NHKオンデマンドとBeeTVに「頭痛の種」

「放送と通信の融合」の未来に、映像著作権を囲い込むプロダクションの「エゴ」が立ちはだかる。

2009年9月号 BUSINESS

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NHKオンデマンドのトップページ(上)とBeeTVのサイト

やはり、大きな壁に突きあたった。NHKが放映した番組をいつでも好きな時に高速ネット回線を通じて視聴できる――という触れ込みの有料サービス「NHKオンデマンド」。放送と通信を融合させる試みの一つだが、制約がありすぎて視聴できる番組が限定され、「オンデマンド」が羊頭狗肉になりかねない。

昨年12月にサービスを開始したNHKオンデマンドの二本柱は、放送から10日以内に会員が視聴できる「見逃し番組」と、過去の番組のアーカイブから希望する番組を好きな時に楽しめる「特選ライブラリー」。面倒な録画の手間が省けることもあって、7月にはパソコン経由の登録会員数が10万件を突破した(ケーブルテレビ経由は未公表)。目標の「3年間で登録30万件」に向け順調なスタートを切ったかに見える。

『篤姫』を二次利用できず

ところが、放送番組二次利用の最大の火種――映像著作権問題が依然くすぶっている。その象徴が昨年の大河ドラマ『篤姫』だ。平均視聴率24.5%は過去10年で最高だった。12月はストーリーもクライマックスで、NHKオンデマンド開始の目玉とみられていた。ところが、「見逃し番組」ラインナップに『篤姫』が並ぶことはなかった。

主要キャストの一人が二次利用にOKを出さなかったというのが事の真相。残る出演者と権利関係者全員が応諾したにもかかわらず、たった一人の拒否で二次利用が見送られた『篤姫』のケースは、「放送番組二次利用の脆さ」を浮き彫りにした。

権利者に手を焼いているのは放送局だけではない。今年5月、芸能プロダクションのエイベックス・エンタテインメントと携帯最大手NTTドコモが、鳴り物入りで開始した携帯専用放送局「BeeTV」でも、同様の悩みが浮かび上がってきた。

BeeTVは通信主導の「放送と通信の融合」であり、iモードの有料コンテンツとして月額315円、8チャンネル21番組を提供するオンデマンド型の動画配信サービス。番組買い取り式ではなく、視聴率にあわせて収入を通信事業者と芸能プロで分け合う「レベニューシェア」方式を採用しているため、コンテンツ数が限られていた開始当初は一権利者(プロダクション)あたりのシェアが大きかったが、実施主体のエイベックスが大量にコンテンツを投入すると分配が激減、不満の声があがり始めたという。

浮き彫りになったのは、映像著作権を囲い込む芸能プロなど権利者こそ、「放送と通信の融合」の最大の障害という事情だ。従来、「がめつい著作権利者」といえば、音楽著作権の包括処理をめぐって公正取引委員会と係争中の日本音楽著作権協会(JASRAC)や、「孫のために仕事をしてきた」と言い放つ漫画家、学習塾教材の無断使用に噛みつく小説家を連想する。しかし「実演家や所属プロダクションの強烈な権利意識には到底及ばない」(放送局関係者)のが現実なのだ。

「JASRACの場合、基本的には許諾を前提にした団体。言い方は悪いが、決まった額さえ払えば使用を拒否されることはない。ところが、実演家の場合は、金額によって首を縦に振らないケースがある。JASRACのように強固な一括処理団体がないため、個別契約にならざるを得ないことが多く、結果としてコストがかさんでしまう」とこの関係者は天を仰ぐ。

NHKオンデマンドの場合、JASRACとの契約は「収入の中から一定割合を支払う」という包括契約であり、コストを見越したうえで楽曲を利用することができる。しかし映像著作権となると、そうはいかない。個別契約が求められる実演家との契約では、事前の計算が成り立たず、交渉金額が予算をオーバーした時点で「二次利用見送り」となってしまうことがままある。『篤姫』の例は、そうした実演家との交渉の難しさを示している。

これに対し、実演家側は「NHKこそ我々を軽んじている」と指摘する。「二次利用には基本的に制作費がかかっていない。だから『出演料+アルファ』で十分という考え方が根底にある。異なるメディアを通じて別途販売するのなら、放送番組出演料相当の支払いがあって然るべきだ」(プロダクション関係者)

また、別の関係者は「出演料を倍にするのは要求が過ぎるとしても、多少の金額上乗せで済ませようというのは実演家軽視と感じる。現在のベースが将来、標準金額になってしまうことを懸念する」と話す。特にレベニューシェアが採用されていない「見逃し番組」については、再生回数が契約料金に反映されず、権利者側が不満を募らせる温床になっているという。

7月末にNHKが公表した平成21年度第1四半期業務報告によれば、6月末までのオンデマンド関連支出は4億円(年40億円の見込み)。支出の主な用途は「番組配信に必要な経費や広報費等」で、権利処理および権利者との契約にかかった金額を知ることはできない。

ただ、NHKオンデマンド関係者が「権利処理にあてる金額は、一コンテンツあたりの収入の5分の1が限界」としていることから、6月末までの収入7千万円(年23億円の見込み)を基に推計は可能だ。レベニューシェアで支払われる「特選ライブラリー」やJASRACをはじめ実演家以外の権利処理も含まれるため単純計算はできないが、かつての「トレソーラ」のように支出をほとんど食い尽くすほどの計上はしていないことがわかる。

プロダクション主導を画策

民間の映像配信事業者によれば「テキストだけならコストは5割程度まで抑えられるのに、映像となるとサーバーや通信費に3割以上、コンテンツにも3割、残りで人件費などの諸経費をまかなわなければならない」ため、高い利益率を保つのは困難だという。「やはり映像系は放送がベスト」という声があがるのもやむを得ない状況なのだ。実演家個々の契約にコストを費やしていては、ビジネスが成り立つはずがない。

実演家団体のある関係者は、打開策として「映像版JASRACの創設」を挙げる。許諾を前提とした強固な管理団体を設けることで権利処理作業を容易にし、懸念材料である標準金額でも有利な交渉ができるようになるというのがその理由だ。

今年5月、芸能プロなどで構成する日本音楽事業者協会(音事協)など芸能3団体が「映像コンテンツ権利処理機構」設立を宣言。10年4月からの稼働をめざすが、「先に実演家著作隣接権センター(CPRA)を立ち上げておきながら、それを強化せずに別団体を立ち上げるのは屋上屋を架すようなもの。CPRAの上部団体、日本芸能実演家団体協議会(芸団協)も設立に賛同したが、音事協が中心となって推し進めている感は否めない」と実演家団体の関係者は指摘する。要するに実演家本人が所属するCPRAから、プロダクション中心の音事協が主導権を奪おうとしているのだ。権利者自身をも置き去りにした著作権闘争では、もはやユーザーの意見など反映される余地もない。

   

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