医師、薬剤師、薬剤問屋、そしてサイト管理者らは「劇薬をサプリのように売りさばいている」。
2024年4月号
DEEP
by 黒澤 恵(医学情報レポーター)
食事・運動療法と週1回のウゴービによる治療を勧めるノボノルディスクファーマのパンフレット
去る2月22日、肥満症治療薬「ウゴービ」が発売された。笑みを押し殺せない「悪徳」医師もいたのではないか。彼らにとってウゴービ新発売は「GLP-1ダイエット」へのお墨付きにほかならないからだ。説明しよう。
「GLPダイエット」とは、ウゴービなど「GLP-1アナログ」(後述)と呼ばれる薬剤を用いた減量を指す。しかし「GLP-1アナログ」はこれまで、血糖を下げる処方薬(糖尿病治療薬)として売られてきた(「ビクトーザ」、「オゼンピック」、「リベルサス」など)。
そのため悪徳医師たちはGLP-1ダイエット希望者をウェブ上で募り、多くの場合オンライン診療で糖尿病の検査もせずに「2型糖尿病」と診断。処方箋を交付して、関係するサイト経由でGLP-1アナログを購入させてきた。しかしそれでは「糖尿病治療薬で減量」という説明となる。少し「すわり」がよろしくなかった。しかし今回発売されたウゴービは「肥満症治療薬」である。「肥満症」は「単なる肥満」と異なるが、一般人にとっては同じだろう。
そのためウゴービ発売により、GLP-1ダイエットビジネスにかかわる医師たちは「国が認めた肥満症のお薬がありますよ」と説明できるようになったのだ。笑いがとまらないのも無理はない。
「GLP-1アナログ」(アナログ=類似体)というのは、生体内に元から存在するGLP-1というホルモンを擬した化学物質である。ではなぜ、GLP-1アナログで体重が減るのか。簡単に言えば「早く満腹になるから」だと説明される。その仕組みは2つある。1つは、胃から腸への食べ物移動を遅延する作用だ。そのため食べ物が腸に移動する前に胃でうっ滞し、早めに満腹を感じやすくなる。もう1つは、脳の満腹中枢への作用である。GLP-1アナログはこの中枢を直接刺激して満腹感を演出し、食欲を落とす。つまりGLP-1ダイエットは減量につきものの空腹感に苛まれることなく、体重を落とせる。これが人気の秘密だ。
そしてGLP-1ダイエットが大人気となった結果、市場では品薄となり、GLP-1アナログを本当に必要とする2型糖尿病患者が入手困難となった。厚生労働省、および日本糖尿病学会など関連学会が不適切処方を戒める文書を発出するに至ったほどである。
しかし良いことばかりではない。このGLP-1ダイエットにはすでに、安全性への懸念も指摘されている。わが国大手メディアが報じない情報も含め、紹介したい。
まず少なからぬ専門家が当初から懸念を表明していたのが「サルコペニア」惹起の危険性だ。「サルコペニア」とは「筋肉量や筋力の低下」を意味する。一般的には高齢者における「寝たきり」の危険因子として注目されているが、それだけではない。サルコペニアになると「死亡」リスクも増加する。過去の研究をまとめた2020年の解析によれば、平均50歳の人がサルコペニアになると死亡リスクは「2倍」に上昇する。看過できない数字だ。そのサルコペニアを引き起こす危険性が、GLP-1アナログでは指摘されているのだ。
なぜか。それはこの薬が「脂肪」を減らすのか、それとも「筋肉」まで落としてしまうのか、必ずしも明らかではないためだ。今日までさまざまなデータが報告されている。しかし見解の一致には至っていない。必要な筋肉まで減量してしまえば当然、サルコペニアのリスクは上昇する。
また「GLP-1ダイエット中止後の体脂肪増加」にも触れねばならない。GLP-1ダイエットは中止するとすぐに太る。元に戻るだけではなく、体重が5%以上減らなかった人では中止により体重は使用前よりもかえって増える。これは臨床試験で明らかになった。そして「体脂肪率」も、GLP-1ダイエット中止後の体重増加に伴い開始前より増える、つまり使用前よりもより不健康な肥満体となる。これは最近、デンマークの研究者が報告した。
さて、「太るか禿げるかどちらか選べ」と言われたら、人はどちらを選択するだろう。というのもGLP-1ダイエットには「脱毛症」を引き起こす可能性が指摘されているのだ。米国では一定数が有害事象として報告されたため、食品医薬品局(FDA)が昨年、調査を始めた。ちなみに「有害事象」とはある薬を使った際に発現するあらゆる健康上の問題を指し、薬により引き起こされる(=因果関係が証明された)「副作用」とは異なる。つまり現在、「脱毛症」が「副作用」かどうかを調査中ということだ。
ともあれ「容姿維持」のために始めたGLP-1ダイエットで髪が薄くなってしまっては、元も子もないのではないか。
「自殺思念」――。この重大な危険性もFDAは調査を進めている。こちらも有害事象として一定数が報告されたためである。本年1月の中間報告では因果関係を否定するには至らなかった。「既存抗肥満薬に比べ自殺思念を増やすわけではない」とする論文も出たものの、本稿執筆時(3月上旬)FDAは調査を継続中である。この「自殺思念」リスクは欧州でも同様に懸念されており、欧州医薬品庁は昨年7月、調査を開始した。結論はまだ出ていない。
欧米の一般向けニュースメディアはこの「自殺思念」や「脱毛症」の懸念を大々的に報道した。もしもGLP-1ダイエットと因果関係があれば問題だからだ(特に自殺思念)。翻って日本のマスメディアは、ほとんどが「スルー」だった。
脳に作用する抗肥満薬には、暗い過去がある。「リモナバン」という名の薬だ。
禁煙補助薬として開発の途中で食欲抑制作用が明らかになり、2006年、抗肥満薬として売り出された(日本未発売)。しかし2年後、自殺思念や精神神経上の副作用が問題となり、市場から姿を消した。
これを受け「脳中枢に作用する抗肥満薬は食欲以外にも作用する恐れがある」との認識が生じる。もっともGLP-1アナログが脳内で作用する部位は、リモナバンとは異なる。しかしGLP-1アナログも「1~5%未満」、「0・2~1%未満」とはいえ「神経系障害」や「精神障害」の副作用が確認されている(製品添付文書)。「満腹中枢」以外に作用している可能性は否定できないのだ。「自殺思念」への警戒は、このような文脈の上にある。
とはいえ医薬品として承認されている以上、正しく使う限りGLP-1アナログには安全性への懸念を上回るメリットがあるはずだ。まともな医師であれば安全性も担保されるだろう。しかし形だけの遠隔診療のみで、まるで健康食品のようにGLP-1アナログを(事実上)売りさばく医師ならば話は別だ。
GLP-1アナログの法律上の位置付けは多くの処方薬と同じように「劇薬」である。不適切なGLP-1ダイエットに加担している医師、薬剤師、薬剤問屋、そしてサイト管理者は「劇薬をサプリのように売りさばいている」ことになる。問われるのは「道義的責任」だけだろうか。