実売部数は130万!/「夕刊廃止」へ舵切った日経新聞

購読料値上げで従来のセット版より安い「朝刊単独」料金新設。電子版据え置きと二段構え。

2023年8月号 BUSINESS
by 井坂公明(メディア激動研究所所長)

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東京・大手町の日経新聞東京本社

用紙代などの高騰を受け、購読料値上げが相次ぐ新聞業界。その中で、日本経済新聞が7月1日から実施した料金改定が波紋を呼んでいる。朝夕刊セット版地域で6月までのセット版よりも安い「朝刊単独」プランを新設し、夕刊を減らしてでも朝刊を維持する姿勢を鮮明にしたからだ。さらに日経電子版の購読料は据え置き、「紙」との価格差を広げて電子版に読者を誘導しようという狙いもにじませている。短期的には夕刊を捨てて広告収入の高い朝刊をできる限り維持するとともに、中期的には紙との価格差をテコに電子版の有料会員を増やしていくという二段構えの戦略とみられる。

「米国モデルへ小さな一歩」

全国紙では既に朝日新聞が2028年度までに夕刊を全廃することを視野に入れており、日経新聞が「夕刊切り捨て」の方向に舵を切ったことで、他の全国紙や地方紙でも夕刊廃止の流れが加速しそうだ。

日経新聞は7月1日から、朝夕刊セットを月額4900円から5500円に、統合版(朝刊のみの地域)を4000円から4800円に、1部売り朝刊は180円から200円、夕刊は70円から100円にそれぞれ大幅に引き上げた。目玉は東京都や大阪府など朝夕刊セット版地域で朝刊のみの料金プランを新しく設け4800円としたことだ。他の全国紙も従来から、販売店によるセット版地域での朝刊単独の非公式販売を黙認はしてきたが、日経新聞が今回正式に料金プランとして設定したことで、夕刊なしでも購読可能なことが周知され、朝刊単独に切り替える読者が増えることが予想される。6月まで朝夕刊セット(4900円)を購読していた読者が、7月から朝刊のみ(4800円)に変更した場合、100円安くなる。都内の販売店関係者によると、6月以降、朝夕刊セットから朝刊単独への切り替えが一定程度出ているという。日経新聞関係者は、紙の新聞は朝刊のみでいいという方向に明確に舵を切ったと解説する。

一方、日経電子版は4277円に据え置き、朝夕刊セットとの差は1200円以上に拡大した。6月9日付朝刊一面に掲載された社告では「日経電子版の購読料は据え置きながら、映像コンテンツの充実やニュースの強化に努めます」とさりげなくアピールしている。電子版の有料会員はこの1、2年、80万人前後で頭打ちの傾向にあるが、紙の読者を電子版に誘導するにはもう少し大きな料金差が必要かもしれない。米国では有力紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は紙の料金(日曜版を含む、月額80ドル)がデジタル版(25ドル)の3倍以上、ウオールストリート・ジャーナル(WSJ)も紙(55ドル)がデジタル(39ドル)より16ドル(約2200円)高く、紙は一部の人たち向けの高額商品とも受け止められている。今回の日経新聞の料金改定について、ピーター・ランダースWSJ東京支局長はツイッターで「一般的にデジタルのみよりも印刷物の方がはるかに高価な米国モデルへの小さな一歩」と評したが、的を射ている。

日経新聞の購読料改定は17年11月以来、5年8カ月ぶり。前回は朝夕刊セットで4509円から4900円へと今回より小幅の値上げだったにもかかわらず、同年10月から11月にかけての1カ月で朝刊販売部数(日本ABC協会調べ)が269万5255部から245万6555部へと一気に23万8700部も減少し、それ以降も回復しなかった。

1980年代ごろまでは新聞は生活必需品だったため、読者は物価上昇を上回る値上げも受け入れて購読を続けた。しかし、90年代末以降はインターネットが普及し新聞へのニーズが低下したことから、購読料を据え置いても読者は離れていった。需要と供給の関係だけから考えれば、経済情報を売り物とする日経新聞といえども、今は購読料を引き上げるのに適切な時期とは言えない。日経新聞は社告で「紙面改革を実施して読み応えあるコンテンツを増やします」と恒例のお題目を唱えているが、この説明に読者が納得するとは思えず、部数は間違いなく減るとみた方がよい。だからこそ、朝刊の減少を小幅にとどめるために新たな料金プランを設けたのだろう。

実売部数は130万前後

10年以降の日経新聞の朝刊販売部数の推移を見ると、02年7月の310万部をピークに減少が続く中で、12年1月に300万部を切り、17年11月の購読料値上げの影響で同月には30年ぶりに250万部を割り込んだ。20年12月には37年ぶりに200万部を下回り、23年1月には162万部とピーク時の半分近くまで落ち込んでいる。全国紙や有力紙の販売局・販売店関係者の話を総合すると、実際の購読者数を上回る部数の仕入れを新聞社が販売店に強いる「押し紙」が、日経新聞の場合2~3割程度あるため、実売部数は多くても130万部程度とみられる。

一方、10年3月に他の全国紙に先駆けて創刊した日経電子版は、順調に有料会員を伸ばし、17年1月には50万人に到達した。創刊10年目前の20年2月には70万人を突破、同7月には76万7978人に達したものの、21年1月には76万244人とわずかながらも減少した。同7月には81万人まで伸ばしたものの、22年1月には79万人にダウンするなど、80万人前後で伸び悩んでいる。

朝刊部数と電子版有料会員数の合計を見ると、17年ごろまでは朝刊の部数減を電子版の伸びで補うことができていて、同年1月には合計が321万と最高を記録した。しかし、18年以降は部数の減少幅が拡大し、電子版の伸びを明らかに上回るようになった。その結果、合計は19年1月には295万、21年1月には270万、さらに23年1月には244万まで下がった。(グラフ参照)

紙の部数減が止まらない中での今回の購読料値上げ。朝刊のみの料金プラン新設で夕刊を捨てれば朝刊の部数は維持できるのだろうか。部数減が進行する状況は基本的に変わらず、それをある程度緩和できるぐらいではないか。

23年1月現在、日経新聞朝刊は162万部、日経電子版有料会員は82万人なので、依然紙が主力であることに変わりはない。ただ、朝刊は18年1月(244万部)からの5年間で見ると、年平均16万部余りのペースで減少している。今後同様のペースで下降していけば5年ほどで半減し、主力が電子版に移り変わる可能性が高い。

朝刊は購読料に加え広告収入も見込めるものの、部数減が続き、将来の展望はあまりない。一方、電子版は将来性はあるが、広告収入など今後の課題も少なくない。現段階では紙の収入が依然大きいだけに、日経新聞としても電子版への切り替えに全力を挙げることにまだためらいがあるのかもしれない。しかし、その決断をしなければならない時期が遠からず来るのではないか。

著者プロフィール

井坂公明

メディア激動研究所所長

   

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