脱炭素へ「Change」は責務技術開発 進路は明確になった
2023年4月号 BUSINESS [トップに聞く!]
京都府出身。慶應大学商学部時代、日米貿易摩擦問題をきっかけにプラント輸出に関心を持ち1983年、石川島播磨重工業(現IHI)入社。国際本部クアラルンプール事務所長、グローバル戦略部長、シンガポールJEL社長などを歴任。20年6月から社長、21年から戦略技術統括本部長を兼任。
――コロナは収束の兆しが見え、主力の航空機エンジン事業が復活しました。株価も社長就任時(20年6月)の1500円前後から現在約3500円と上昇気流です。2022年度が最終となる3年間の中期経営計画で「プロジェクトChange」を訴えてきました。
井手 変革への最後の機会です。実はコロナ前から最大の危機感は、カーボン・ニュートラルでした。石炭火力はなくなる、自動車もどうなるか分からない。事業構造そのものがCO2を出す方にあったわけですから、GX(グリーン・トランスフォーメーション)は必須でした。
次期社長として記者会見したのが20年2月25日。マスクをしませんでしたからコロナ直前ですね。そこから1週間であれあれよとコロナ禍に入ってしまいました。航空機一本足で、そこがポキッと折れてしまった。厳しい期間でしたが、21年度はフリーキャッシュフローが史上最高です(1420億円)。CFにこだわると言い続けてきたので、土台を固められたと感じています。
――中計では、GX「ESGを軸にした経営推進」を宣言。技術開発では、21年に戦略技術統括本部を設置し、社長自ら本部長に就きました。
井手 世界で勝つためにも、IHIが本来やるべきことに人と予算を集中させるためです。「IHIの戦略技術は何か」「会社としてかける分野」を明確にし、開発プランやそのビジョンを明らかにします。環境技術や電動化は、そのど真ん中です。やるべきことが非常にクリアになったと感じています。
航空機事業もより強くし、それと双璧をなす事業をつくります。ライフサイクルビジネス(原子力の安全対策工事、橋梁など老朽インフラの更新、補修など)も拡大していて売上は22年度、19年度比で 30%増を目指していましたが、40%近くまでいきそうです。それまでも、「モノを売って終わり」という意識ではなかったのですが、さらにサービスをきちんと見直そうと従業員の意識も変わっての結果だと思います。この先の3年間は着実に成果を出していきたい。
――50年までにバリューチェーン全体でのカーボン・ニュートラルを実現。柱の一つアンモニアでは、液体アンモニア100%燃焼で2000kW発電を世界で初めて実証しました。
井手 技術的ハードルをクリアしたのは大きな成果です。大型化や耐久性を確認していく段階に入りました。米ゼネラル・エレクトリック(GE)とともに30年に開発完了予定です。アンモニアは生産、流通といったインフラ、サプライチェーンをどう作るか、またコストダウンの必要があります。アンモニアを製造する際にもCO2が出ます。そこをどう解決するか、長い目で見るとやるべきことはまだまだあります。
これらにかかる投資額は、3年間で5000億円弱。半分は新しい分野になるでしょう。M&Aのようなこともあるかもしれませんが、1番大切なのはやはり技術開発です。誰かが持ってきたものをパクっと食べるなんてことはしたくありませんから。
――小型モジュール炉開発、米ニュースケール・パワーへも出資されています。狙いはどこにありますか。
井手 いま最も安全と言われている小型モジュール炉は、米国で29年にも運転開始という状況です。IHIには原子力の新設に携わった人間がいて、技術は維持しなければなりません。仮に「水素の世界」になったとしても、再エネだけで電力は賄えません。水素を作るには、安価な電源を使って水電解する方法もあります。ニュースケールはそこも視野に入れています。
2月、現場を励まそうと、福島第一原発へ行ってきました。再稼働を準備する女川原発(宮城県)にも行っています。廃炉でも安全工事でも現場の士気は高いと感じました。この国に原発が存在する以上、廃炉はIHIにとって絶対に避けて通れません。東京電力さんと「東双みらいテクノロジー」を設立したのも、デブリの取り出しをしっかりやっていこうという意志です。
廃炉は何十年もかかることですし、原発を再稼働させるなら、関連技術を維持する必要があります。六ヶ所再処理工場(青森県六ヶ所村)にも携わっています。事業の大小は関係なく、貢献できる、しなければならない分野です。
――原子力は顕著でしょうが、少子化で人材確保が厳しくなっています。IHIの理念の一つに「人材こそが最大かつ唯一の財産である」とあります。
井手 僕らはもう「重厚長大」と言うことをやめています。すでに07年には社名を変えてるいわけです。いま、戦略技術統括本部の副本部長は女性です。女性2人が執行役員で、執行役の手前の理事が3人。この5人のうち4人が理系です。意図して登用したわけではありません。男女、年齢も国籍も関係なく、能力評価が最も大切です。
元々、女性の母数が少ないので急には増えませんが、何%とか数値の問題ではなく、従業員が本当に働きやすいか、会社が支援しているのかが問われると思います。育児や親の介護…色々な意味で個々人の事情に配慮する必要があります。そうしなければ従業員は思いっきり働けないわけですから、人も集まりません。
――技術開発を担う若手や学生へ期待することは。
井手 僕らの反省点でありますが、会社が厳しい時代に失敗させない、失敗してはいけないという空気が社内にあり、若手を萎縮させてしまうことがありました。現在は、失敗してもバツをつけたりしない、むしろ早く失敗しようと雰囲気が変わっています。一定時間(自社で)勤務すれば、副業も解禁しています。いろいろな発想を出してもらいたい。自由ということは、上司や会社も責任を持つ必要があります。会社は従業員とともに生き、成長しなければなりません。Changeとは、事業も人材も働き方もすべてを変革するということです。
(聞き手 本誌副編集長 田中徹)