視聴者側に「スポーツ実況=男子アナ」という思い込みがあり、視聴者の苦情を真に受けるテレビ局はどうかしている。
2025年4月号
LIFE
by 三山秀昭(広島テレビ社長、会長を経て顧問。広島大学特別招聘教授)
箱根駅伝を実況した杉野真美アナ(日テレHPより)
プロ野球が3月末に開幕。それに先立ちメジャーのドジャースVSカブスの開幕戦も東京ドームで開催され、大変な盛り上がりを見せた。Jリーグ、春の選抜高校野球、大相撲春場所と春はスポーツ満開だ。ただ、これらを中継するテレビの実況に女子アナが登場することはまずない。なぜなのか――。
歴史を遡れば女子アナのスポーツ中継は皆無ではない。古くは1996年のアトランタ五輪の女子マラソンで有森裕子さんが銅メダルを獲得した際、テレビ朝日の宮嶋泰子アナが実況した。99年夏の高校野球甲子園大会で赤江珠緒アナ(朝日放送)が実況した。NHKは「希望する女子アナは男子同様に育成している」として高校野球の地方大会などで女子アナが実況することがある。しかし、甲子園大会となると女子アナは姿を消し、昨年夏はゼロだった。「アルプススタンド」からの応援レポートでは登場するが、メインの実況アナではない。
新春の風物詩となった箱根駅伝、今年、日本テレビの杉野真実アナが平塚中継所で実況中継した。今年が101回目の「箱根」の歴史でラジオも含めて史上初だった(日テレの中継は1987年から)。スポーツ界やメディアで話題になった。裏返せばニュースになるほど、女子アナのスポーツ実況中継はごく稀なのだ。
なぜ? その一つは男性と女性の声の質の違い。男性は声域の低い方からバス、バリトン、テノール、女性ではアルト、メゾソプラノ、ソプラノの順だ。男性の声は低音域、女性は高音域。「男性の声は重厚で、女性の声は明るく軽やか」とされる。スポーツ中継の場合、競技によっては2時間近い放送になり、「高音域の女性の声が続くと耳に痛く感じる」という専門家の指摘もある。
また、「スポーツ中継ではプレーの展開次第で声の強弱や高低を変化させて伝えなければならないが、女性は声域が狭く、男性に比べ不向き」(地方局男子アナ)だという。「女子アナが興奮すると声が甲高くなり、不快だ」とか、中には「男子アナに変えて」いう視聴者のクレームがテレビ局に寄せられる。また、スポーツでは選手は呼び捨てが通例だが「女子アナが選手を呼び捨てにするのは違和感がある」という声も。
声の問題とは別にアナウンサーの起用方法も背景にある。「女子アナは新人でもすぐデビューし、情報番組のサブアナなどに抜擢される。スポーツ中継はキャンプや練習、放送しない日の試合も見てスコアブックを付け、データや選手の生い立ち、得意、不得意などを知っておかなければならない。新人アナがすぐデビューするとそんな鍛錬の期間がない」「スポーツ実況では瞬間的判断とアドリブなど特別なスキルが求められる。それには場数と知識が必要で時間がかかる」「女子アナもスポーツニュース希望者はいるが、実況となると希望者はそう多くない」という事情もあるようだ。
箱根駅伝での日テレ・杉野アナは入社13年のベテラン。「浜辺に寄せる波音が力強く響く湘南海岸、選手には追い風、気温は3.5度、海から山へタスキをつなぐ4区です」と、最初は入念に考えた内容を低めの声でレポートした。そして「平塚中継所に最初に姿を見せたのは伝統の深紅のタスキの中央大学です。本間颯(はやて)がやってきました」と、選手名を男子アナ同様に呼び捨てでアナウンスした。
視聴者側には「スポーツ実況=男子アナ」という思い込みがあり、テレビ局は視聴者の声も無視はできない。双方が絡み合っているのだ。欧米でも同様な傾向が見られる。
高校野球地方大会、バレーボール、マラソンなどで、女子アナを起用する例は増えてはいるが、プロ野球やJリーグなどシーズンが長いスポーツは「声域」問題に加え、「情報の蓄積」の面でハードルは高いようだ。春到来、様々なスポーツのテレビ中継を見聞きしながら「女子アナとスポーツ中継」に思いを巡らせてみるのもまた愉しからずや、か。