2022年11月号 連載 [コラム:「某月風紋」]
福島県の太平洋岸の「浜通り」は、所在地に新旧の名称が並んでいることがある。震災地の復旧によって、新しい道路ができあがっても、旧住所やかつてあった建物が目印になるからだ。
東京電力福島第2原子力発電所がある富岡町が、町外からの移住を勧める窓口として、今年3月からオープンした「とみおかくらし情報館」のホームページの案内にも、「旧竹村写真館」とある。
待合室を相談コーナーに、スタジオがオフィス。元館主の2階建ての自宅を改造して、「体験宿泊」ができる。キッチン、ダイニングルームもある。「体験宿泊」は、地元の人との交流が条件である。移住希望者に小中学校の生徒がいれば、学校の参観もできる。開所から9月下旬までに約290人が来場している。
南相馬市の小高区は、居住制限と避難指示解除準備の両区域の「解除」から今夏で6年。第1原子力発電所のメルトダウン前は、人口約1万2千人、現在はその3割。昨年度から小高区役所に「おだかぐらし担当課」を設けた。5月末には住民が前年同月比で43人増えた。
作家の柳美里さんは、大震災直後に臨時災害ラジオ局に出演し、地元の人たちとの対話を重ねた。2015年に小高区に移住。カフェを併設する書店を経営している。全米図書賞翻訳文学部門賞を受賞した『JR上野駅公園口』はこの前年の作品である。
「岸田国士戯曲賞」と「鶴屋南北戯曲賞」を史上初めてダブル受賞した劇作家・演出家の谷賢一さんが10月1日、双葉町の町営住宅に移住した。町の特定復興再生拠点区域の避難指示が1カ月前に解除されたのに合わせた。地元紙に「何ができるかワクワクしている」と語る。
移住者は文化人だけではない。飯館村でトルコギキョウを育てる元会社員、田村市にアトリエを構えた木工作家……福島は「希望の地」になろうとしている。
(河舟遊)