号外「核心インタビュー」/なぜ、「テレビ不祥事」が噴出するのか/業界を知り尽くす元テレビマン、田淵俊彦氏に聞く

(3月2日 13:50)

2024年3月号 LIFE

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日本テレビが放映したテレビドラマ「セクシー田中さん」

視聴率の「稼ぎ頭」だったタレントがテレビから消え、テレビ業界の対応が迷走している。旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創設者、ジャニー喜多川氏をめぐる性加害問題が発覚し、松本人志氏の性的行為強要疑惑が報じられたことで、芸能事務所や特定のタレントに依存してきた体質の矛盾が一気に噴き出した。

日本テレビで放送されたドラマ『セクシー田中さん』の原作者が急死した問題では、原作の扱いをめぐるトラブルがあった可能性が指摘されている。

テレビ東京で37年間番組制作に携わり、今年1月に話題の新書『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)を出版した桜美林大学教授の田淵俊彦さんに、テレビ業界を巡って続発する問題の背景に何があるのかを聞いた。

芸能事務所の意向でタレントを「ベタ置き」

話題の新書『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)(顔写真は、著者の田淵俊彦桜美林大学教授)

――ジャニーズ問題や松本人志氏の番組降板でのテレビ業界の対応が迷走しています。番組スポンサーや芸能事務所の意向を気にしすぎるように見えるのですが。

田淵 テレビ離れで各局とも放送収入が減っているとはいえ、スポンサーから得る収入は、なお最大の収益源です。テレビ局自体はスポンサーの意向を気にするのは、仕方がない面もあります。番組に多額の資金を提供する冠スポンサーなどが、遠回しに「わが社のCMに出ているタレントをドラマに出してほしい」と、キャスティング(配役)に注文をつけてくることもあるほどです。

しかし、現実は、スポンサーに忖度したテレビ局の営業が、「CMのタレントさん使えませんかね」と言ってくる方がずっと多い。

自動車メーカーがスポンサーの刑事ドラマで、営業が「殺人の手口にひき逃げはやめてください」「逃走時は犯人にシートベルトをさせて」と言ってきたり、製薬メーカーが提供するドラマで、犯行の手口に睡眠薬を絡めるのはNGになったりした例を聞きます。

最近は、バラエティー系や情報系の番組でも、スポンサーが指定された店で買い物をしたり、グルメ対決をしたりするタイアップ企画が多くなりました。

芸能事務所の意向に配慮したキャスティングも多いですね。こんな売れっ子のタレントがよく出演したなあと思って見ていると、まず間違いなく番組や映画の宣伝がついてきます。

大きな芸能事務所は、高い視聴率が期待できるゴールデンタイムなどのドラマ放送枠に、所属タレントをあらかじめあてがう「ベタ置き」*をしたがります。テレビ東京みたいな弱い局は、事務所から「その時期は他局に預けているからダメ」と断られてしまう。そんな場合は、だいぶ前から企画を練って「脚本を送るので出演をご検討ください」とお願いしても、「送らなくていい」と、読んでもくれません。

*ベタ置き/高い視聴率が期待できるゴールデンタイムなどのドラマ放送枠に、芸能事務所が出演するタレントをあらかじめあてがうこと。ドラマの内容が何も決まっていない放送の数年前から行われ、主演のタレントにあわせてドラマの内容が決まることもある。(本誌編集部)

テレ東「ジュニア・スキャンダル」の顚末

性加害の事実を認めたジャニーズ事務所の記者会見(2023年9月7日)

――昨年表面化したジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創設者、ジャニー喜多川氏の性加害問題では、テレビ局が問題を知りながら、事務所に忖度して見て見ぬふりをしてきたと言われました。

田淵 私はテレビ東京でジャニーズ事務所との調整を担当する「ジャニ担」をしており、事務所の子たちが「ジャニーさんが部屋に入ってきてお小遣いをくれた」「ジャニーさんに追いかけられて大変だった」と話していたのを聞いていました。ジャニーズ事務所の子はみんなライバルで、自分がいかにジャニー氏に気に入られているかを自慢しあっていたんです。

彼らが性被害を受けていたことは会話を聞いていればわかったわけですから、具体的に打ち明けられたり相談されたりしなくても、苦しんでいる子がいるのでは、と気づかなければいけなかった。当時のテレビ業界のモラルは非常に低く、私もそのひとりでした。多くの子が傷ついていたことを後に知って、踏み込んだ行動ができなかったことを大変後悔しています。

ジャニー氏はともかくトラブルが大嫌いでした。副社長だった姉のメリー氏が、不祥事を書き立てられたり、大きく報じられたりしないようにしてきました。その一例がテレ東の社員ではない番組関係者がジャニーズJr.の少年たちを忘年会という口実で連れまわし、飲酒や喫煙をしているところをフライデーにすっぱ抜かれた「ジュニア・スキャンダル」です。

この時の経緯は私の本に詳しく書いていますが、ジャニーズ事務所は「すべての責任はスタッフの管理責任を怠ったテレ東にある」と番組の即時打ち切りを通告し、テレ東に謝罪の記者会見を開くよう求めました。テレ東が会見を拒否すると、事務所は所属タレント全員をテレ東から引き揚げ、テレ東の番組には数年間、ジャニーズのタレントは出演しませんでした。

こういった「ジャニーズ事務所にたてつくと痛い目にあう」という長年の刷り込みによって、はれものにさわるような対応が染みついてしまったのです。

ジャニー氏が性加害問題で訴えられたことは前にもあったし、元フォーリーブスの北公次氏がジャニー氏から性被害を受けた経験を告白した本もみんな読んでいましたが、黙っているしかありませんでした。

「バーター(抱き合わせ出演)」の相互依存体質

――最近では、ダウンタウンの松本人志氏の性的行為強要疑惑が報じられています。松本さんは裁判に集中することを理由にすべての番組から降板しました。

田淵 松本氏は無実を主張しており、現段階で彼が悪いとは断定できません。

ただ、率直に言って、スポンサーが松本氏を起用したCMを止めるなどの対応をするまでは動かない、というテレビ局の姿勢には疑問を感じました。先に動いてスポンサーの意向に反してはいけないからでしょう。

ジャニー氏の性加害問題の時の対応はとてもお粗末でした。スポンサーが動かなくても、テレビマンには「放送文化を担っている」という気概を持って「いや、ダメでしょう」と言ってほしかった。

――タレントの人気に依存して、番組制作のイニシアチブをスポンサーや芸能事務所に握られてしまったテレビ局は放送文化の担い続けられるのですか。

田淵 実際にジャニーズのタレントは仕事熱心で、いい演技をしてくれました。ベタ置きのタレントが視聴率を稼ぎ、テレビ局も楽ができる。視聴率が上がればスポンサーも喜ぶし、数年先までタレントの出演が確約されて、事務所も安心できます。

でも、大きな事務所は、ベタ置きしつつ新しい人の出演枠を確保するため「バーター(抱き合わせ出演)」を持ちかけてきます。次に売り出したいタレントをテレビに出しておき、ベタ置きしていたタレントの人気が落ちてきたところで、さっと入れ替える。これではタレントの顔ぶれが代わるだけで、テレビ局と芸能事務所、そして芸能界の相互依存体質は何も変わりません。

――歪んだ体質が温存されてしまっている背景には、相変わらずの「視聴率至上主義」があるのでは。

田淵 視聴率は今でもテレビが視聴者本位につくられているかを測る大切な指標で、良くも悪くも評価してもらう仕組みがなければ、もっと良くしようという意欲がわきません。しかし、視聴率がすべてと考えて、テレビ局自ら付加価値をつけていった結果、自分で自分の首を絞めてしまっていることも事実です。最近では個人視聴率という指標が使われるようになってきましたが、従来の視聴率を深掘りしただけで、世帯視聴率に代わる指標にはなっていません。

配信に活路を求めるのも、脱・視聴率の動きのひとつです。もう放送ではもうからないから、著作権など権利関係をクリアにしたコンテンツを日々創り出しているテレビ局の強みを生かし、二次利用を収益源にしよう、コンテンツホルダーとして生き残ろうという考え方です。配信で「回った(視聴された)」回数を新たな指標にしようとする動きもあります。

脚本を書きながらドラマを撮る自転車操業

――権利関係をクリアしたコンテンツを強みにするというが、ドラマ『セクシー田中さん』の問題は、視聴率を重視する旧来の番組制作体制を引きずって、強みを活かす体制ができていなかったことを示しているのではないでしょうか。

田淵 原作者の方が亡くなったことは深刻に受け止めるべきです。公表していないだけで、原作、脚本とのトラブルは過去にもたくさんあり、私も経験しています。このような悲劇は日テレだけでなく、どこの局でも起こり得ます。

『セクシー田中さん』は10月に始まりましたが、原作者が「ドラマ化で合意した」と言っているのは6月です。詳しい事情は分かりませんが、普通ならこの時点ですでに制作日程はかなり厳しかったはずです。放送を遅らせる選択肢もあったのではないでしょうか。コロナ禍で撮影が止まった時には放送を遅らせたのだから、できないことはないはずです。調整に手間取ることも想定してもう1本ストックのドラマを用意しておけばよかった。番組を作る側に想像力の欠如があるといわざるを得ません。

とはいえ、今のテレビはギリギリで仕事をしていて、脚本を書きながらドラマを撮る自転車操業は当たり前です。脚本が遅れて撮るものがなくなり、撮影が止まってしまうこともままあります。ストックを用意する余裕などないでしょう。

そもそも、企画が決まるのが遅すぎる。どの局でも、番組を決定してタイムテーブルに編成する編成部門は、放送まで1年を切ってから「そろそろ決めよう」と言い出すような状況です。テレビドラマでは企画が決まる前からスポンサーの目星がついていることが多いので、それに甘えてしまっているんです。

各局とも深夜枠の低予算ドラマを量産

最近は「やりたいことができない」と、テレビ局を辞める人が増えています。人手不足に加えて収益悪化で効率化を迫られ、どの局も人事異動を頻繁に行うようになりました。編成部門のスタッフがめまぐるしく代るようになったことも、企画決定の遅れにつながっているように思います。

配信を新たな収益源とした場合は、低予算のドラマを量産し、全話をまとめ売りする方がもうかります。私の本にも詳しく書きましたが、薄利多売のごとく配信に回すために作るのですから、放送するのは視聴率が取れない深夜でいい。今後は各局ともさらに深夜枠のドラマに力を入れるようになるでしょう。しかし、ドラマが量産されれば、ますます原作者や脚本家との調整が不充分になりかねません。

今回のような悲劇を二度と起こさないようにするには、原作がないオリジナルドラマを増やしたり、脚本が全部仕上がってから撮影に入ったりするなど、ドラマの制作方法を見直すべきだと思います。

――ネットやSNSの普及で、これまで明らかにならなかった内輪の話や、放送されても多くの人が気づかなかった問題表現が見逃されなくなっています。

田淵 『セクシー田中さん』の問題も、ネットの書き込みから始まっています。でも、すべてをネットのせいにしてはいけない。問題が明らかになった以上、日テレはうやむやに終わらせず、しっかり経緯を検証する必要があります。

その意味では、日テレが外部有識者の協力も仰いで、ドラマ制作部門から独立した社内特別調査チームを設置したことは評価できます。他の局も対岸の火事と思わず、ドラマ制作のあり方を再点検すべきです。

(聞き手 ジャーナリスト 山本雄三)

■語り手の紹介 田淵 俊彦氏(たぶち・ としひこ)

テレビ東京で37年間にわたって番組制作を手がけ、世界の秘境を訪ねるドキュメンタリーや経済をテーマにした「ガイアの夜明け」などを制作。2023年に退社後、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。今年1月に出版された『混沌時代の新・テレビ論』では、自身の経験を交えてテレビ界の問題点と生き残り策を提言している。日本映像学会、芸術科学会、日本文藝家協会の正会員。60歳。

https://35produce.com/

   

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