観光温泉文化都市の別府市は、バリアフリー先進都市である。太陽の家はウクライナから障がいのある避難民を受け入れ、太陽の家から障がいのある宇宙飛行士を出す夢を追う。
2023年1月号 INFORMATION
緩やかな傾斜のスロープ
別府市(大分県)は、観光温泉文化都市として世界的に人気がある。その別府市のもうひとつの顔は、バリアフリー施設が充実した“思いやりの町”である。
「大分バリアフリーマップ」(大分県福祉保健部福祉保健企画課)によると、別府市内のバリアフリー施設は639カ所で、人口あたりの施設の密度は、大分市の約3.5倍にものぼる。別府市がバリアフリー先進都市になったのは、行政の取り組みにも増して、障がいのある人たちが自ら町に出てバリアフリー化を推進したからだという。
その牽引者のひとりが、「社会福祉法人 太陽の家」の山下達夫理事長。高卒後の1977年、故郷の山口県下関市を離れて別府市でチャレンジを始めた。
スーパーの昇降機能付きレジ台
「私は小児麻痺にかかって四肢麻痺がありますが、父は『家族に甘えてしまうので、地元で生活をするな』と厳しく自立を促しました。別府に来たのは、太陽の家で職業訓練を受けるためでした。当時、私たちが町に出るとバリア(障壁)が多く、車いすの私たちを、もの珍しそうに振り返って見る観光客が多くいたものです」(山下理事長)
太陽の家は、“日本のパラスポーツの父”と呼ばれる中村裕(ゆたか)博士(整形外科医)によって、65年に創設された社会福祉法人である。中村博士の「保護より機会を」「世に身心(しんしん)障害者はあっても仕事に障害はあり得ない」という理念に基づいて、障がいのある人たちの社会復帰と社会参加を支援してきた。
太陽の家本館の避難スロープ
太陽の家の本拠地(別府市)には、訓練生の作業場や宿舎、食堂、スポーツ施設、公衆浴場、スーパーマーケット、銀行などが完備している。また、太陽の家と大手企業が出資して設立した共同出資会社が7社ある。太陽の家の事業所は大分県内や愛知県、京都府にも拡大し、障がいのある人の在籍者数は1091名(2022年4月1日現在)。訓練のために仕事を提供する協力企業も県内外に広がっている。
プログラミングの訓練を終えた山下氏は、共同出資会社の三菱商事太陽が83年に創立されると、翌年、第一期生として入社した。同社は、三菱商事の特例子会社で、システム開発やネットワーク構築・運用、名刺作成・データ入力などの事業を行っている。
1975年第1回フェスピック(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)の表彰式(大分)で中村裕博士
障がいのある人の仕事は、当初はものづくりが中心だったが、コンピュータとネットワークの普及にともなって、IT関連にシフトしていった。そこには、中村博士の「頭脳労働ならば、手足の障がいがあっても仕事ができる」という考え方がある。
三菱商事太陽の福井秀樹社長はこう話す。
「弊社は、もともと車いすの方10人でスタートしました。現在では会社も成長して、従業員は115名(データは10月1日現在)。そのうち障がいのある人は74名です。今では、精神障がいや発達障がいの人も勤務して、障がいのある人と障がいのない人が協力しあって、同じ人事制度で働く会社になっています。障がいのある人のうち15名は、富山県や広島県などの自宅でリモートワークを行っています。
三菱商事太陽の社員
在宅ではコミュニケーションを取りにくいので、タブレット端末を使って、状況を映像と音声で確認しながら仕事をしています。常時映されるのが嫌な人は、始業時に『おはよう』、終業時に『失礼します』とだけ挨拶をする場合もあります」
同社は、18年にリモートワークを導入するにあたって実施したのがeラーニングプログラム「在宅システムエンジニア(SE)養成コース」。このプログラムは、「令和2年度 輝くテレワーク賞」を受賞したことでも、レベルの高さがわかる。
三菱商事太陽の福井秀樹社長(左)、太陽の家の山下達夫理事長(右)
プログラマーだった山下氏は、その後、総務担当に抜擢され、2014年、同社の社長に就任した。山下氏は、障がいのある人たちが町へ出る時は、「ヘルパーさんに甘えないで、ひとりでやりなさい」と叱咤激励したという。
障がいのある人たちは繁華街に出て、「段差があって入店できない」「車いすのトイレがない」などと、バリアフリー化を促した。障がいのある人たちが、就労の実績を積み重ねて、市民の理解も浸透していった。
市は13年に、「別府市障害のある人もない人も安心して安全に暮らせる条例」を制定。障がいのある人への「差別及び虐待の禁止」を定め、公共施設の整備や施策を実施する場合には、障がいのある人から「意見を聴取するよう務めること」と意向を重視するようになった。今では、ヨットハーバーや競輪場、パチンコ店(一部)などのレジャーも車いすで楽しめる。
こうした別府の“思いやり”は、国外にも対象が広がりつつある。22年、太陽の家は、ウクライナ侵攻で国外に避難した聴覚障がいのある男性を受け入れている。
さらに山下理事長には大きな夢がある。
「大分県は、大分空港を航空機に搭載したロケットを打ち上げる水平型宇宙港とする計画を発表しました。私の夢は、障がいのある宇宙飛行士を太陽の家から出すことです」(取材・構成/編集委員 河崎貴一)