号外速報/「三大生活習慣病」の診療代/患者に付け込む「便乗値上げ」が横行/ジャーナリスト・杉谷剛

号外速報(1月26日 13:00)

2025年2月号 DEEP [号外速報]
by 杉谷剛(東京新聞編集委員)

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2026年度は2年に1度の診療報酬の改定年度に当たる。医療費の総額を左右する改定率の決定は前年末の予算編成時に行われ、最後は官邸を舞台に「首相裁定」による政治決着に持ち込まれることが多い。

今年も春から厚生労働省の「中央社会保険医療協議会」(中医協)を中心に議論が本格化し、年末の改定率決定に向け、自民党や日本医師会(日医)と、財務省との攻防が激化するとみられる。その際、焦点の一つになりそうなのが、シニアや高齢者に多い3つの生活習慣病の診療代だ。

昨年6月の改定で、高血圧、糖尿病、脂質異常症にかかる診療代の算定(請求)方法が変更された。診療所やクリニックによる頻回な診療を防ぎ、医療費を適正化するのが狙いだが、改定を機に、従来よりも高額な診療代を請求する医療機関が現れている。改定を口実にした診療代の「便乗値上げ」だ。

「黙っていたら年1万2千円の値上げ」

2年前から高血圧で、近所のクリニックに月1回通院中の関西地方の50代の女性。診療報酬が改定される直前の昨年5月の診療代は、再診料(750円)や「特定疾患療養管理料」(2250円、以下特定疾患管理料)など計5060円で、窓口で自己負担分3割分の1520円を支払った。

ところが、改定後の6月の支払いは2470円と950円アップした。診療明細書を見ると、特定疾患管理料の代わりに「生活習慣病管理料(Ⅰ)高血圧症を主病」(6600円)という新しい項目があった。

「受診した際、医師から『診療報酬改定があって値上がりするんですよ』と言われましたが、何の説明もなしに、年1万2千円の値上げは納得できませんでした」

特定疾患管理料とは、高血圧や胃炎、ぜんそくなど国が定める約30の疾患の診療で、「かかりつけ医が計画的に服薬や運動、栄養などの管理や指導を行ったとき」に算定(請求)できる。昨年6月の改定で、対象疾患から高血圧など3つの生活習慣病が外れ、代わりに新たにできた「生活習慣病管理料(Ⅰ)」か「同(Ⅱ)」で算定することになった。

■図1 生活習慣病の診療代の改定

女性がネットで調べると、中小の多くの病院や診療所が、次のような告知をホームページに載せていた。

「6月に『特定疾患管理料』の対象から糖尿病、高血圧症、脂質異常症が除外となり、厚生労働省の指針に従い、該当の患者様は新たに生活習慣病管理料(Ⅱ)へ移行します」

(Ⅱ)は3330円で、高血圧なら6600円の(Ⅰ)の半額だ。(Ⅰ)は脂質異常症なら6100円、糖尿病なら7600円で、3330円と定額の(Ⅱ)に比べればかなり高額だ。

(Ⅰ)は検査や注射、病理診断などが込みの料金で、検査の多寡にかかわらず料金は同じなため、検査を多く行うなら割安だが、少なければ割高となる。一方の(Ⅱ)は、検査代などは実施のつど加算する出来高払いのため、(Ⅰ)よりも安い。女性はそれまで検査を受けたことはなかった。

「どうして他の病院のように、特定疾患管理料から生活習慣病管理料の(Ⅱ)に移行せず、(Ⅰ)を請求したのかしら」

女性は次回の診察時に説明を聞こうと、質問を手紙にしたためて受付に託した。

「私は血圧測定と問診以外に検査などは受けておらず、今回その費用が上乗せされ、包括となる理由が見当たりません。(Ⅱ)で算定されるべきだと考えます」

6月下旬に女性が再び受診すると、今度は院長が応対した。女性が説明する。

「院長先生から『お手紙を読みました。(Ⅱ)にしたいんですね。訂正します。すみません』と言われ、新しい明細書を受け取りました。差額の980円は現金で返ってきましたが、黙っていたらそのままだった。私と同じような目に遭っても何も言わない人の方が多いのではないでしょうか」

生活習慣病は「開業医の聖域」

厚生労働省の調べで、20年の高血圧疾患の患者は1511万人。糖尿病は579万人、脂質異常症は401万人で、3つの生活習慣病が、入院を含めてケガや病気の総患者数の上位3位を占める。また、21年度の外来医療費15兆5474億円のうち、高血圧性疾患は1兆5151億円、糖尿病は9340億円と、この2つだけで2兆4491億円と16%を占めた。放っておけば、心筋梗塞や脳梗塞、脳出血など、より深刻な病気の原因になりうる。

昨年の改定まで、3つの生活習慣病の継続的な診療には、特定疾患管理料を算定(請求)するのがほとんどだった。同管理料はかかりつけ医を対象としているため、算定できるのは中小の病院や診療所に限られる。

入院病床が20床未満の医療機関である診療所が2250円と最も高く、100床未満は1470円、200床未満は870円と大きく差がついている。算定の9割以上は3つの生活習慣病の診療によるもので、「開業医の聖域」とささやかれてきた。

本来は食事や運動、生活ぶりなど、患者に詳しく問診し、カルテに記録しないと算定できない。だが、患者をろくに診ずに、処方箋だけを渡す「お薬受診」で算定したり、患者を診ずに処方箋だけ渡しても事実上算定できるなど、長年のうちに既得権と化していた。

3つの生活習慣病にかかる特定疾患管理料は診療所やクリニックの収入の柱だった。東京都内のベテラン開業医が説明する。

「たとえば毎日20人の患者に月1回ずつ算定すれば、月20日の診療で売り上げは年1080万円となる。通常は他に再診料や処方箋料があり、『外来管理加算』と『特定疾患処方管理加算』も併せて算定できたので、トータルの売り上げは約2300万円となる」

特定疾患管理料は月2回まで算定できるので、症状が安定していれば月1回、もしくは2、3カ月に1回の通院ですむ患者にも、利益を優先して月2回来させれば、収入はさらに倍近くになる。政府関係者が説明する。

「生活習慣病の診療代を膨張させている必要以上の診療をなくそうと、昨年の改定で特定疾患管理料の代わりの受け皿として生活習慣病管理料(Ⅱ)を新設し、算定回数を月2回までから月1回へと減らした」

算定回数を半分にすることで、医療費の適正化につながるとみたが、筆者の元には「検査をほとんどしないのに(Ⅰ)を算定された」「薬の長期処方をお願いしたら『それはこちらで決める』と怒られた」といった情報が患者から多く寄せられている。

■図2 生活習慣病管理料Ⅱの算定イメージ

「うちは全部(Ⅰ)で算定」と豪語

生活習慣病管理料は(Ⅰ)も(Ⅱ)も療養計画書を作成して患者の同意署名を取り付けることが必要になった。ベテラン開業医は「知り合いの医師は『算定の手間は一緒だから、うちは全部(Ⅰ)で算定する』と豪語していた。患者の負担を考えると、そんなことはできない」と話す。

仮に月に20日間、毎日20人の生活習慣病の患者に(Ⅱ)を算定すれば、売り上げは年約1600万円。一方、同じ条件で(Ⅰ)を算定すれば、一番金額の少ない脂質異常症で計算しても、売り上げは約2930万円と倍近くになる。

健康保険組合連合会(健保連)がかつて、2014年10月からの2年間に、高血圧と脂質異常症の薬を継続的に処方され、特定疾患管理料を算定された35・4万人のレセプトを分析したところ、200床未満の病院は2カ月に1回算定していたのに対し、診療所は1・1カ月に1回の割合だった。

その際の国際文献調査で、「欧州高血圧学会・欧州心臓病学会」は降圧剤による高血圧の治療について、目標血圧に到達後は数カ月に1回の診察を推奨。「カナダ高血圧教育プログラム」は、同様に目標到達後は3~6カ月の間隔で、経過観察を行うとしていた。

脂質異常症は「日本動脈硬化学会」のガイドライン(2017年版)で、定期的な検査のタイミングを「薬物療法開始後、半年間は2~3回程度、その後は3~6カ月に1回程度」と示していた。これらに照らせば、高血圧などの診療は症状が安定すれば、おおむね3~数カ月に1度で足りることになる。

■図3 高血圧と脂質異常症の経過観察中のガイドライン

「なぜ(Ⅰ)なんですか」と問い質せ!

「生活習慣病の場合、うちは患者さんの状態が安定していれば、診療と薬の処方は3カ月に一度が基本です」。そう話すのは大阪市北区の「T・I・C谷口医院」の谷口恭院長。日本では数少ない総合診療医だ。

生活習慣病管理料の算定も「それなりの指導をした場合に限っているので、しないことも多々ある。(Ⅰ)は点数がやたら高くて現実的ではない」と一蹴する。だが、日本では谷口さんのような開業医はおそらく少数だ。

経済協力開発機構(OECD)の21年のデータで、日本の一人あたりの年間外来受診は11・1回で、15・7回の韓国に次いで2位。先進32カ国の平均は6回で、日本はその倍近い。

政府は昨年度、生活習慣病管理料の再編や処方箋料の減額で、国民医療費の0・25%、1222億円のマイナス効果を見込んだ。だが、患者の従順さに付け込むような便乗値上げが横行すれば、絵に描いた餅で終わる。

診療代の便乗値上げに対抗するにはまず、「なぜ私の場合は(Ⅰ)なんですか」と医師を問い質すことだ。それでも駄目なら通院先を変えるのが良い。無駄な医療費を減らすには、患者が医師を選ぶのが最も効果的だ。

著者プロフィール
杉谷剛

杉谷剛(すぎたに ごう)

東京新聞編集委員

   

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