山形新聞が禁じ手 ふるさと納税ビジネス

「電子版を返礼品に採用した自治体の記事は大きく」―。編集幹部が文書で指示。

2023年1月号 LIFE

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「重要」と題され、整理部の記者たちに配布された文書

あらゆる権力から独立して取材・報道することは、ジャーナリズムの原則である。にもかかわらず、受け取った金銭の見返りに記事の扱いに差をつけていたら、そのメディアは読者からそっぽを向かれるに違いない。ところが、創刊146年の歴史を持つ山形新聞で、上層部が編集現場に対し、ふるさと納税に関連する新聞社の事業に協力した自治体の記事を大きく扱うよう指示していた疑惑が浮上している。

本誌が独自に入手した1枚の文書がある。差出人は山形新聞の佐藤秀之氏。この文書は、2016年に山形新聞の編集局整理部に所属する記者たちに配布されたという。当時の佐藤氏は、紙面構成に強い権限を持つ編集局編集総務だった。

〈重要〉と題されたその文書には、冒頭にこう書かれている。

〈3月末から「ふるさと納税」の返礼品に山形新聞の電子版を、との働き掛けを行っています〉

〈協力してくれた市町村には、山新(山形新聞=編集部注)からの「返礼」ではありませんが、紙面で一定の配慮をします〉

山形新聞の発行部数は約18万5000部。県内のシェアは6割を超える。一方、他の新聞社と同様に紙の発行部数は減少傾向で、電子版の購読者獲得は至上命題だ。

そこで佐藤氏が目をつけたのが、ふるさと納税の返礼品だった。山形には35の市町村があるが、この文書が配られた時点で、12市町村が電子版の購読権を返礼品に採用していた。

次期社長候補が指示

山形新聞本社

では、〈紙面で一定の配慮〉とは何を指すのか。佐藤氏は、返礼品に電子版を採用した自治体名の一覧を列記した上で、次のように書いている。

〈ベタをトップにとは言いませんが、同じような内容であれば、当該市町村を大きく扱ったり、記事を毎日掲載するなどの「優遇措置」を行ってください。また、「ふるさと納税」の話題についても、最上町を含む12市町村以外は、さらっと扱ってもらって結構です〉

ふるさと納税は地方紙にとって格好の話題だが、非協力だった市町村の関係記事は「さらっと」、つまり目立たぬように扱えという内容だ。山形新聞関係者は言う。

「もちろん『こんな内容の指示を紙で出すなんて信じられない』という声が上がりました。しかし、佐藤氏を追及して、文書を撤回させるまでにはならなかった」

山形新聞は、山形の政財界に強い影響力を持つ。戦後に社長に就任した服部敬雄氏は、山形放送、山形交通(現・山交バス)などの社長や会長を歴任。批判者は徹底的に排除し、「服部天皇」と呼ばれる存在だった。

服部氏は40年以上にわたって社長の座にいたが、1991年に死去。現在の寒河江浩二(さがえひろじ)社長は、県内の有力企業が会員となっている山形県経営者協会の会長でもある。

一方、佐藤氏は早稲田大を卒業後、1983年に入社。16年に取締役に就任、今年6月に専務に昇格した。

「現在の寒河江社長は就任10年を超えた。ただ、75歳なので後任問題が浮上している。佐藤氏は寒河江社長のイエスマンで、次期社長の最有力候補」(前出の山形新聞関係者)

「データも記憶もない」

「優遇措置」の影響かは不明だが、16年5月24日の紙面では、電子版を返礼品に採用した村山市の取り組みが3段見出しの大きな扱いで掲載されている。記事では、電子版の配布を〈“村山ファン”の拡大を図り、地方創生につなげるのが狙い〉と説明。同月1日から9日まで納税を受け付けた分として、同市の職員が全国188人に購読権付きのIDとパスワードを発送したという。

電子版の購読料は、年額2万4000円(22年11月現在)だ。では、村山市は山形新聞にどれくらいの金額を支払っていたのか。

情報公開請求して得た文書によると、村山市は山形新聞に対し、返礼品用の電子版購読料として17年度に82万6500円、18年度に110万円を支払っていた。同市は人口約2万2000人の小さな自治体だ。1年で110万円は決して小さな額ではない。

同じく返礼品に電子版を採用した尾花沢市は、17年度に211万5000円を支払っていた。情報公開請求をした自治体の中には、過去の資料がないとして開示を拒否した自治体もある。山形新聞に協力した12市町村が支払った総額はさらに多い。

返礼品の採用に見返りを渡す行為については、他県でも問題になっている。高知県奈半利(なはり)町では、返礼品を選定する立場にいた町職員が、返礼品業者から賄賂を受け取っていたことが発覚し、20年に逮捕された。受け取った現金の総額は9000万円を超えていたとされる。

もともと、ふるさと納税は菅義偉前首相が総務相時代に旗振り役となり08年に創設された。第2次安倍政権の官房長官時代には総務官僚の反対をねじ伏せて税金の控除額を2倍に拡大させ、制度を普及させた。「地方創生」を目的に掲げているが、所得が高いほど控除額も増える仕組みなため、富裕層の節税術として人気が高まったにすぎない。地方税を所管する総務省の元官僚は「この制度を良いと思っている官僚はいない。政治家に負けてしまった」と嘆く。

21年度にふるさと納税で寄付された総額は約8302億円。創設から14年で100倍以上に拡大したが、山形新聞の佐藤氏の目論見そのものは、自治体間の寄付金獲得競争のあおりで吹き飛んでしまったようだ。政府は19年に地方税法を改正し、寄付金額に対する返礼品の相当額を3割以下に制限。月額2000円に相当する山形新聞電子版は、各自治体の返礼品リストから消えていった。

もっとも、事業がゼロになったわけではない。長井市は、現在でもふるさと納税寄付者や首都圏のイベントに参加した人たちに電子版を配布している。20年度は99万9240円の購読料を支出。山形新聞のふるさと納税ビジネスは今でも続いている。

佐藤氏は、紙面の「優遇措置」についてどう考えているのか。佐藤氏の見解を聞くために山形市内の自宅を訪問したが、取材には応じなかった。後日、山形新聞社の総務局から電話があり、本誌が入手した文書について、「(佐藤氏は)古い文書なのでパソコンにデータが残っていなかった。記憶にもないと話している」と語った。また、文書が紙面の構成に与えた影響については「そういった事実はない」と答えた。

県内政財界に強い影響力を持つ県紙が、ジャーナリズム精神を発揮する日は来るのか。

   

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