能になるのか。

問題の報告に入る前に、まず調査委員会そのものの性格をしっかり認識しておく必要がある。

マスコミは政府の宣伝をそのまま受けとめて「第三者委員会」と報じた。第三者と言われれば、国民は政府や東電から独立した存在であるかのように思ってしまう。ところが、この委員会は完全な「政府の御用委員会」である。

なぜなら事務局を経済産業省が牛耳っているからだ。事務局長は産業構造課長などを歴任し、経産省の敏腕官僚として知られた西山圭太である。直前まで政府版ベンチャーファンドである産業革新機構の執行役員企画調整室長を務めていた。

産業革新機構は最初の立案段階から省内で「西山プロジェクト」とされ、経産省にとっては久々に手にした「既得権益の大型領土」だった。西山は自ら天下りながら、そこを離れて東電チームに転身した。

西山は3日に官邸で野田首相に報告を手渡す場でも委員と同じ席に連なってライトを浴びている。こうした場では普通、官僚は後ろの目立たぬ席に控えているものだが、もはや官僚政権だから「なんの遠慮もいらない」という意識なのだろう。野田もなめられたものだ。

続く記者会見は経産省の会議室に場所を移して開かれ、西山は当然のように委員長をさしおいて、真っ先に記者にブリーフし始めた。発表資料の表紙には当の委員会ではなく「タスクフォース事務局」とある。これでは初めから事務局が作成した報告であることを自ら自慢気に暴露したようなものだった。

そもそも経産省と東電は事故を起こした張本人である。経産省は甘い審査や「やらせシンポジウム」で東電と一体になって原発を推進した。その経産省が主導して東電の財務状態を調べるのだから「やらせ調査」と言ってもいいだろう。

そこで中身をみると、最大のポイントは肝心の賠償費用をだれが負担するのか、という点にある。

民主党政権は「国民負担を最小化するために東電に厳しいリストラを求める」と言ってきた。「政府がしっかり監視します」(海江田万里前経産相)などと言うので、国民は「リストラで賠償費用を生み出す」と思ったはずだ。

ところが、まったく違う。

調査報告はリストラによって「10年間で2兆5455億円のコストを削減する」と見込んだ。このコスト削減はそっくり東電の財務改善に使われる。賠償費用は政府がつくった「原子力損害賠償支援機構」が東電に立て替え払いする形で全額を賄うのである。

政府は支援機構に国債を交付して機構が必要に応じて現金化する。そのカネを東電に払うのだ。とはいえ政府は「賠償責任は一義的に東電にある」という立場なので、東電はいずれ返済しなければならない。

では東電はどうやって機構に返済するのかといえば、肝心の返済計画がまったく示されていないのだ。その理由を報告はこう書いている。

「特別負担金の支払い(機構への返済。筆者注)については、損害賠償の総額が不確定であること、各年における支払額確定のルールが現時点では定まっていないことから、試算では取り込んでいない」

つまり、現時点で賠償額が分からないから毎年の返済金額も返済年数も考慮していない、と言っている。いくらなんでも賠償額をまったく示さないのでは調査報告にならないから、一応試算はした。それが総額4兆5402億円である。

仮に当初、新聞が書いていたように10年返済で全額を返すとすれば、利息を考慮しなくても年4500億円の返済になる。そうなると、東電は値上げなしには、たちまち債務超過に陥ってしまう。当然、銀行の債権放棄も株式の100%減資も避けられなくなる。

経産省はそういう事態を避けるために、東電の返済計画を示さず財務試算にも盛り込まなかったのだ。賠償額自体を「桁が違う」と思われるほど低く算出したほか、廃炉費用も1兆円強と低く見積もっている。最初から債務超過を避けて銀行や株主を守るために、あの手この手で数字合わせをした、と言える。

こんな報告を認めて支援機構がカネを出すかどうか、決めるのは政府という建前になっているが、実質的には機構の判断になる。ところが、機構の運営委員会には調査委員会のメンバーがそのまま横滑りした。委員長も同じ下河辺和彦が就任した。

さらに機構の理事たちはと言えば、財務省や経産省から現役官僚が滑り込んだ。経産省から出向したのは、与謝野馨元経済財政相の側近中の側近として知られた嶋田隆である。西山といい嶋田といい、経産省は虎の子のエース官僚を惜しみなくつぎ込んだ格好だ。この一事をもってしても、経産省がいかに東電存続に省益を懸けているか分かる。

ようするに、経産省は借金の返済計画抜きで支援機構にカネを求めながら、カネを出す側の支援機構も事実上の影響下に置いている。最初から「出来レース」なのだ。

調査委員会や機構の運営委員会は都合よく「第三者」の体裁を取りつくろうために設けられたに過ぎない。それも同じ人間が二股かけたために「利益相反」が見え見えになってしまったが。役所の論理にしたがえば、こういう「手抜き」が露見してしまうあたりが経産省は二流官庁と言われる理由でもある。

このままだと国民負担は最小化どころか最大化しかねない。巨額に上るとみられる除染費用は国が一部を実質負担するという話もある。国民には復興増税を求めながら、東電には大甘の税金投入で存続を認めるような話がいつまで通るだろうか。(敬称略)

著者プロフィール
長谷川幸洋

長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ)

ジャーナリスト

東京新聞論説副主幹。慶應義塾大学経済学部、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)卒。国際公共政策修士。政府税制調査会委員、日本記者クラブ企画委員など。1953年生。

   

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