「リニア阻止」川勝静岡県知事が立ち往生

静岡県政における対立激化。自民党は現職の国会議員を含め、必ず勝てる対抗馬を擁立する構え。

2024年1月号 POLITICS

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記者会見に臨む川勝知事(静岡県のHPより)

JR東海が推進するリニア中央新幹線の建設をめぐり、静岡県内の南アルプストンネル工事に反対する川勝平太知事(75)の包囲網が狭まってきた。国の有識者会議はトンネル工事に伴う環境保全対策を容認する報告書をまとめた。また、工事に伴う県外への水流出対策として、東京電力子会社が保有する「田代ダム」の取水抑制でも合意し、川勝氏も工事認可に向けて「一歩前進した」と評価した。

だが、川勝氏は有識者会議に対して「議論がまだ不十分だ」と批判し、さらに時間をかけて協議を続ける姿勢だ。田代ダムの取水抑制でも「決定していない項目も多く、県の専門部会での議論が必要だ」と今後も継続して協議することを求めている。このため、政府関係者は「川勝氏の『時間稼ぎ戦略』に乗せられてはならない」と警戒を強めている。

さらに静岡県議会における最大会派の自民党県議団と川勝氏の対立も激化しており、自民党は川勝氏に対抗して強力な知事候補を擁立する構えだ。あと1年余に迫った次期知事選に向けて川勝氏は厳しい対応を迫られている。

時間稼ぎに躍起の川勝氏

山梨リニア実験線の試験車(写真/宮嶋巌)

リニア新幹線の静岡工区をめぐっては、大井川の流量減少や南アルプス生態系への影響を懸念する県側と、JR東海との協議が長引いており、着工の見通しは全く立っていない。このうち大井川の水量については、国の有識者会議が2年前に中間報告をまとめ、工事中でも中・下流域の河川の流量は維持されると結論づけた。

これに対し、県側は水資源が減る懸念があると反発。このため、JR東海は山梨県側から静岡県側にトンネルを掘り進める際、県外に流出する水量の相当分について、大井川上流にある田代ダムの取水量を抑制して充当する案を示した。この計画について川勝氏は11月下旬に初めて賛意を表明し、工事認可に向けて一歩前進との認識を示した。だが、「突発的な湧水など不確定な部分もあり、実現性や技術面を県の専門部会で確認していきたい」と述べ、今後も水問題で協議が必要との条件を付け加えるのを忘れなかった。

これに先立つ11月上旬には国の有識者会議が、JR東海による環境保全対策はおおむね適切とする報告書をまとめた。大井川水系に対する影響だけでなく、南アルプスの生態系への対策も概ね妥当する内容だ。だが、この報告書に対し、川勝氏は「報告書は具体的な助言や指導まで踏み込まず、今後議論が必要な課題が残った。十分に議論されないままの状態でまとめられた」と批判。その上で「会議の議論は尊重するが、私は結論に従うとは一度も言っていない」と述べ、有識者会議の結論には従わない姿勢を強調した。

この発言を聞いた政府関係者は「川勝氏の反応は驚きだ。どんなに議論を尽くしても『議論はまだ不十分だ』と反論し、会議の結論にも従わないと宣言している。これでは何のための会議なのか分からない」と呆れる。静岡県の商工関係者も「国の会議が結論を出しても知事は納得せず、結論を先送りするだけだ。これでは国やJRと建設的な協力関係をつくることはできない」と川勝氏の姿勢を疑問視する。

その川勝氏は当初、南アルプストンネル工事によって大井川の流量が減少する事態を憂慮して「命の水を守れ」と主張。県内世論を巻き込んで反対キャンペーンを展開した。そして有識者会議がJR東海の流量対策を容認すると、これに反発して県の部会で議論を継続した。これを受けてJR東海は東電側に金銭補償する代わりに田代ダムの取水制限を提案し、水問題は収斂するかに見えた。だが、川勝氏は譲歩する姿勢を示しながらも、『まだ疑問点が残る』と協議は続ける意向だ。これでは一向に建設工事に着手できない。

さらに川勝氏は水問題だけでなく、生態系への影響などについても懸念事項を指摘している。今回の有識者会議が出した結論にも川勝氏は納得しておらず、さらに県側で検討作業を続ける意向だ。むろんリニア新幹線工事に伴う環境保全には万全の対策を講じる必要があるが、川勝氏は議論のための議論を提起して時間稼ぎに躍起となっており、県内からも疑問の声が上がるのは当然だ。

こうした川勝氏の姿勢に対し、静岡県議会の自民党会派は攻勢を強めている。発端は2年前の参院補選だ。御殿場市長を務めた自民系の候補に対し、川勝氏は「あちらはコシヒカリしかない」と非自民系候補の応援演説で発言。県議会自民党は、県内自治体を知事が揶揄した発言を問題視し、県政史上初の辞職勧告決議案を賛成多数で可決した。

決議に法的拘束力はないものの、川勝氏は「決議を重く受け止める」と給料と期末手当の一部を返上する考えを表明した。だが、23年7月になっても返上していないことが発覚。それ以外にも問題発言が続く川勝氏に対し、県議会自民党は同月、不信任決議案を上程して辞職を迫ったが、決議案は1票差で否決された。

知事に辞職を求める不信任決議は、議会の3分の2の賛成が必要だ。県議会で川勝氏を支持する与党は、立憲民主系などの少数に過ぎないが、この投票では中間派の議員も賛成票を投じるなど、県議会と知事の対立は深刻だ。それでも川勝氏はこの投票結果をめぐり、「残念ながら票が足りなかったので、職務に専念する」と皮肉たっぷりに続投を表明。自らの発言や行動で県議会との対立が激化し、県政の機能不全を招いている事態を反省する様子はない。

最低でも3年遅れる開業

川勝氏の暴走は止まらない。今度は日中韓の通年文化事業「東アジア文化都市」をめぐり、10月の会合で「レガシーをつなぐ拠点を三島市内につくりたい」と発言。そこでは「三島市内の国有地を借りて活用する検討が詰めの段階にある」とも明らかにしたが、地元県議も聞いていない構想だった。この発言についても自民党会派は反発しており、川勝県政は立往生の様相を示している。

静岡県政における対立が激化する中で、自民党会派は25年6月の次期知事選に向けて動き始めた。川勝氏が初当選した09年以降、4回行われた知事選で自民党会派は川勝氏の対立候補の支持に回り、いずれも苦杯をなめた。とくに前回選挙では、告示の1か月半前になって元国土交通副大臣の推薦を決めたが、リニア新幹線問題を争点化させた川勝氏に30万票以上の大差をつけられる惨敗を喫した。それだけに次期知事選では川勝氏に対抗する有力な候補を担ぎ出すため、水面下で精力的に調整を進めている。自民党関係者は「現役の国会議員も含め、必ず勝てる対抗馬を擁立する」と強気の構えを見せる。

リニア新幹線は東京-名古屋区間が27年に開業し、その10年後に大阪まで延伸することを目指していた。だが、難工事とされる南アルプストンネルの工事認可が下りずに未着工のため、開業時期の延期は必至だ。業界関係者は「名古屋までの開業は最低でも3年は遅れるだろう」と見ている。それに伴い、途中のリニア停車駅などで進む駅前再開発なども大きな影響を受けるのは確実だ。

さらにリニア新幹線は「第二東海道新幹線」として、東西を結ぶ新たな国土軸の機能も担っている。南海トラフ地震などが発生した際には、被災した東海道新幹線の代替路線の役割もあるが、リニア開業の遅れは日本の国土強靱化にも深刻な打撃を与える。岸田文雄政権は、リニア新幹線建設に向けて指導力を発揮すべきだ。

   

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