2024年3月号
DEEP
by 田部康喜(東日本国際大学客員教授)
10月頃にデブリを取り出す2号機(左、写真/本誌取材班)
東日本大震災からまもなく13年を迎える。福島県から県外に避難している総数は2023年12月15日現在、2万588人に及ぶ。巨大地震と巨大津波、東京電力第1原子力発電所(1F)のメルトダウンの三重苦に見舞われた浜通りは数多の苦難を抱えながらも、前に進む「時の砂」が落ちるのを止めていない。
1F構内の水槽のヒラメたち
JR東北新幹線の福島駅に降り立ち乗用車に乗り換えて、メルトダウンによる放射能汚染に晒された飯舘村から南相馬市、浪江町を走り、1Fに到着したのは23年末のことだった。
1Fは今、原子炉内に溶け落ちた燃料棒のデブリ取り出しという「前人未踏のステップ」に向かっている。
1Fを見学するのは3度目。来るたびに構内の整備が進み、巨大地震と大津波の再来に備えた15mの防潮壁が建設されている。昨夏には四つの原子炉建屋を海側から一望できる新たなデッキが完成した。
処理水の海洋放水は順調に進んでいるが、風評被害を打ち消す取り組みは、永遠の課題。東電廃炉推進カンパニーは、1F構内の処理水を混ぜた海水の水槽でヒラメとアワビを飼い、その模様をネットで常時配信。定期的に放射性濃度を測定し、基準値未満であることを公表している。
年明けの1月25日、東電は23年度に着手予定だった2号機のデブリの試験的な取り出しを24年10月頃に延期すると発表した。デブリを取り出すロボットアームの操作性を検証し、安全性に万全を期すためだ。アームの長さは約22mもあり、先端にカメラなどの装置を付けて制御する。三つの原子炉内にあるデブリの総量は推定880トン。最初はごく微量でも、採取を繰り返し、デブリの組成分析が進めば、自ずと解決すべき様々な課題が見えてくる。
前人未踏の廃炉の困難性は何が課題か、どこにリスクがあるか、よく見えないこと。課題とリスクがわからなければ、前に進む判断ができない。「工学」分野の本質について、光通信の発明者である故・西澤潤一博士は「教科書を疑い、何度も繰り返して作業をすること」と語っている。
日本原子力研究開発機構(JAEA)は1月26日、令和5年度の研究成果の発表会をいわき市で開いた。テーマは「廃炉と環境回復 分析が拓く未来」――。「廃炉」の中心課題は「処理水・廃棄物」「燃料デブリ」である。
この日、ビデオメッセージを寄せた国際原子力機関(IAEA)事務局長のラファエル・マリアーノ・グロッシ氏らは「処理水について(福島の)現地に事務所を設置して分析をしてきた。日本の分析力は高く、海洋放出は国際安全基準に沿っており問題がない」と語った。IAEAの分析チームには放水に反対する中国の研究者も加わっている。
「廃炉」の研究開発に取り組むJAEAの陣容は約300人。うち約240人が1F周辺の研究施設に常駐する。平均年齢は約44歳。研究者としての最盛期を浜通りで暮らす。この地には「国際共同研究棟」(富岡町)、大熊分析・研究センター(大熊町)、楢葉遠隔技術開発センター(楢葉町)がある。楢葉センターでは、デブリを取り出す2号機のモックアップ(実物大模型)施設内でロボットアームを使った実験が繰り返されている。
JAEAは第三者機関として処理水を分析する任務も担っており、現在は茨城県の研究施設で行っているが、大熊町に建設中の「第2棟」が完成次第、この地で分析を開始する。
一方、東京電力は21年1月に廃炉先進国の「英国原子力公社」と契約を結び、共同技術開発を行っている。英国の核燃料再処理施設「セラフィールド」から学ぶことは多く、ロボット工学やVR(仮想空間におけるシミュレーション)の応用、ロボット制御のプログラムを自動作成するソフトなど多岐にわたっている。
「廃炉」に伴う原子炉解体は「事故がどのように進んだか」を解明する手がかりとなる。現在も東電は事故原因調査を進めており、原子力規制委員会などと緊密な連携を取りながら、解体プロセスで発生する炉内の部材や部品、汚染された空気などを保存する予定だ。今日の技術水準では未解明でも、将来的に解明される可能性があるからだ。
南相馬市の「福島ロボットテストフィールド」(HPより)
浜通りは今、世界の「ハイテク・ベルト」に変身しようとしている。中心基地は南相馬市の「福島ロボットテストフィールド」。無人機(ドローン)の航空エリアや水中ロボットを開発するエリアなどがあり、全国からベンチャー企業が研究棟に集結し、EXPО2025大阪・関西万博でお目見えする「空飛ぶタクシー」の実験機が飛んでいる。隣接する浪江町には、世界最大級の水素製造工場「福島水素エネルギー研究フィールド」がある。ここではトヨタ自動車が傘下のトラックメーカーと共に配送実験を計画している。ロボットテストフィールドの展望台から二つの施設が一望できる。沿岸に整備中の公園ができたら、さらに風光明媚な眺めになるだろう。
約22mのロボットアーム(写真/IRID)
南相馬市に設立された「福島国際研究教育機構」では、国内外の識者を招き、これから本格的な研究が始まる。主要テーマは「原子力災害に関するデータや知見の集積・発信」。ロボットや再生エネルギー、放射線科学などもある。沖縄科学技術大学院大学のイメージに近い。現在、約50カ国の研究者が集まり、22年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーポ氏(客員教授)もいる。
1Fのメルトダウン事故は、日本国民に「この世の地獄」を見せたと言っても過言ではない。しかし、この先50年以上続く廃炉作業を「負の遺産」と決めつけるのは間違いだろう。
廃炉技術の進化は国内原発だけでなく、世界中の原発処理に非常に役立つ。過酷で困難極まる作業をやり遂げる過程で様々なイノベーションが起こるだろう。前人未踏の廃炉に取り組む日本は数十年後、世界がお手本にする廃炉先進国になる可能性がある。