2025年8月号 DEEP
宮仕えの性か(2012年当時の村木厚子氏)
Photo:Jiji
自民、公明両党が旧民主党から政権を奪還後の2013年から15年にかけて、厚生労働省が自民党の公約通り、生活保護の水準を引き下げ、生活扶助費(生活費)を減額したのは違法。最高裁が6月27日の判決で国を断罪した。第2次安倍晋三政権に忖度し、減額を主導した厚労省幹部の中には、冤罪被害者の村木厚子氏もいた。病人や障害者、母子家庭などを苦しめた違法行為の顚末を追う。
厚労省のホームページなどによると、生活保護は病気や障害で就労できない人、就労できても必要な生活費を得られない人、年金や手当などの社会保障給付を活用しても必要な生活費を得られない人などに支給される。生活扶助のほか、家賃などの住宅扶助、医療費の医療扶助などがある。
生活扶助費減額の契機となったのは「年収5千万円の人気芸人の母親が生活保護を受給している」という、女性セブンの2012年4月の報道。野党自民党の片山さつき参院議員らのブログなどで、芸人がお笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんと明らかになり、河本さんは翌5月に記者会見し「税金を負担している皆さんに申し訳ない」と謝罪した。
自民党は世耕弘成参院議員(当時)を座長とする生活保護のプロジェクトチーム(PT)を新設。同年12月16日投開票の衆院選で「生活保護10%引き下げ」を公約に掲げ、公明党と合わせて325議席を得て政権に復帰した。
第2次安倍政権で田村憲久氏が厚労相に就いた翌月の13年1月、厚労省社会保障審議会の生活保護基準部会が年齢、世帯人数、地域別の生活扶助費基準額と一般低所得者世帯の消費支出との差を分析した検証結果を報告。田村厚労相は同年5月、検証結果に基づく「ゆがみ調整」と、消費者物価指数に基づき一律4.78%減額する「デフレ調整」により、生活扶助基準を引き下げる改定を告示した。引き下げは15年までに最大10%、平均6.5%。厚労省は3年間の減額で計670億円の財政効果があると発表した。
保護世帯の30代母と4歳の子が都市部で月15万円から14万1千円、町村部で12万円から11万7千円、70歳以上の夫婦は都市部で11万4千円から10万9千円、町村部で9万円から8万8千円となった。
減額を主導したのは田村厚労相、ともに12年9月に就任した厚労省の金子順一事務次官、村木厚子社会・援護局長。担当の同局保護課長は11年9月から古川夏樹氏だった。
「金子、村木両氏は旧労働省出身で、村木氏は障害者など旧厚生省の政策にも携わってきた」と大手紙の社会部記者。村木氏は「社会・援護局障害保健福祉部の企画課長時代、障害者団体と偽って安い郵便料金で家電量販店などのチラシを入れた定期刊行物を送付し、もうけていた団体に障害者団体の証明書を発行したとして、虚偽公文書作成・同行使の疑いで大阪地検特捜部に逮捕された。しかし、裁判では部下が独断で発行したと認定され、無罪が確定して職務に復帰した」と解説する。
生活扶助費を減額された生活保護受給者は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障した憲法25条に反するなどとして、14年2月の佐賀地裁を皮切りに全国29地裁に31件の訴訟を起こした。計1027人に上る原告と弁護団は「いのちのとりで裁判」と名付けた。
ベテランの司法記者によると、中日新聞の白井康彦編集委員(現フリーライター)が改定直後から、デフレ調整に使われた消費者物価指数(CPI)が所管の総務省のものではなく、厚労省が独自に算出した「生活扶助相当CPI」という恣意的なものだとする記事を書いてきた。
基準部会にも諮られていない、この生活扶助相当CPIは原油高騰などで物価が高かった08年と下落した11年を比較。家賃や教育費、保護世帯が支出しない自動車関係費やNHK受信料などを除くと、物価の下落率は4.78%となった。ところが、総務省のCPIで08~11年の物価下落率は2.35%。生活扶助CPIでは、この時期に値下がりした家電の価格が大きく反映しているが、保護世帯が家電を買い替えるのは15~20年に1度で、白井編集委員はデフレ調整を「物価偽装」と批判した。
一方、北海道新聞の本田良一編集委員(現ジャーナリスト)は情報公開請求で、村木、古川両氏がPT座長の世耕氏に減額を説明したときの内部資料を入手。ゆがみ調整では、生活保護基準部会の検証結果を2分の1しか反映させていなかったことが分かり、16年6月以降、報じてきた。この「2分の1処理」は全く公表されなかった。
「一般低所得者世帯とのゆがみ調整では年齢、世帯人数、地域によって減額と増額がある。過半数を占める高齢者世帯のうち単身世帯が増額となるので、2分の1処理をしたのではないか。物価偽装と合わせ、自民党のための減額としか思えず、村木氏が13年7月、事務次官に昇進したのは論功行賞だろう」と司法記者は見ている。
いのちのとりで裁判は物価偽装と2分の1処理の判明で、6月11日の前橋地裁判決までに地裁20勝11敗、高裁7勝5敗。最高裁判決は原告勝訴の名古屋高裁訴訟と国が勝訴した大阪高裁訴訟の上告審だった。
最高裁㐧3小法廷は「旧厚生省の審議会が意見具申した1983年以降、生活扶助は最低限度の消費水準を保障するとされてきた。物価の変動が直ちに同程度の消費水準の変動をもたらすものとはいえないのに、デフレ調整で基準部会にも諮らず、物価変動率のみを直接の指標としたのは、専門的知見との整合性を欠き、厚労相の判断の過程と手続きには過誤、欠落があり違法」(要旨)として減額の改定を取り消した。
物価偽装には言及せず、原告のゆがみ調整も違法とする主張と慰謝料請求は退けた。裁判官5人のうち4人の意見が通り、宇賀克也裁判長は慰謝料も含め原告の請求を全て認める反対意見を述べた。55歳のときに病気で視力を失った原告の千代盛学さん(71)は報告集会で「弁護士が手を握ってくれて勝ったんだと思った。国は今後こういう裁判が起きないようにしてほしい」と話した。
厚労省は7月10日現在、原告に謝罪していないが、全受給者に減額分を支給しなければならず、現在の支給額にも影響しているため、その額は1千億円とも2千億円とも言われている。ただ原告のうち232人は裁判中に亡くなっている。
財務省の理財局長当時、安倍政権に忖度し、森友学園への国有地払い下げを巡って公文書改ざんを指示した佐川宣寿国税庁長官と、安倍政権の「守護神」と言われた黒川弘務東京高検検事長は辞任に追い込まれたが、退官している金子、村木両氏らはどんな形で忖度の責任を取るのだろうか。田村、世耕両氏も責任を問われるべきだ。