福島「メルトダウン」から13年/「前人未踏の廃炉作業」は負の遺産に非ず/東日本国際大学客員教授・田部康喜

号外寄稿(2月10日 16:50)

2024年2月号 BUSINESS [号外寄稿]
by 田部康喜(東日本国際大学客員教授)

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福島第一原発の1号機(2023年12月22日、写真/本誌取材班)

東日本大震災からまもなく13年目を迎える。

福島県から県外に避難している総数は2023年12月15日現在、2万588人に及ぶ。巨大地震と巨大津波、東京電力第1原子力発電所(1F)のメルトダウンの三重苦に見舞われた浜通りは数多の苦難を抱えながらも、前に進む「時の砂」が落ちるのを止めていない。

「何が課題か」「どこにリスクがあるか」

福島第一原発の2号機

JR東北新幹線の福島駅に降り立ち乗用車に乗り換えて、メルトダウンによる放射能汚染に晒された飯舘村から南相馬市、浪江町を走り、1Fに到着したのは23年末のことだった。

1Fは今、原子炉内に解け落ちた燃料棒のデブリ取り出しという「前人未踏のステップ」に向かっている。

1Fを見学するのは3度目。来るたびに構内の整備が進み、巨大地震と大津波の再来に備えた15mの防潮壁が建設されている。昨夏には4基の原子炉を海側から一望できる新たなデッキが完成した。

処理水を満たした水槽で飼われるヒラメ

処理水の海洋放水は順調に進んでいるが、風評被害を打ち消す取り組みは、永遠の課題となる。東電廃炉推進カンパニーは、1F構内の処理水を満たした水槽でヒラメとアワビを飼い、その模様をネットで常時配信。定期的に放射性濃度を測定し、基準値未満であることを公表している。

年明け1月25日、東電は23年度に着手予定だった2号機のデブリの試験的な取り出しを24年10月頃に延期すると発表した。デブリを取り出すロボットアームの操作性を検証し、安全性に万全を期すためだ。

ロボットアームは約22mの長さがあり、先端にカメラなどの装置を付けて制御する。三つの原子炉内にあるデブリの総量は計約880トンと推定される。最初はごく微量でも、採取を繰り返し、デブリの組成分析が進めば、自ずと解決すべき様々な課題が見えてくる。

前人未踏の廃炉の困難性は「何が課題か」「どこにリスクがあるか」、よく見えないこと。課題とリスクがわからなければ、前に進む判断ができない。

「工学」分野の本質について、光通信の発明者である西澤潤一博士は「教科書を疑い、何度も繰り返して作業をすることである」と語っている。

「廃炉」研究開発の最前線にJAEA

日本原子力研究機構(JAEA)は1月26日、今年度の研究成果の発表会を、浜通りの拠点都市・いわき市で開いた。

テーマは「廃炉と環境回復 分析が拓く未来」――。「廃炉」の中心課題は「処理水・廃棄物」「燃料デブリ」である。

この日、ビデオメッセージを寄せた国際原子力機関(IAEA)事務局長のラファエル・マリアーノ・ジニティ氏は「(1Fの)処理水について(福島の)現地に事務所を設置して分析をしてきた。日本の分析力は高く、海洋放出は国際安全基準に沿っており問題がない」と語った。IAEAの分析・研究チームには、海洋放水に反対する中国の研究者も加わっている。

1Fの廃炉推進のための開発実証施設として整備されたJAEAの楢葉遠隔技術開発センター(HPより)

「廃炉」の研究開発に取り組むJAEAの陣容は約300人。うち約240人が1F周辺の研究施設に常駐する。平均年齢は約44歳。研究者としての最盛期を、浜通りで暮らす。

この地には「国際共同研究棟」(富岡町)と、大熊分析・研究センター(大熊町)、楢葉遠隔技術開発センター(楢葉町)がある。楢葉センターでは、デブリを取り出す2号機のモックアップ(実物大模型)施設内でロボットアームを使った取り出し実験を行っている。

JAEAは第三者機関として処理水を分析する役割も担っており、現在は茨城県内の研究施設で行っているが、大熊町に建設中の研修施設(第2棟)が完成次第、現地での分析を開始する。

東京電力も20年11月に廃炉先進国の「英国原子力公社」と契約を結び、共同技術開発を行っている。英国の核燃料再処理施設「セラフィールド」から学ぶことは多く、ロボット工学やVR(仮想空間におけるシュミレーション)の応用、ロボット制御のプログラムを自動で作成するソフトなど多岐にわたっている。

「廃炉」に伴う原子炉の解体は「事故がどのように進んだか」を解明する手がかりとなる。現在も、東電は事故原因調査チームを続けており、原子力規制委員会などと緊密な連携を取りながら、解体プロセスで発生する炉内の部材・部品や汚染された空気などを保存する予定だ。今の技術水準では未解明でも、将来的には解明される可能性があるからだ。

「ハイテク・ベルト」の先端基地・南相馬市

南相馬市にある「福島ロボットテストフィールド」(HPより)

浜通りは今、世界の「ハイテク・ベルト」に変身しようとしている。その先端基地は、南相馬市の「福島ロボットテストフィールド」。無人機(ドローン)の航空エリアや水中用のロボットを開発するエリアなどがあり、全国からベンチャー企業が研究棟に集まり、EXPО2025大阪・関西万博でお目見えする「空飛ぶタクシー」の実験機が飛んでいる。

隣接する浪江町には、世界最大級の水素製造工場「福島水素エネルギー研究フィールド」がある。ここではトヨタ自動車が傘下のトラックメーカーと共に配送実験を計画している。

ロボットテストフィールドの展望台から二つの施設が一望できる。沿岸に整備中の公園ができたら、さらに風光明媚な眺めとなるだろう。

一方、南相馬市に設立された「福島国際研究機構」では、国内外の識者が研究に取り組んでいる。主要テーマの一つは「原子力災害に関するデータや知見の集積・発信」。ほかにロボットや再生エネルギー、放射線科学などもある。沖縄科学技術大学院大学のイメージに近い。現在、約50カ国の研究者が集まっており、その中には22年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーポ氏(客員教授)もいる。

1Fのメルトダウン事故は、日本国民に「この世の地獄」を見せつけたと言っても過言ではない。しかし、これから50年以上続く1Fの廃炉作業を「負の遺産」と決めつけるのは間違いだろう。

廃炉技術の進化は国内原発だけでなく、世界中の原発処理に非常に役立つ。過酷で困難極まる作業をやり遂げる過程で様々なイノベーションが起こるだろう。

前人未踏の廃炉に取り組む日本は数十年後、世界がお手本にする廃炉先進国になっている可能性がある。

著者プロフィール

田部康喜(たべ こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市出身。東北大学法学部卒業、朝日新聞論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長。研究者としてのテーマは1F事故後の周辺地域における起業と観光政策、農業振興など。

   

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