公安部の警部補が訴訟で事件は捏造だと証言。それでも東京都と国は謝罪するどころか、控訴に及んだ。
2024年4月号 DEEP
東京地裁が国家賠償請求訴訟の判決で捜査、起訴を違法と認定し、東京都と国に計約1億6千万円の支払いを命じた大川原化工機事件。捜査と起訴だけでなく、検察官の主張を真に受けて、同社の大川原正明社長ら3人の保釈請求を繰り返し退け、約11カ月も身柄を拘束した「人質司法」も断罪されなければならない。保釈を許さなかった裁判官18人の名前とその「罪状」を詳述する。
記者会見する(左から)大川原社長、元取締役の島田順司さん、亡くなった相嶋さんの長男(2023年12月27日)
Photo:Jiji Press
大川原化工機は横浜市の機械メーカーで、液体を霧状にして熱を加え、乾燥させて粉末を作る噴霧乾燥器が主力製品。粉ミルクやインスタントコーヒー、調味料、漢方薬などの製造に使われ、中国や韓国、イタリアなどへも輸出している(同社ホームページ)。
東京地裁判決によると、警視庁公安部は2017年5月頃、同社の噴霧乾燥器は生物化学兵器の製造に転用される可能性があり、経済産業省令で輸出には許可が必要なのに得ていない疑いがあるとして捜査を始めた。
3年近くたった20年3月、中国へ無許可輸出したとして、大川原さんと同社の島田順司取締役(後に辞任)、相嶋静夫顧問が外為法違反容疑で逮捕され、法人ともども起訴された。同年5~6月には、韓国への無許可輸出容疑で再逮捕、追起訴された。
「噴霧乾燥器には温度が上がりにくい場所があり、内部を完全に滅菌できない。作業員に危険が伴い、生物化学兵器の製造には使えないことは、正しく実験すればすぐ分かる。地裁判決は通常の捜査をしていれば、省令に該当しないことは判明したはずだと穏やかな表現だったが、公安部の警部補が訴訟で証言した通り、事件は捏造だ。当時の安倍政権が経済安保を掲げたので、関連事件を挙げ、出世を目論んだ輩と忖度した連中がいたのだろう」と同社関係者は見る。
検察関係者によると、3人と法人は東京地検の塚部貴子検事が起訴、追起訴したが、公判担当の駒方和希検事が実験で温度の上がりにくい場所があることなどを確認。有罪の立証は困難と判断し、第1回公判4日前の21年7月30日に全ての起訴取り消しを裁判所に申し出た。
ベテランの司法記者は「犯罪をでっち上げ、それが地裁判決で認定されても、東京都と国は謝罪するどころか、控訴に及んだ。そんな姿勢だから、警視庁が省令に該当するとなかなか言わない経産省の担当課に圧力をかけたことや、学者から聴取した内容を改ざんしていたことが次々に内部告発されている。もっと出るのでは」と話す。
捜査、起訴と同様に問題があった身柄拘束。刑事訴訟法は①裁判所は被告側が請求すれば、殺人といった重罪で起訴されたときや罪証(犯罪行為や量刑の証拠)隠滅を疑う相当な理由があるときなどを除き、保釈しなければならない、②①で除外された場合でも罪証隠滅の可能性や身柄拘束による健康上、防御の準備上などの不利益を考慮して職権で保釈できる、③保釈の判断では、検察官から意見を聴かなければならないと定めている。
また公判開始前は審理を担当する裁判官への予断を排除するため、保釈の許否とその決定への不服申し立て(準抗告)の当否は審理を担当しない裁判官が判断する。東京地裁では、身柄関係の裁判を専門に行う刑事14部の裁判官が保釈の許否を判断し、準抗告は刑事部の中で公判を担当しない部が審理することになっている。
同社関係者によると、3人の弁護人は20年4月、保釈を請求した。しかし、検察官が③の意見聴取で「関係者と口裏合わせをするなどの罪証隠滅を図る危険性が高い」などと主張し、14部の遠藤圭一郎裁判官は罪証隠滅を疑う相当な理由があるとして請求を却下。準抗告も8部の蛭田円香、坂田正史、島尻大志各裁判官が罪証隠滅のおそれを認めて棄却した。検察官はその後も一貫して罪証隠滅の可能性を主張し続ける。
3人の2回目、3回目の保釈請求は同年6月と8月。それぞれ遠藤裁判官と14部の宮本誠裁判官に却下され、準抗告も15部の楡井英夫、赤松亨太、竹田美波各裁判官と8部の蛭田、島尻、佐藤みなと各裁判官に棄却された。いずれも罪証隠滅のおそれがあるというのが理由だった。
相嶋さんは同年9月、東京拘置所で貧血となり、輸血を数回受けた。弁護人は外部の病院で治療する必要があるとして、相嶋さんの4回目の保釈請求をしたものの、14部の本村理絵裁判官はまたも罪証隠滅を疑う相当な理由があるとして許可しなかった。
同年10月に勾留の一時停止を受けて受診した大学病院で、相嶋さんは進行性胃がんと診断された。既に手術はできず、入院して抗がん剤治療を始めるため、5回目の保釈請求をしたが、14部の牧野賢裁判官はそれでもなお罪証隠滅の可能性を理由に退けた。
同年12月の大川原さんと島田さん4回目、相嶋さん6回目の保釈請求は14部の三貫納隼裁判官が退け、準抗告も1部の守下実、家入美香、一社紀行各裁判官が棄却したが、5回目と7回目の請求で保釈が許可された。ところが、検察官が準抗告すると、6部の佐伯恒治、室橋秀紀、名取桂各裁判官が罪証隠滅のおそれがあるとして許可を取り消し、3人の保釈を認めなかった裁判官は計18人に上った。
6回目と8回目の請求では、検察官の準抗告も棄却され、3人は2021年2月5日、ようやく保釈された。その2日後、勾留の一時停止により入院していた相嶋さんが亡くなった。
同社関係者は「争点や証拠を順次決めていく公判前整理手続きが進み、保釈されたと聞いた。保釈しなかった裁判官や検察官には、死期が迫って寝たきりでも可能な罪証隠滅行為をぜひ教えてもらいたい」と憤る。
罪を認めなければ保釈されず、勾留が長期に及ぶ現状は、被告の身柄を人質にして有罪判決を得ようとする「人質司法」と国内外でずっと批判されてきた。
刑事事件を多く手がける東京都内の弁護士は「身柄拘束の決定権を持つ裁判官も人質司法を担っている。検察官の言いなりではなく、どんな罪証隠滅が予想され、その実行可能性や実効性を具体的、現実的に検討し、判断すれば状況は変わる」と言う。
その上で「有罪立証ができなかった大川原化工機事件は罪証自体が乏しかったはずで、その隠滅が可能なのかどうかを真面目に検討したのだろうか。相嶋さんの死期を早めたことも含めて、検察官と裁判官18人の責任は極めて重い」と指摘している。